10 相棒だって認めてくれたから、これからもサービスでパンツぐらいは見せてあげるわよ

 そのスマートフォンの地図アプリで点滅を繰り返すマークは、おかしな動きをしていた。


「止まったり進んだり、妙に細い道を進んだり。追跡を巻く動きにしても、変ね」

 助手席で首を捻る亞里亞に、大野は思い切って言ってみる。


「発信機の前に出ますが……落ち込まないでください」


 そして発信機が止まったアパートの前を大きく迂回して、その隣にある大型マンションの駐車場横に車を止めた。


 前から宅配便のトラックが近付き、アプリのマークと同じ場所に停車する。


「どう言う事?」

 大きく目を見開いた亞里亞に。


「いくら変装の名人でも、あれは無理でしょう」

 県警の防犯カメラに写っていたのも、さっき会ったピエロも、身長180センチを超える大男だったが。


 目の前の荷物を運ぶ男は、160センチ前後の小太りな男だ。


 大野は亞里亞のスマートフォンを受け取り、男が去った宅配便のトラックの周囲を調べ……後方ナンバーの裏にあった、小型の発信機を発見する。


 アプリや発信機の形態から、徘徊老人などに取り付ける民間サービスの物だろう。

 そう判断すると、指紋採取も無視して発信機を素手でとり。


「やっぱり未認可か」

 ――捜査熱心なのは認めるが、やり口がギリギリだ。

 いや、美術品を利用したおとり捜査だと考えれば、完全にアウトだろう。


 大野は発信機をポケットに詰め込んで、大きくため息をついた。

 助手席に残る亞里亞を見ると、悔しそうに歯を食いしばっている。


「いつ気付いたの」

 スマートフォンだけ返して、何も言わずにハンドルを握った大野を、亞里亞が睨みつけた。


「部屋を出る時、ピエロ男が去った方向……神社の向こう側にあのトラックの屋根が見えたので。動きもそれっぽかったですし」


 亞里亞はそれ以上何も言わず、黙り込んでしまった。


 ――署に戻るか、現場に戻って聞き込みをするか。

 ルームミラーで亞里亞の悔しそうな顔を見て。



 悩んだ挙句……

 大野は川沿いの道から続くドライブウェイへとハンドルを切った。




 ¬ ¬ ¬




 現場から県警に向かう道沿いの、市内を流れる清流は、夏になると鵜飼いや花火で観光客が押し寄せる。

 そこから5分も走れば、天下統一を目指した武将が治めた城を頂に構える山がある。


 ロープウェイで上がるのが一般的だが、裏側のドライブウェイからも近付くことができ、途中にある展望台からの夜景は、地元では有名だった。


 その展望台の駐車場に車を止め、自販機で自分用の缶コーヒーと……悩んだ末、ウーロン茶を購入して戻る。……念の為二つとも亞里亞に見せると。


「ありがと」

 缶コーヒーをつかんだので、大野はポケットからタバコをだして勧めた。


 それを見た亞里亞は、慣れた手つきで一本取りだして口にくわえる。

 大野もタバコをくわえると。


「これからどうするの」

 亞里亞は夕日が差し込みかけた街を見下ろしながら、そう呟いた。


「まだ第二ラウンドが終わったばかりだろ」

 大野がそう言うと、驚いたように目を見開く。


「てっきり今までの捜査官と同じで……県警うえに報告して、追い返そうとするかと」

 自分のタバコに火をつけると、亞里亞にも勧め。


「危なっかしくて見てらんねえが、誠意は伝わった」

 村井から聞いた監察の話が、まだどこかで引っかかるが。


 静香の見舞いの際の態度や、今までの行動は……有能で熱意のある警官のそれだ。

 大野はそう判断したし、なぜか応援したい気持ちになっていた。


「だから事前にもっと情報をくれ、俺たちは相棒コンビだろ。それから、こんなのはもうなしだ」

 大野がポケットから発信機を取り出して、亞里亞に渡すと。


 大きくせき込み。

「久しぶりだから、むせちゃったじゃない」

 少し涙ぐむ。


 ――もしこれも計算だったら、俺の負けだが。


 大野はため息をつき、どうして刑事になろうと……と、声にしかけて。

 なんとかそれを飲み込み。


「どうして、そこまでしてフェイカーを追う?」

 そう聞き直した。



 亞里亞は少し悩んでから……

「あたし生まれも、まあまあ裕福だったし。容姿端麗で成績優秀、努力も怠らなかったから、ちょっとしたものだったのよ」


 亞里亞の自信に満ち、隠し事をしない話し方に、大野は好感を持っていた。


 その自信あふれる亞里亞は、順風満帆の人生を送っていたが。

「絵は昔から好きだったし、上手かったけど」


 過去の天才の作風をまねることはできても、自分のオリジナリティを出すことができなかった。


 芸術大学で思い悩む亞里亞に、教授が留学を勧め。

「そこで出会ったのよ、まあ天才ってやつね」


 国内では出会ったこともないような、信じられない才能の持ち主たちを何人も見かけた。

 もちろん国内でも少数ながら亞里亞が認める『天才』はいたらしいが。


「いつか勝てるだろうって、そう思うこともできないような」

 そんな奴は、初めてだったらしい。


 総合大学だったそこで、亞里亞はそんな『天才』たちが世に複数存在していて。

 彼らが科学技術や社会構造を改革してゆくのを目の当たりにし……


「そして、犯罪者の中にもそんな『天才』が存在することに驚いたわ」

 自分の作品を作ることをあきらめ、美実修復士の道を模索する最中に、ある事件に巻き込まれ。


「あたしは天才じゃないけど、天才の気持ちがわかる人間だって気付いた」

 犯罪心理学を勉強し。


「だから犯罪に手を染める『天才』を捕まえることにしたのよ」

 帰国後、警察庁の国家一種のキャリアではなく、現場で特殊捜査の権限を握れる国家二種の準キャリアを受けた。


「その『天才』とやらを捕まえるために?」

 フェイカーを追っているのだろうか。


「そうよ、それで捕まえたら『あんたこんなことしてる場合じゃないでしょう!』って、説教してやるの」


 亞里亞の口調はふざけていたが……自分の才能に対する絶望や、ある事件とやらは、彼女にとって相当な物だったのだろう。


 大野は亞里亞の目を見て、頷くと。


「じゃあ、前言ってたみたいに。世界を救う組織の一員だったらどうする」

 二本目のタバコに火をつけた。


「まあその時は、見逃してやってもいいかな」

 大野が笑うと、亞里亞もつられて笑顔になる。


 孤軍奮闘してきたであろう、芯の強そうな女の目は……

 大野に高校時代のかすみを思い出させた。


 女嫌いの大野が、今でも目に浮かぶ数少ない女性の顔。


「あなたは、あなたの信じるモノに、もっと自信を持てばいいのよ」

 その時の言葉が、頭をよぎる。



「それであなたは、これからどうするつもり?」

 話し終わった亞里亞が、大野の顔を覗き込んだ。


「まず……始末書でも頑張って書きますか」

「そっか、そこからだね」


 大野は薄暗闇に浮かび始めた街の明かりを眺めながら、エンジンをかける。

 亞里亞もその美しさに見入っていたが……



 通勤渋滞につかまり、とろとろと幹線道路を走っていたら。


「ねえ、あなたはどうして刑事になったの」

 亞里亞がそう聞いてきた。


「さあな、もう忘れた」

 大野が無視すると。


「あー、その顔は女ね」

 ぐふふふっ、と。不気味で意地悪そうな笑みを浮かべ。


「色気で篭絡して、県警での捜査をスムーズに進めようと思ってたけど。会ったら女嫌いのイケメン面だったから、困ってたのよね」

 とか。


「でもあたしのスカート覗いたり、胸を触ってきたり。この方向性間違ってなかったのかなって、思い始めてたのよ」

 とか。


「ねえ、やっぱりあなた、むっつりスケベでしょ。相棒だって認めてくれたから、これからもサービスでパンツぐらいは見せてあげるわよ」

 とか……


 妙なことを、嬉しそうにべらべらしゃべりだしたので。



 大野は亞里亞を相棒と認めたことを。

 ――すでに後悔し始めていた。




 ¬ ¬ ¬




 かすみが静香を連れて、昔かくれんぼでくぐった壊れた壁の穴をなんとか抜けると。


「見事な脱出劇でした」

 シルクハットと妙なお面を外した、浜生顔の男が拍手している。

 しかし、こんな場所でタキシードとマントは場違いすぎるせいか。


「かすみ姉さん、この人……」

 静香はドン引きだった。


 不安そうな顔の静香をそっと抱き寄せ。

「ただの変態ストーカーだから気にしないで」


 そう言ってから、かすみは「しまった、どこにも安心要素がない!」と、心の中で後悔したが。


「かすみさんのパートナーです。ああ私は、手品師のような仕事をしていまして」

 フェイカーのイケメンスマイルに、静香はなぜか安心したように小さく息を吐いた。


 ――しかし、手品師のようなとは……いい得て妙だな。

 かすみが感心すると、フェイカーはポケットから紐で結ばれた五円玉を取り出し。


「例えば、こんな感じで」

 静香の顔の前で揺らし始め。


「スリー、ツー、ワン! ほら、眠くなる」

 パチンと指を鳴らす。


「何やってんのよ」

 かすみが声をあげると、急に静香から力が抜けた。


「さあ、急ぎましょう」

 フェイカーは静香を抱き上げ、大切そうに後部座席に乗せると。


「日本の警察にしては珍しく。大胆で勘が良く、頭の回る……面白そうな人が追いかけてきましたから」



 そう言って……

 作り物ではなさそうな、とても楽しそうな笑みをもらした。

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