13 だから女に苦労していないイケメンはダメなのよ
「F文書。私が、いえ……私たちが探しているのはそう呼ばれる機密文書です」
フェイカーはそう言うと、壁沿いにある本棚からいくつかのスクラップ・ブックと写真雑誌のようなものを持ってきて、椅子に深く座り直し。
「そもそもの発端は第二次世界大戦、ドイツでヒットラーが台頭した頃です」
何かを思い出すようにその資料をゆっくりとめくりながら、フェイカーは話し出した。
ドイツ、イタリア、日本の三国同盟が世界中を巻き込み起こした大戦争。
戦火の中、多種多様な研究が各国で行われた。
兵器産業にとどまらず、医療分野でもそれは行われ。
「中には超能力研究をはじめ、随分オカルトな分野も研究されましたが」
問題なのは、今では考えられない非人道的な実験も実施されたことだ。
「ご存知の通り……彼らは特定の民族や宗教を差別し、人権を剥奪していましたから」
そしてその中のひとつに。
「F研究と呼ばれるモノがありました」
それは人工的に超人……無敵の兵士を製造する研究だった。
多くの命が失われ、そして戦後蓋をするように隠滅されたが……
「現代医学の進歩によって、その研究が近年脚光を浴びてしまいました」
遺伝子の謎の解明。
ゲノムの編集が可能になり、細胞レベルの再生医療も進歩した。
そのため隠蔽された技術が現実味を帯び、実現可能になり始める。
「ちょっと待って! 話が壮大過ぎてついてけない」
かすみが手の平をフェイカーに向けて、制止の意を唱える。
「まず、そんな何十年も前の研究が何かの役に立つの? それから、なぜ機密研究を知ってる人がいるの?」
かすみの質問にフェイカーは指を二本あげ。
「ひとつ目の質問ですが、戦後いろいろな研究が人道的な理由で禁止されました。核実験も、人体実験も。しかしそれは数十年前までは国家レベルで行われていたものです。今、その頃の研究資料を欲しがる団体は決して少なくない」
そして指を一本下げると。
「大戦の陰は、完全に消えたわけではありません。ネオナチなどと言う子供のお遊びではなく……それは今でも、大手企業や政治の中にひそかに息づいています」
フェイカーは辛そうな表情で頷く。
かすみは何か騙されているような気もしたが。
――今のこの、信じられない状況のバックボーンならあり得るのか?
首を捻りながら、とりあえず話の続きを促した。
「その研究に関する当時の資料を、我々は『F文書』と呼んでいます」
フェイカーはもう一度椅子に深く座り、手元の資料をめくりながら話し始めた。
F文書は戦後厳重に蓋をされたが、なぜかその情報が一枚の絵画から見つかる。
「ハン・ファン・メーヘレン、オランダが生んだ天才贋作作家です」
フェイカーはそう呟くと、壁に飾った絵を見つめた。
メーヘレンは大戦中オランダの美術品を購入・略奪するナチスに対し、自分の作品を本物と偽って売り続けた。
その行為は自国の文化を守ろうとしたのか、贋作作家の悪戯だったのか。
真相は闇の中だが。
「彼が天才だったことは、間違いない事実です」
フェイカーたちの予想ではその取引に携わったナチス高官の誰かが、いずれ贋作とバレるであろうメーヘレンの作品に、F文書を仕込み。
「罪滅ぼしなのか、それとも何か別の目的があったのか」
放出したのではないかと考えている。
「我々はこの実験が再開したであろう現状を嘆き、第二の悲劇を止めることが目的です」
どこに大戦の陰が潜んでいるか分からない今、それらをあぶりだすために挑戦状を出して作品を盗み。F文書を解析・削除して、作品を返している。
「つまり私のスポンサーや仲間は、今もなお過去の大戦の陰に潜んでいる人々の……反対側の人々」
話し終わったフェイカーの顔は、悲劇のショーを終えた役者のようだった。
かすみはどう反応したら良いかもわからず、ただその壮大な話に戸惑っていたが……
フェイカーが資料を机の上に置き、窓際まで歩いて外を眺めたので、ふとその中の一冊を手に取ってみた。
それはUFOや異星人、超能力等の記事を掲載する有名な眉唾物のオカルト雑誌で、表紙には『世界の陰謀特集!』と、大きなキャッチコピーが躍っている。
念のため、スクラップ・ブックを開くと……同じようなオカルト系記事を良く掲載するゴシップ系の雑誌やスポーツ新聞の記事が、所狭しと貼り込んであった。
かすみはドッと押し寄せてきた疲れに耐えながら。
「ねえ、あなたはUFOって信じる?」
ため息まじりにそう言うと。
「見たことはないですが、あったら良いなと」
にこやかな笑顔でそう答えた。
「超能力者は?」
「さあ、そちらもお会いしたことはないですね」
「妖怪とかは……」
「ひょっとしたら、私がそうかもしれない」
そう言って窓の外を眺めているイケメンに向かって、かすみはゆっくりと首を左右に振った。
冗談にしても、趣味が悪すぎるし……あたしをいったい何だと思ってる!
かすみがそう言い返そうと、息を吸い込むと。
「まだ雪が降り続いてますね、積もらなければ良いですが」
フェイカーが青空の広がる窓の外を眺めながら、真面目な顔でそう呟いた。
朝晩寒くなり始めたとはいえ、雪が降るのはもっともっと後だ。
「そう言えば、かすみさんと初めて会った8月のあの日も……こんな感じでしたね」
フェイカーはそう言って振り返り、かすみの目を見る。
浜生が入社したのは4月だし、8月も今も、ここは南半球じゃないのだから雪は降らないわよ。
かすみはそう言い返すこともできず。
いつか遠い昔に見た事があるような……
その悲しげな瞳に、息をのんだ。
¬ ¬ ¬
副院長は有名ブランドのロゴの入ったハンカチで、何度も額の汗をぬぐっている。
「先ほどもお話ししたように、素直に話していただければ……何とかします」
亞里亞は低く小さな声でそう言うと、唇の端を釣り上げた。
交渉は常に亞里亞のペースで、ハッキリと言葉にしなかったが……
静香の麻薬使用のバックを特定していて、その陰にこの病院の一部の人間が絡んでいると。――そんなニュアンスを含ませながら、副院長を追い込んだ。
その話は上品に語られたが、プレッシャーのかけ方は見事なもので、隣で見ていた大野は感心したが。
今の日本の警察では特殊な例を除いて、おとり捜査も司法取引も禁止されている。
――で、これからどうすんだ?
大野が首を捻ると。
「心配でしたら本庁に、今確認しましょう」
亞里亞は自分のスマートフォンを取り出して電話をかけ、現状を簡単に説明すると。
「保護プログラムの適応が認められました」
副院長にスマートフォンを手渡した。
「はい、はい、では……分かりました」
どんな会話があったか知らないが、副院長は安心したように大きく息を吐きだし。
「すべてここでお話しした方が?」
そう言って亞里亞にスマートフォンを返す。
――いったい、どんな伝手と権限があるんだ?
大野があきれて亞里亞を見ると。
「検察も動くでしょうから、先に弁護士に相談されても良いですよ」
ニコリと笑う顔は……妙な色気まで漂っている。
「それから、お嬢さんを先に別の施設に保護したいのですが」
亞里亞がそう付け加えると、副院長の顔が歪んだ。
「あの娘なら、昨日から病室を抜け出して行方不明だ。そのうち帰ってくるだろうとは思っているが……」
そこまで副院長が話すと、亞里亞は「ちっ」と舌打ちし。
「使えねーやつ」
わざと聞こえるような小声で呟いて、大野を見る。
豹変した亞里亞にビビるタヌキおやじを無視して、大野は亞里亞に問いかけた。
「監視カメラの映像や目撃情報を拾いながら、地道に行くか……勘で走るか」
「勘の方は?」
「昨日の襲撃で、警らの警官がパジャマ姿の少女と新聞記者の女性を見かけたと言っていた。裏は取ってねえが、新聞記者の女には心当たりがある」
「誰?」
「そいつの従妹で、俺の高校の後輩だ。タイプは全然違うが、どこかお前に似ている」
「どんな所が」
「何するか分かんねえ所だ」
その言葉に、亞里亞は首を捻ると。
「なら、間違いないわね」
大きな胸を抱きかかえるように腕を組んで、そう呟いた。
大野はスマートフォンを取り出すと、交換したかすみのSNSに急いで『会えないか』とメッセージを書き込み……以前食事に誘ってレスが無かったことを思い出し、微妙にへこむ。
――違うメッセージにすればよかったか。
悩んでいたら亞里亞がその画面を覗き込んで、通話履歴を見ると。
「何よ、あんたもうフラれてたんだ」
楽しそうに笑った。
「ちがっ! ……そんなんじゃねえ」
すると『ピポ』と、着信音が響き。
『いつどこで?』
画面に文字があらわれる。大野がおどろくと。
「かして」
亞里亞がスマートフォンを取り上げ。
『〇〇〇ホテルのラウンジに18時、静香は連れてこなくても大丈夫』
勝手にそう入力した。
「お前、こんなの書いたら……」
大野が亞里亞をにらむと、涼しい顔をして。
「だから女に苦労していないイケメンはダメなのよ」
そう言いって鼻で笑うと『ピポ』と、着信音が響いた。
『了解』
返信されて来たメッセージを大野に見せ。
「べーっ」
亞里亞は無邪気な子供のように……
悪戯っぽく人差し指で下まぶたを引き下げ、舌を出した。
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