エピローグ 『メシア譚』


 ーー気付くと、もう朝日が昇っていた。


 随分と長い間、戦っていたのだと実感した。






「おい、死んでるよな......あれ」




「ああ......恐らくな」






 地面へ叩きつけられた衝撃で、ぐちゃぐちゃになったウズの体を見た。


 普通の人間なら生きているはずはないのだが、ノイルの言った「あの言葉」がどうも気にかかっていた。




「ーー『不死身』......って言ってたよな。ノイルは......」




 「決して死なない」ーーそう確かに言っていた。


 しかし、見る限りウズの体からは、悲惨なまでに血が飛び散り、全く動く気配がないーー確実に死んでいる。


 では、ノイルの言ったことは一体何だったのか。




(嘘をついているようにも見えなかったし......)




「ーーまあ気にすんなよ。何かの見間違いだろ。そもそもあいつの予言は具体的には視えないんだ」




 確かに、これはノイルの言う通りであったが、俺がここへ来たことで少し「運命」が変わった。


 ーーそういうことなのか。




 俺の緊張が解けると、波によってできていた「壁」は、元のように穏やかな海へと戻った。






 ーー辺りを見回すと、そこにアーラの姿はなかった。


 勝てないと思ったので逃げていったのか、この事をマドカの元へ知らせに行ったのか。




 何にせよ、あの状況から俺たちは生き残った。


 絶対に無理だと、何度思ったか。もう逃げ出したいと、何度思ったか。


 こうなる事は、どれほど少ない可能性だったのだろうーーそう思った。








 俺は〈あの日〉の事を思い出していた。


 〈あの日〉ーー俺の「運命」が変わった日。今思えば、ついこの前の出来事だが、とても懐かしく感じる。


 ここに来てからは、同じ時を生きているようには思えなかった。


 それは新しい経験の連続だったから。


 決して、平和だったとは言えない。散々な目にあってばかりだったけど、それでも俺はーー生まれて初めて「生きている」と感じる事ができた。






「ーーなあ、ゼロ」






 帰ろうとしていたゼロを呼び止める。


 彼は振り向き、「ん?」と不思議そうに首を傾けた。






「お前は〈あの晩〉言ったよな。『人が生まれてくる理由は何だ?』ってーー」




「ああ」




「......俺はあの時『意味なんて無い』って答えたけど、今じゃそれが間違いだってはっきり分かる」






 あの頃の俺は、日常や人生というものに意味を見出そうとはしていなかった。


 ただ〈そこにあるもの〉を深く見つめようとはしなかった。




 ーーつまり、ただ考えていないだけだった。




 それが今は、はっきりそうだと言えるものがある。






「人はーー『何か』をするために生まれてくるんだ。その人には、するべき事が予めあって、それを成すために生まれてくる。誰だってそうだ......『使命』を持って生まれてくる。ーー何も取り柄が無いと思っている奴は、単に気づいていないだけなんだ。誰だって、生まれてくる『意味』はあるはずだ」






 何か「物事」には、必ず『意味』がある。


 『意味』が無いように思えるものは、きっと難しい事だから、人が考えようとしていないだけ。


 人には、その人のやるべき事がある。




 俺はこの世界に来て、それを学んだ。






「俺の〈能力〉は、『奇跡を起こす力』だった。そして、きっとこれにも『意味』があるはずなんだ」




「ああ、きっと......そうだろうな」






 彼は優しく微笑み、そう言った。


 つばを引っ張り帽子を深々と被り直したが、緩んだ口元だけは隠しきれていなかった。




「俺はこの『世界』が何なのか知りたくなったーーこの『世界』の事、〈魔法〉や〈アルカナ〉や、〈王〉という存在の事......」




「......」




「知らなくちゃいけない気がするんだ......だからーー」




 もう嘘はない。


 裏切りも、偽りも、自分を否定する生き方はしない。






「ーーもう一度、協力させてくれないか?」






 俺は誓った。


 この男と共に戦う事ーーこの世界で強く生き抜くという事を。




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Arcana Story 〜もう一つの世界の伝説〜 キサラギ @kisaragi0118

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