14 思った以上の武勇伝で、どこから何を突っ込んで良いかぜんぜん分かりません

 県警に戻る覆面パトカーの中で、亞里亞はなぜか不機嫌だった。


「その……かすみちゃんとやらについて、もう少し詳しく教えて」

 ぽつりとそうもらした亞里亞の顔は、何かを疑う捜査員の顔だ。


「あいつがフェイカーってことは、あり得ない」

 大野はぶっきらぼうにそう答える。


「あたしはそんな疑いをかけているわけじゃないの。でもこの事件に大きく係わっていることは間違いないでしょう」


 それについて考えをまとめようとしたが。


「被害者の姪で、新聞記者として事件に首を突っ込んできて、おまけに昨日の襲撃時には現場にいた。……あまりにも危険よ」


「危険?」

「ええ、命を狙われてもおかしくない」


 そう言われて、大野はあせる。


「さっきの副院長の態度で、今回の殺しと脱法ハーブの件はつながったわ。そこにフェイカーが絡んできてる。ヤツの狙いもそこにあると考えると」


「どうしてかすみの命が危ない」

「犯人はまだ目的を達成できていないか、他に問題が起きていて……まだ何かしようとしている」


「根拠は」

「あたしの想像だけど、事件の全貌はこうね」


 八剱総合病院の一部が、脱法ハーブの件に何らかの形で関わっている。

 静香の父はそれに関係していたか、証拠をつかんでいた可能性があり……


「犯人の目的が口封じで、証拠隠滅を狙ったものなら」

 殺害現場が荒らされていない事がおかしい。


「確かにあの現場には、物取りの形跡はなかったな」

「肝心の絵すら残ってたし、そもそもあの侵入経路を考えると、物取り自体が不可能なのよ」


 通常犯罪者は来た道を帰る。その方が安全だし、二度手間にならないからだ。


「犯人はかなりの巨乳か」

 あの小さなはめ込み窓の形跡を見た、かすみの同僚のイケメン顔を思い出し、大野が顔をしかめると。


「何それ?」

「いや、それより……そうならなぜ、証拠隠滅を狙う犯人が殺害だけで帰って行った」


「そんなの簡単じゃない、犯人は初めから証拠がそこに無いことを知ってたのよ。それを聞き出そうともしていない……つまり争った形跡すらなかったから」


「初めから別の場所にあることをつかんでいた。しかし、それがかすみと?」

「さっきも言ったけど、まだ仮説よ。ただ……状況からして、彼女が何かつかんでる可能性は高い。それに……」


 考え込んでいる亞里亞に、大野は話を促すように。

「それに何だ」

 聞き返すと。


「フェイカーの狙いもその『証拠』のような気がしてならないの」

 亞里亞は首を傾げた。


 話をもう一度頭の中で整理しながら、大野は質問する。


「それで県警に捜査協力要請か……目的はかすみの保護か?」

「そうね。それから後ろにいる誰かさんのしっぽでもつかめると嬉しいけど」


 脱法ハーブの取引の調査をしているのは刑事課ではなく生活安全課だ。

 そのため刑事課には情報提供でとどめ、捜査協力を生活安全課に依頼した。


 八剱総合病院と脱法ハーブの関連は、県警もつかんでいなかったようで、全面的な協力を得られたが。


「藪をつついたのは良いけど、出てくるのがどっちの蛇になるのか」

 亞里亞はやはり、浮かない顔だった。



 大野はルームミラーでそんな亞里亞を見ながら……

 最初の質問だった、かすみについて話を始めた。




 ¬ ¬ ¬




 フェイカーはポケットからスマートフォンを取り出すと、何やら数回入力した後、SNSの画面をかすみに見せて。

「この大野って男は、かすみさんのお知り合いでしたよね」

 首を捻る。


「おいこら! 人のスマホで何してんのよ。いい加減に返して」

 かすみはそのスマートフォンを奪い取り、通話記録を再確認してため息をつく。


「どうするのよ、いったい」

「静香さんの身の安全を確保するためにも、まだ解けない謎を探るためにも。一度お会いした方がよさそうですね」


「謎を探る?」

 静香の身の安全については、なんとなく理解できるが……


「警察の動きがおかしいですし、大野さんともうひとり。面白そうな人とお会いまして」

「どんな」


「この絵を盗んだ時大野さんと一緒にいた方で、なかなか魅力的な人でした。煙幕の中、確実に私のいた場所に踏み込んできた勘と行動力。絵に仕込んであった発信機。もう一度お会いしたいタイプの女性ですね」

 楽しそうに話すフェイカーに、かすみの眉が吊り上がったが。


「それよりまず大野さんがどんな方か教えていただけませんか? 少しでも安全性を高めるためには、どんな情報でも事前に知っておいて損はない」

 フェイカーは、何食わぬ顔で大野のことを聞いてきた。


 ――まったく、自分のことはいい加減な事しか言わないのに。


 しかしフェイカーの言う事も、もっともだろうと……

 かすみは高校時代大野と出会った経緯を思い返した。




「あたしの両親は子供の頃火事で亡くなったけど、高校の時に……」


 実名報道はされなかったものの、ある写真週刊誌でその事故が話題になった。


 それは『地方病院グループ総裁の死と連続変死事件』と言う特集で、かすみの祖父にあたる人物の巨額の遺産と、それにまつわる事故に関するものだった。


 その事故が他殺ではなかったかと言う疑惑がワイドショーなどで取り上げられ。

 過去に起きたかすみの両親の死も、疑惑と憶測を交え話題となる。


「まあ、田舎の高校だし。報道もギリギリだったから簡単にあたしだって特定されて」

 かすみは学校中の注目を浴びてしまったが。


「時間と共に、皆興味を失って……普通の生活に戻ったけど」

 進学校では珍しい不良グループに目を付けられてしまう。


「まあ、いじめと言うより……どつきあいかなあ」

 小競り合いがエスカレートして、とうとうリーダー格の大野と対決することとなり。


一対一タイマンで、あたしが大野を投げ飛ばして……手打ちになったはずが」

 その後大野に付け回され。


「女癖が悪いのか、それとも何かの嫌がらせか……何度もデートや食事に誘われたの」


 それが大野の卒業まで続き、かすみはとても迷惑したが。

「まさか刑事になってるとは思わなかった。警察に入ったのは知ってたけど、どうせすぐ辞めちゃうだろうと思ってたから」


 フェイカーはそこまでかすみの話を聞くと。



「思った以上の武勇伝で、どこから何を突っ込んで良いかぜんぜん分かりません」

 なぜか大きなため息をついて、首を左右に振った。




 ¬ ¬ ¬




 大野はハンドルを握りながら、ぽつりぽつりと高校時代の思い出を亞里亞に語った。


「普通そんなことがあったら、家に引きこもるかいじめにあったりするが……あいつは持ち前の明るさとサバサバとした言動で、あっという間に噂を吹き飛ばしちまった」


 バブル崩壊と同時に大野の実家は大きな負債を抱え、母親は新しい男を作って家を出て、父親は酒浸りとなり、家庭は冷えたものだった。


「進学校でも行き場のねえやつは、いるにはいる。まあ気がついたら、俺はそいつらの面倒を見るような感じになってたが」


 そう言った仲間たちから見ると、それでも楽しく高校生活を送るかすみは妬みの象徴だった。中には直接言いがかりをつけたり、手を出すやつもいたが。


「かすみを育てた養父……父方の祖父だが、無動寺流って実践剣法の元師範で。かすみも子供の頃からそいつをやってたらしく」


 噂では、中学では剣道の県大会。柔道では三年の時に全国大会まで出場していたそうだ。

 そのせいか……進学校の中途半端な不良では歯が立たなく。


「どこでどうなったのか、俺とサシで勝負することになっちまった」


 大野としては、女に手をあげる気など毛頭なく。

 適当にお茶を濁して仲間を納得させようと考えていたが。


「……組んだ瞬間、投げられた」


 おどろいた大野は立ち上がって本気を出した。

 このままでは仲間が納得しないという思いもあったが。


「まあ、負けたことが悔しかったからだな」

 そして何度も何度も……あっさりと投げられた。


 校内では負けなし、近隣の不良にも一目置かれていたが。


「いろんなことがだんだん馬鹿らしくなってきた頃」

 気が付くと、悔しそうな顔で大野をにらんでいるかすみと目が合う。


 キズひとつなく、息も上がっていない相手がなぜ。

 ボロボロになっていた大野が不思議に思うと……


 かすみは小声でこう言った。

「あなたは、あなたの信じるモノに、もっと自信を持てばいいのよ」


 そして。

「こんな所でいじけてる場合じゃないでしょう」

 そう言い残して、さっそうと肩で風を切って去って行った。


 あの時見た、かすみの泣きそうな顔と……

 チラリと見えた白と青の縞パンが、今でも脳裏に焼き付いている。




 大野が最後のかすみの言葉と、パンツの部分を濁して話し終えると。


「壮絶な失恋話ね、どこから何を突っ込んだら良いか、ぜんぜん分かんないわ」

 亞里亞はポカンと口を開けた。


「そんな話じゃない! 問題はあいつの性格と、今回の件は……その頃からの八剱家の何かが絡んでるかもしれねえって事だろ」


 大野は声を荒げたが。


「まあそうなんだけど」

 どうやら機嫌は治ったようで。



「それじゃあお姫様救出作戦は、万全を期して挑まなきゃね」

 亞里亞は、いつものようにニヤリと微笑んだ。

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