02 私の推理が正しければ、犯人はかなりの巨乳ですね
「どうかしたんですか?」
のんびりとした浜生の声に、かすみは生垣に潜んだまま。
「あの刑事、知り合いというか……高校の先輩だったのよ」
小声で答えた。
ここはかすみの叔父の、隣の家の庭先だ。
既に警察や他局の報道陣でいっぱいだった現場で、かすみが右往左往していると。
「親戚の家ということは、あの方はお知合いですか?」
浜生が家の窓から心配そうに顔を出している女性を眺めた。
「典ちゃんのお母さんね。もう十年以上しゃべってないから忘れられているかも」
それはかすみが子供の頃、従妹と一緒に遊んだことがある、近所の子供の母親だった。
「なら大丈夫でしょう、かすみさんを忘れられる人なんてそうそういませんから」
浜生はそう呟きながら女性に向かって手を振る。
女性がそれに気づくと、浜生はかすみを指さしながら女性に向かってイケメンスマイルを発射した。
女性は少し顔を赤らめると、慌てて窓を閉める。
「上手くいきましたね」
浜生はかすみにも、歯を無駄にキラキラさせながらイケメンスマイルを振りまいたが。
かすみは何がうまくいったのかさっぱりだったので、顔をしかめている。
「かすみちゃん久しぶり、ねえいったい何があったの」
急いで化粧を直した感じが満載の女性が玄関から出てきた。
「実は今無動寺さんと新聞社で働いておりまして、ご親戚に何か事件があったようなので慌てて駆け付けたところです」
浜生はいきなり女性の手を取り、小声でささやく。
「まあ大変、それで……」
「失礼でなければ私達を庭先まで案内していただけませんか? あそこなら事件現場を見ることができそうなので」
そして、微妙な交渉を始める。
確かに隣家には報道陣をシャットアウトする規制線はないが……
大丈夫なのか? かすみが心配していると。
「さあ、無動寺さん行きましょう」
浜生はとっとと家の中に入って行った。
――このままではおばさんの貞操の危機かもしれない。
かすみが仕方なく浜生を追いかけると、おばさんはお茶とお菓子付きで特等席を用意してくれる。
その場所からは、鑑識や警察が行き来する部屋の窓がばっちりと見えたし。
「それでね、朝の七時ぐらいだったかしら。パトカーのサイレンが聞こえて……」
おばさんが今までの出来事や、近所の噂を根掘り葉掘り……聞いてもいないのにいろいろと教えてくれた。
「そうですか、それは大変でしたね」
聞き上手なのだろう、浜生は相槌ぐらいしかしていなかったが、おばさんはご満悦でお饅頭まで進めている。
「ねえねえ、かすみちゃん。素敵な彼氏ね」
しかもそんな、いらないことまでべらべらとしゃべる。
「いえそう言うのじゃなくて……」
かすみがあからさまな嫌顔をしても。
「むぐ、そんな、照れるなあ。むぐむぐ」
浜生のイケメンスマイルと田舎のおばちゃんパワーの前では、かすみはあまりにも無力だった。
勢いよく浜生が口に放り込んだ饅頭は、一個三百円もする地元の銘菓だ。
――ちゃんと味わって食えよ!
かすみは引きつる眉を指で押さえ、気を取り直して窓を眺める。
そこにはワイルド系の男と、ふんわり系計算女を絵にかいたような……刑事と鑑識の女性が顔を出していた。
そして男と目が合うと、かすみは慌てて視線をそらし。
生垣に顔を突っ込むようにして、姿を隠そうとした。
¬ ¬ ¬
「久しぶりじゃねーか、お前こんなところで何してんだ?」
相変わらずのぶっきらぼうな物言いだったが、どこか笑いを堪えているような雰囲気があり。それがかすみの動揺をさらに加速させた。
「頭隠してなんとやらと、日本のことわざにもありますが。無動寺さん、それ……かくれんぼにしても滑稽すぎますよ」
それってことわざか?
かすみは背後から聞こえるのんびりとした呟きに、脳内で突っ込みを入れた。
確かに1メートルちょいの高さの生垣に顔を隠したところで、何かが変わるわけでもない。かすみは大きくため息をつきながら、背筋を伸ばし。
「取材よ!」
報道と書かれた腕章を引っ張って見せた。
「お前が記者? それ本物だろうな……嘘なら偽証罪だ」
楽しそうに笑う大野に。
「あ、あなたこそ刑事なんて。何かの間違いじゃない」
かすみはなんとか抵抗しようとしたが。
大野の肉食獣のような瞳の前では、委縮するばかりだ。
そこにズズズーッとお茶をすする音とが響き。
「無動寺さん、ご紹介していただけませんか? ああ私も同じ新聞社の記者で、
間の抜けた声が聞こえてくる。
大野がかすみから目を離し、浜生をにらむ。
「おいブン屋、どうやって忍び込んだか知らねえが、規制線の外とはいえ妙なのぞき見はルール違反だ。警察報道から外されたくなかったら、とっとと帰りな」
警察と報道には暗黙のルールがある。今回の浜生の行動は、確かにギリギリだが……
かすみがごくりとつばを飲み込むと。
「こちらのご婦人と無動寺さんが旧知でして、ご厚意でお伺いしただけです。ご近所からの情報収集は捜査の邪魔をしない限り報道の自由では? ついついのぞいてしまったことは謝りますが、現場は無動寺さんの親戚です」
浜生はゆっくりとそう言うと、おばさんの顔を見た。
「まあ、イケメンが二人も!」
おばさんの小さな悲鳴に。
大野は脱力し、浜生は「はははっ」と楽しそうに笑った。
――おばさん、結構大物だな。
かすみがため息をつくと。
「親戚なら親戚と早く言え、まあ報道発表までは親戚でも情報は教えられないが」
大野はそう言って顔を歪めた。
「ねえ、叔父さんに何があったの?」
その表情に不安がよぎり、かすみは声をあげたが。
「今彼にそれを聞くのは酷でしょう」
心配そうな声が背後から聞こえてきた。
――その通りだ、落ち着かなきゃ。
かすみが歯を食いしばると、大野は辛そうな顔をする。
しばらくすると、二人の沈黙を破るように浜生の間の抜けた声が響いた。
「私の推理が正しければ、犯人はかなりの巨乳ですね」
大野がポカンと口を開け、かすみが振り返ると。
浜生は名探偵よろしく優雅に人差し指を立て、大野と鑑識が顔を出していたはめ込み窓を指さした。
「侵入経路はあの窓からですね、壁に足跡が続いています」
浜生の説明に、かすみも大野もおばさんも窓の横を見る。
「窓の周りのレンガを数えると、サイズは横レンガ二つ、縦は十二枚。レンガが規格サイズだとすると210×2と100×12になりますから、隙間を入れても……縦130センチ、横43センチと言ったところでしょう」
「それがどうして巨乳とどう関係する。横幅25センチあれば大抵の人間はすり抜けられるし、何か根拠でもあるのか?」
あきれた声の大野の質問に。
「問題はそこです。はめ込み式のスライド窓は構造上、全開にはできません。開いてせいぜい4割。つまり25センチ程度です。そこに体を横に滑り込ませたと考えて、あの跡」
浜生が指さす先には、窓枠の一部にふき取ったような跡がある。
「位置的にも形的にも、手の跡だとは思えません。ちょうどしゃがんで侵入したら胸が当たりそうな場所です」
浜生は自信満々にそう言い切った。
かすみが目を凝らしてみても、確かにそこだけ汚れをふき取ったような形跡がある。
「面白い推理だな、参考にしてやる」
大野がため息をつくと、浜生は片手を胸に当て優雅に頭を下げ。
「捜査の助けになれば」
そう言って、例の作られたような笑みをもらした。
そのバカげたやり取りに、かすみの不安が少し和らぐと。
大野はそんなかすみの顔を見て、不貞腐れたように頭を掻き。
「捜査機密は話せないがお互い情報交換はできるだろ、連絡先を教えろ。その新聞社のぶら下がりは違うやつだったが……」
そっぽを向いてそう言った。
大野のその横顔には、やんちゃだった高校時代の面影が垣間見えて。
かすみは吹き出しそうになるのを堪えながら、自分のスマホを取り出し連絡交換をする。
大野が捜査に戻ると。
「まずまずの収穫でしたね、私たちも一度社に戻って報告と今後の方向性を練りましょう」
浜生がそう話しかけてくる。
確かに……充分な情報を集められたし、それなりの成果も得た。後は報道発表を待つしかないだろう。
かすみもそう判断して、おばさんにお礼を言って家を出た。
浜生が運転する車の助手席で。かすみは叔父のことや高校時代の思い出が、グルグルと頭の中でめぐっていたが。
SNSの着信音でふとスマホに目を向けると、大野からのメッセージだった。
『あの男はお前の彼氏か?』
かすみは何考えてんだこいつとばかりに、返信する。
『全力で否定します』
するとまたメッセージ音が響いた。
『今晩、飯でもどうだ?』
かすみはそれを見て、大きなため息をつく。
――そういえばこいつ、高校時代からあたしみたいな女にまで声かけるナンパヤローだったっけ。
もちろんそれは、かすみの思い込みだったが……
そのせいで大野がなけなしの勇気を振り絞って打ったメッセージは、待てど暮らせど返答されなかった。
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