第三十五話 『十二回目の失敗』
ーーその男は笑っていた。
か細い体を震わせて、ひどい栄養失調のような顔色で、しかしそれでいて、とても嬉しそうに笑っている。
「イイね良いねェ〜......まさか、ホントにそうだったとは驚いたよ」
海の方を見て先ほどまでひどく驚嘆した様子だったウズは、咄嗟に事態を理解したように態度を一変させた。
「〈あの時〉感じた感覚は、やっぱり間違いじゃなかったんだ......ンフフッ!ーー少しは自信ってものを失くしたが、今はそんな事どうだっていい」
「......何だ。もう諦めたのか?......反撃してこないのか」
「フンッ!まさかぁ〜!僕の〈魔法〉と君の〈能力〉とでは決定的に差がある。僕がどうやっても君に勝てないのは今証明されただろう〜?」
呆れるほどに潔い奴だ。
いやしかし、この男が勝負で勝つために必死こくような人間でない事は容易に理解できる。
当然といえば当然の反応だった。
(しかし、この男......どうしてこんなにも上機嫌なんだ......?)
勝つとか負けるとかそれ以前に、この男は「何か」を狙っていたのか。
念願叶って勝利したというのに、心の中には形容し難い気味の悪さがあった。
「ーーそれに、君は僕に勝たなくちゃならなかったんだ。負けちゃ駄目だ。僕が負けたという『事実』それこそが大切なんだ」
やはり分からない。
内輪話で詳しくは聞いていなかったが、アーラは、彼が「マドカ率いる〈組織〉」に加わると言っていた。
そうして、何をしようとしていたのか。
何が目的だったのか。
それを俺たちに邪魔されて、不都合だったのではないのか。
(この男は何だ......?)
そんな漠然とした疑問があったが、俺のそんな思考を邪魔するようにウズは大声をあげた。
「さぁ!ーー僕を殺せェ!!それが君の役目なんだ!!僕は君に殺されるためにここにいるんだ!!さぁ!!」
ウズは何の躊躇もなく、高らかにそう言った。
彼はとても真剣な眼差しだった。ーーまるで、何かを成し遂げたかのような爽やかな顔に、不気味な笑みを浮かべていた。
(そうか......俺は「勝った」のか......)
今になってその事に気づく。
しかし、そんな事は重要ではなかった。
俺は常にこの男を倒そうとしていたーーそう思っていたが、俺が本当に戦っていたのは「自分」だったのだ。俺は過去の「自分」との決着をつけるために、ずっと必死になっていた。
やはり、この男の言う通り、俺は最後まで彼に対して心の底から「勝とう」とは思わなかったのかもしれない。
この男に勝ったのだという実感が、まるで湧かなかった。
「ーーどうした?早くこの崖から僕を突き落とすんだ!」
そう言われ、一歩前に出ようとすると、ゼロは後ろから俺の肩を掴んだ。
「!?」
「そんなに死にてぇならよぉ〜〜......俺が殺してやるぜ」
ゼロはそう言って俺の前へ出た。
「ーーゼロ」
「手柄を取るようで悪いが......ここは俺にやらせてくれ。おめぇさんは、もうきっと覚悟なんてできているだろうが......まだ早い。ーーそれと、人を殺めた後っていうのは凄く後味が悪いんだ」
「じゃあお前だって......」
「俺は良いんだ」ゼロは自分の手を見つめて言った。「この手は何度も血に染まっている。今更一人殺めたくらいでそう変わらないさ」
彼は悲しそうに呟いた。
彼がこの世界で何をしたのか、俺は詳しくは知らないし、深く言及するつもりもない。
ただその一瞬、彼の過去が少し気になった。
「俺はここへ落とし前をつけに来た。奴は俺が殺さなくちゃならない」
ゼロがウズの方へ顔を向ける。
すると、ウズは突然顔色を変え、態度を急変させた。
「おい......何を言ってる......」
「ーーーー」
「お前じゃない......お前では意味がない......」
ぶつぶつと何かを言って怯える様子のウズに向かって、ゼロは一歩ずつ歩み寄る。
「違う......お前じゃない......お前じゃない......来るな......」
「ーーー」
ゼロは近づく毎に歩度を速めた。
「......来るなぁ!!」
「ーー」
そして、十分近づいたところでーー
「来るなぁあああ!!」
「ーーッ!!」
一気に詰め寄り、頬を殴りつけた。
「だぉらああああああ!!!!」
ウズは口から大量の血反吐を吐き、体は見事に宙を舞う。
崖から落ちていき、乾いた地面に叩きつけられると、彼はぴくりとも動かなくなった。
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