17 まさかあたしが女ウケするとでも思ってるの?

 ロレンツィオとフェイカーの打ち合わせでは。

「かすみさんの警護を私が、逃走路の確保をロレンツィオが行います」


 かすみはただ大野と時間通りに会って話をするだけだそうだが。


「それだけで事件は解決に向かうの?」

 心配な事柄は多かった。


「ホテル内には盗聴器やカメラを事前に仕込んでおきます。後は状況に応じてですが、いくつかプレゼントも用意しておこうと」

 フェイカーはそこまで話すと。


「それからかすみさんは、私が命に代えても守ります」

 かすみを見つめ。


Ti amoティ アーモ

 そうささやいた。


 あまりにも発音が良すぎて一瞬分からなかったが……ああ、イタリア語で確か愛してるだっけ。――かすみは何とか理解して。

 浜生の経歴はアメリカ帰りになってたけど、こいつもイタリアンクオリティだと、ゆっくりと首を左右に振った。


 しかし、またシリアスな雰囲気を吹き飛ばすために、そう言ってくれたのだろうと考え直し。

 かすみはその時フェイカーに微笑み返したが……




 ロレンツィオとフェイカーの三人でリビングに戻り、明るい照明の下でフェイカーの着ていたマントやタキシードを再度確認すると。


「やっぱりおかしい!」

 かすみは叫んだ。


 同じソファーに腰かけた、フェイカーの破れたシャツに手を突っ込んで。

「音とか、衝撃とか、それにこの破れ方……」

 かすみは首を傾げる。


 どう考えても、あの時弾丸がフェイカーの腹部に当たった気がしてならない。

 しかしこのすべすべ肌は……どんなお手入れをしているのか聞きたいぐらいだ。


「情熱的だね! 僕は席をはずそうか」

 ケラケラと笑うロレンツィオに。


「だって!」

 かすみは不満をぶつけたが。


「ああ、そんな! もっと……」

 当のフェイカーは、嬉しそうに微妙な声を上げるだけだった。



 ロレンツィオが集めたデータをリビングの大型テレビに映し出す。


「慣れた動きだね……でも殺し屋プロじゃない」


 カメラの捉えたその人物に向かって、ロレンツィオはつまらなそうに呟いた。


「どうして?」

 かすみの質問に、フェイカーが答える。


「奴らはもっと対象の近くで犯行に及びます。そもそも自分の顔や素性は既に闇の中ですから……見せびらかしたりはしませんが、それほど隠す必要が無い」


 それに離れれば離れるほど、どんなに腕が良くても確立が落ちるから、プロの殺し屋はそんなことはしないそうだ。


「じゃあ身元がバレちゃいけなくて、銃器の扱いに慣れてる」

 かすみは首を捻った……そうなるとやはり警察内部の犯行しか考えられない。


「面は割れたから、後はこいつを洗い出せばいい」

 ロレンツィオは手元のノートパソコンを操作して動画をいくつか静止画に変えて保存し、フェイカーに問いかけた。


「プレゼントは渡せたかい?」

「もちろん、きっと今頃、皆喜んでるよ」


 二人のイケメンが悪そうな顔で見つめ合って笑う。

 そこだけ切り取って見れば、安物犯罪ドラマのワンシーンみたいだ。


「じゃあ後は……この『ジグザグ』とやらが、どうリアクションするかだが」

 ロレンツィオがまたノートパソコンを操作すると。


 テレビモニターにマップデータがあらわれ、いくつかのポインタが街の中心街を移動していた。話では、ジグザグのスマートフォンに仕組んだスパイウェアが、例のSNSアプリを通してGPSデータを送っているそうだ。


「こっちはこのアプリで何とかなりそうだけど、もうひとつ突っ込んだものが欲しいね」

 ロレンツィオが首を捻る。


「どんな感じのが?」

 フェイカーの質問に。


「現場にとても素敵で情熱的な美女がいただろう。美女には必ず裏がある、良い男はその陰を知って、分からないふりをしながら優しく包み込むものだ」

「なるほど……アリスに相談します」


 そう話し合うと、イケメン二人は見つめ合い。


「じゃあ後は……果報は寝て待て、ですね」

 フェイカーが大きく背を伸ばして、あくびする。


「そうだったRagazzo坊やはその後、眠くなる」

 ロレンツィオがパチンと指を鳴らすと、フェイカーは微笑み返し。


「かすみさんを頼みます」


 もう一度あくびを噛み殺して、部屋を出て行った。

 かすみはフェイカーに手を振って笑顔を振りまくと。


「ロォーレンンンツォー! お願い、あたしにもちゃんと分かるように説明して」



 胸毛の揺れるイタリアン・イケメンに……

 巻き舌で、お問い合わせした。




 ¬ ¬ ¬




 鑑識の鏡花と簡単な情報交換をして別れると、大野は亞里亞に声をかけた。


「藪を突いて、蛇が二匹も出た来た……いや三匹かな?」

「何わけわからんこと言ってんだ」


 変態メイド服女がにらんできたが、大野はそれを無視してため息をつく。


「お姫様がさらわれたのに、意外と余裕じゃない」

「あれを見れば、初めからグルだってのは想像がつく」


 むしろあの男の怪我が心配だと言いかけて……大野は亞里亞を見た。


「そっちこそ取り逃がした割には、今回は冷静だな」

「これで捕まえれるなんて考えてなかったし、今回は想像以上に収穫が多かったから」


 ニヤリと笑う亞里亞に、大野は首を捻り。

「ピエロ野郎は心配じゃないのか」

 思わずそう聞くと。


 亞里亞はポケットから小さな紙を出し。

「心配無用だそうよ、それより聞き込みね。人数が多いから手分けしてやりましょう」

 まだ右往左往する捜査員たちに目を向けた。


「おい、これは……」

 大野がそのメモを見て驚くと。


「やりたくないけど、ちょっと媚びでも売ってくるわ」

 亞里亞がウインクする。


 大野があきれていると。

「あんたの担当はアレだから」

 亞里亞が鑑識の鏡花を指さした。


「女性捜査官には、女のお前の方が適任じゃないのか」

 担当配分に不満があった大野が文句を言うと。


「まさかあたしが女ウケするとでも思ってるの? それにあの子は、あなたになら何でも話してくれるわよ」


 亞里亞に発破をかけられ仕方なく鏡花を誘うと、凄く嬉しそうにOKしてくれる。



 そして大野の良心が……

 少しだけ痛んだ。




 ¬ ¬ ¬




 大野は頼んだ蕎麦がテーブルに置かれると、鏡花の顔を見る。

「な、なんか付いてますか?」


 恥ずかしそうに笑う鏡花を見ながら、もう少し落ち着いた店にすればよかったかと悩んだが……


 観光地の週末は、オフシーズンでも人の出入りが多く、襲撃されたホテル近辺の食事処で2人分の席が確保できただけでもましだろうと、考え直す。


「悪いな、この後も残業なのに」

 鏡花は襲撃事件の鑑識もこのまま引き継ぐことになり、現場に残ると言っていた。


「どこかで夕飯はとらないと、体力が持ちませんし。それに明日は休みですから」

 仕事柄不定期になりやすいが、刑事と言えども休日はある。


「そうか、良かったな。普段休みは何してるんだ」


 大野はひとりで寝ていることが多いが……

 会話の糸口としては悪くないと思い、そう切り出した。


「ショッピングや映画が趣味ですが、最近は皆で新町にできたレクセンターで遊んだりしています。大野さんも一緒にどうですか?」


 鏡花の緊張した態度や話の内容が、見合いみたいな雰囲気だと思いながら。

「新町のレクセンターか……何か面白いものでもあるのか」


 大野は苦笑いしながら、とりあえず話を進めていく。


 ――容疑者じゃないから、いきなり取り調べみたいなことは聞けないし。

 やはり身内を疑うのは、座り心地が悪かった。


「温水プールやトレーニングジムもキレイですし。ボルタリングの施設もあって、行けば山岳警備の経験者やレスキューの隊員が、コツとか教えてくれますよ」


 新町にできたレクリエーション・センターは、一般市民も申し込めば会員になれるが、基本は警察の休日のための施設になっている。


「ボルタリングか……」

「結構ハマりますよ、あれ」

「上手いのか?」

「始めたばかりですけど、センスあるって。そうそう前回は村井さんにも褒められました」


 大野は鏡花から、殺人現場の壁にあったクライミングシューズの跡について説明を聞いたことを思い出す。


「村井さんがね。どうせ変なところばかり見てただろう」


 ふと、鏡花が壁を上るところを想像したが……

 目の前あるニットに包まれたブツが凶悪過ぎて、変な妄想しか浮かばない。


「もう、大野さん。村井さんは奥様やお子さんに会いに行くために、この間も無理して連休を作っていましたし。山岳警備時代は登山の腕も有名だったそうですよ」


 だがあの殺人事件と、今回の襲撃を結ぶ糸口は……間違いなくこの話の中にある。

 大野の勘が、どこかで警告を鳴らしている。


 思い切って突っ込んだ話を聞こうとして。


「じゃあ次の休みに予定を合わせて、一緒に行きませんか」

 鏡花に出端をくじかれる。


 いつもは後ろに束ねた髪をふわふわ揺らし、恥ずかしそうにやや顔を赤らめ、大きな瞳で上目遣いに見つめてくる仕草は破壊力があった。


 しかも縮こまるように両腕で胸を挟んでいるせいで、デカすぎる膨らみがけしからんことになっている。


「いや……そうだな、考えておこう」

 大野がついつい引いてしまうと。


「じゃあ映画とかどうですか? ハリウッドの例の大作のやつ、実は前売り景品で2枚当たって……」

 鏡花は前のめりに、グイグイ攻めてきた。


「あれね、ああ、面白そうだな」

 そして大野は、当初の予定とは違う部分で神経をすり減らし始め。



 亞里亞から見せられたメモと……

 鏡花の行動に、大野の思考は混乱を始めた。

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