11 怪盗の定義
フェイカーはリビングのソファーに、ガラス細工を扱うような手つきでそっと静香を寝かせると。
「これがJKってやつですか」
大きな仕事を終えたように、額をぬぐいながら大きく息を吐いた。
「何おやじ臭いこと言ってるの」
かすみはあきれ顔でそう呟く。
確かに……まだ幼さが残る顔に、伸びきった手足。
そのアンバランスさは、あの時代の少女だけが持つ不思議な魅力だ。
かすみは静香に近付いて、安心したように寝息を立てる姿にほっとしたが。
呼吸と共に、嫌に大きな胸が上下していることに……不安を覚えた。
パジャマ姿の静香はブラジャーをしていないのか、妙にハッキリと形がわかるのに。
そのブツは形が崩れることなく、天に向かってその美しさと高さを誇示していた。
――おかしい、仰向けに寝てるいのに……こんなの。
かすみはその大きすぎるブツを揉んで確かめた後、自分のささやかなそれを持ち上げてみた。
――静香ちゃんのお母さんの遺伝かしら?
首を捻るかすみに、フェイカーが視線を外して。
「それはセクハラでは……」
その声にかすみは我に返る。
「こ、これからどうするの?」
「まずご紹介してもらえませんか? どうも彼女は精神的にも落ち着いてないようでしたから、こうしましたが」
かすみは静香の知っていることを話した。
幼い頃に病気で母が亡くなって、それ以降叔父と二人暮らしだったこと。
定期的に家政婦さんが手伝いに来てくれるそうだが、基本的な家事は静香ちゃんがやっていて、叔父との仲も良かったこと。
そして、成績もよく部活の吹奏楽でも成績を残して。
叔父にとって自慢の娘だったこと。
「なるほど、かすみさんに似て美しい顔立ちに、おっぱいもなかなかのモノです。しかしそんな非の打ちどころのない娘さんがなぜ?」
そこであたしを何気にヨイショするのも、おっぱいの件もおいといて。
「なぜって……何か問題でも?」
かすみが聞き返すと。
「何か悩み事でもあったのか、悪い友達でもできたのか。ハッキリと大麻系の植物を燃やした臭いがしますよ。たぶんかすみさんに会う寸前まで吸引していたのでしょう」
フェイカーは静香が羽織っていたカーディガンを指さす。
「病室を抜け出したのは、部屋に隠していた『それ』を探しに来たのかもしれませんね。警察に見つかれば問題になりますし」
かすみは慌てて静香のカーディガンに顔を近付けたが、何のことだかよく分からなかった。
「まさか」
かすみがそう呟くと、フェイカーはカーディガンのポケットからスマートフォンを抜き出し。
「見れば分かりますよ、かすみさんが襲われた原因も含めて」
承認画面を向けてかすみに手渡す。
静香の指を当てればログインできるが。
「プライバシーって言うか、信頼を裏切るみたいで」
かすみはどうしても乗る気になれなかった。
「我々がしてるのは犯罪です、そこに正義なんてないですよ。どんなに言いつくろっても、窃盗は罪。それを分かっていて自分の信念を貫くのが、怪盗の定義です」
フェイカーはそう言って例の微笑みを浮かべると。
「以前も言いましたが、まだ後戻りはできます。ただ……現状で警察に訴えても事態が好転するとは思えませんが」
耳にしていた無線イヤフォンを外し、テーブルにあったリモコンを操作して、壁掛けの大型テレビをONにした。
映されたニュース画面では、フェイカーの押し込み強盗として警察が捜査に乗り出したこと。県警に挑戦状が送られたこと。
そして先ほどの襲撃が、現場からのリポートで放送されていた。
「なに、これ……」
「かすみさんはご存じでしょうが、私は挑戦状の裏にも文章を書きます。それを警察は発表していなかったので、模倣犯との見分けはつくはずですし」
ニュースのリポートでは、フェイカーによる証拠隠滅を狙った放火になっていた。
フェイカーの話では催涙ガスだと言っていたし。
盗んだ絵のことも、静香のことも発表されていない。
報道規制があるとは言え、これはおかしすぎる。まるで情報ねつ造だ。
「ですから、この件からまったく足を洗うか。ここで覚悟を決めるかです」
叔父はかすみに何かを託そうとしていた。静香にもきっと、何か深い事情があるのだろう。頼む……そう書かれた叔父の手紙を裏切りたくない。
何よりかすみには、この件から離れたくない。謎を解きたいという切実な思いがあった。
「分かった、あたしの覚悟が足りなかった」
かすみが静香の指を使ってログインすると、フェイカーが通常電波回線をOFFにして、WiFiのパスワードを入力した。
「ここのインターネット回線にいろいろ細工しておきました。これで位置情報を探られることはありません」
アプリの地図情報もOFFにすると、例のSNSを開ける。
そこには思った通り……脱法ハーブの取引と。
かすみが襲撃された原因となったであろう『ジグザグ』というグループとの通信ログが残っていた。
¬ ¬ ¬
「病院で悪漢に襲われていたかすみさんを助けまして。その後取材に向かうというので、心配になってボディーガードがわりについて行ったのですが、まさかあんなことがあるなんて……」
目を覚ました静香に、フェイカーは事情説明を始めた。
かすみが感心したのは……嘘らしい嘘をついていないのに。
巧妙に真実を隠し、言いにくいことは相手が誤解しそうな言葉で濁し。
第三者が初めて聞いたら、まったく違う話に聞こえることだ。
「そうですか……でもよかった。あたしがかすみ姉さんのこと話しちゃったから」
「それはまた、なぜ」
温かい紅茶を手渡し、フェイカーは静香に例の作られたようなイケメンスマイルを発射した。
これも不思議だが……かすみ以外の多くの女性が、今の静香のようにポ~っと顔を赤らめ、コロリと騙される。
「その……その人たちは父の何かを探してたみたいで。かすみ姉さんがそれを持ってるかもしれないから、聞きたいって」
静香が言ったことも、まったくの嘘じゃないだろう。でもそれは、フェイカーと同じで真実を隠している。
もっとも世間一般にあふれてる会話だってこんなものだ。みなペラペラと真実のみを話したら、逆に物事は上手くいかないかもしれない。
真実と嘘、本物と偽物。
かすみは二人の会話を眺めながら、そんなことを考え。
深くため息をついた。
「静香さんが望まれるなら病院までお送りしますし、警察に連絡しても保護を求めても良いです。それから、ここでほとぼりが冷めるまでのんびりされても」
「その、わがまま言っても良いのでしたら……しばらくここに」
静香の言葉にフェイカーは優しく頷き。
「ここはどうもスマホの電波の入りが悪いようで、でもインターネットはつながりますから、しばらくはそれで我慢してください」
静香用にゲストルームをひとつ開けると言って。
「今はゆっくりと休んでてください。では、私はかすみさんと大人の話がありますので」
バチっとウインクした。
静香がかすみとフェイカーを交互に見比べ、少し照れたように。
「はい、ありがとうございます」
そう言うと、嬉しそうに笑った。
部屋を出て事務所のような場所に移ると。
そこには数台のコンピュータが並び、盗んだ絵画が立てかけてあった。
「静香ちゃんをどうするつもり?」
「連れてきたのは、かすみさんでしょう」
相変わらずの微笑みを称えながら、パソコンを操作すると。
リビングでスマートフォンをいじっている静香が映り、その横にスマートフォンの画面があらわれる。
「やっぱり、ストーカーだ」
「少し泳がせようかと」
「それでも変なものは見ちゃダメだから」
かすみは静香の大きすぎる胸とか、年頃の少女のプライバシーとか。
いろいろなものが心配になったが。
「安心してください、愛しているのはかすみさんだけですから」
真面目な眼差しのフェイカーに、かすみは脱力して。
それ以上、追及できなくなった。
「必要な情報がそろったら、彼女はそれ相応の病院に移ってもらいましょう」
「それ相応?」
「たぶん静香さんが居た病院は、彼女の様態を知ってて隠していたのでしょう。親戚の恥を外にもらしたくなかったのかもしれません」
フェイカーの言葉に、かすみは頷く。八剱家なら……充分にあり得る話だ。
「それから、かすみさんにコレを」
机の引き出しから、二枚の書類を出した。
「これは?」
「診断書ですよ、会社は病欠と言う事にしておきましょう。ちなみに私はアメリカにいる母が危篤になりました」
「ホントに?」
かすみが慌てると。
「浜生夏雄の母です。書類上でしか実在しない人物ですから、安心してください」
かすみは慌てた自分が恥ずかしくなって、そっぽを向きながら書類を受け取った。
――そう言えば、こんなやつだった。
舌打ちしながら、書類を確認すると。
一枚はインフルエンザの証明書で、ちゃんと病院名と医師のサインがあり。
もう一枚は……いぼ痔の診断書で、悪性で病状も深刻だと書いてある。
「好きな方をお使いください。それから連絡はお早めに」
回線電話の子機を指さすフェイカーは、どこか楽しそうだ。
かすみが、いぼ痔の診断書をビリビリ破ると。
「ああ、それ。結構高かったのに」
そう言って崩れ落ちた。
偽診断書がいくらするのか知らないけど、そんなもの作らなきゃいいのに。
倒れたままハンカチで涙を拭くフェイカーを見ながら。
――そう言えば、こんなやつだった。
かすみは舌打ちしながら、新聞社に電話をかけた。
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