エピローグ

 一ヵ月後、真夏の真っ只中――。

 夏休みの真っ只中でもある今日、オレは学校がある時と変わらず、先輩と歩いている。いや、宇宙人のタマも一緒だ。

 相変わらず制服しか着ない先輩の横を、白い袖なしのワンピースを着たタマが歩く。

「だから、漫画は芸術だったんだっ! 隕石よりも、ずっと凄いんだっ!」

「さっき、聞いたよ」

「漫画家に、わたしはなる!」

「何で、ルフィばりに『海賊王にオレはなる!』みたいに宣言してんの?」

 その質問には、先輩が答えてくれた。

「タマの中で価値観が変わったのだ。私が諭した」

「どのように?」

 右手の掌を返しながら、先輩は答える。

「天才ゆえに、タマには人を見下す悪い癖があった。それを排除しようと試みたまでだ。まず、この世に面白くない作品などないと教え込んだ。作品の根本に上下などないと」

「タマが芸術関係の宇宙人だからですか?」

 先輩は頷く。

「創作物を作るのには、当然、思考が必要になってくる。それを作者は物語として描くことになるわけだが、アイデアが浮かび、描くという行動に出た時点で、私は、もう詰まらない作品はないと思っている。だから、上だの下だのと比較をするのはおかしいのだ」

「その時点からですか?」

 先輩は頷く。

「何故なら、その作品を面白いと思って作っているのが作者だからだ。つまり、どんな作品であっても、その作品の最初のファンというのは作った本人になる。これは全ての芸術家に言えることで、タマも例外ではない」

「そうかもしれませんね。芸術の評価っていうのは大多数の人が認めているものかとも思いますが、どんな作品の中にも作った本人の情熱や想いが込められますもんね」

「ああ。理解されないだけで、その者の宇宙が閉じ込められているのだ」

 先輩は視線を真っ直ぐにして話を続ける。

「私は漫画でしか語れないから漫画を例に話すが……きっと、作りあげた漫画一つに作者の色んな思い入れがあると思うのだ。何故、そのジャンルを選んだのか、何故、そういう特徴的な絵になったのか、何故、そういうストーリーにしようと思ったのか、作者の想いから作品を作りあげていく。――まあ、ネームを作ってみたが、推敲の過程で面白くないと思うようになってボツになることも多々あるだろうがな。それでも生み出された作品の最初のファンは自分自身で、作者が面白いと思ったから生まれてきたのだ」

「改めて聞くと、奥が深いんですね」

 先輩は頷く。

「しかし、それだけでは連載で生き残れないのも現実だ。その面白いと思ったものを研磨し、自分だけでなく、大多数の人間も面白いと思ったものに仕上げないと生き残れない厳しい世界だ。だから、私は読み切り一つでも真剣に読み、楽しみ、読者としての責務を全うするように心掛けている」

「あなたは、本当にいい読者ですね」

「うむ。私はめだかボックスの安心院なじみを目指して、ジャンプを読み込んでいる」

「……それ、絶対に無理ですから」

「冗談だ」

 先輩は軽く笑って見せた。

「まあ、そのようなことを二十倍近く濃厚にして、タマに聞かせ続けた。そうしたことで、タマに漫画が芸術であると認識させたのだ。正直、ナルトのガイ先生以上に暑苦しいぐらいに語っていたと思う」

 それは嫌だな。

「それからタマに百タイトルのジャンプコミックを読ませるという試練を与えたのだ」

「それでタマが、あんなことを言うようになったんですか」

 段々とタマの脳は漫画脳に侵されていったということだろう。

 つまり……。

「洗脳完了だ」

 オレに顔を向けてチョキを見せた先輩に、オレは項垂れる。

 この人、逆に宇宙人に強烈な刷り込みによる暗示を掛けちゃったよ。

「それが、どれだけ宇宙にとっての損失か分かってんですか? タマって、宇宙でも有名な隕石アートの第一人者だったじゃないですか」

「関係あるまい。地球に住めば宇宙で暮らすより金が掛からず、人生百回は遊んで暮らせるのだからな」

「そうかもしれないですけど……。今度は別の宇宙人に命を狙われるなんてことになりませんか?」

「安心しろ!」

 落ち着きなくウロウロしていたタマが、オレの前で手を上げていた。

「隕石アートも、時間が空いた時に片手間でやってやるから大丈夫だ」

「芸術舐めんなよ。ぶっ飛ばされんぞ」

「舐めてないぞ。寧ろ、隕石で聖闘士☆聖矢のクロスを星座に配置して描いてやるぐらいの勢いだ」

「素晴らしいな。さすが、タマだ」

 ダメだ……。完全に毒されてる……。

「今週のジャンプが楽しみだな~♪」

「うむ。長期連載の幾つかはクライマックスだ」

「長期連載で体に無理をさせてないか心配で、わたしは作家の先生宛に集英社へ養命酒を贈ったぞ」

「地球に来てから、タマは人を気遣うことを覚えたな」

 その分、大事な何かを欠落させた気がするけど……。

「さあ、着いたぞ」

 目の前には、先輩の馴染みのコンビニ。今や仲のいい姉妹のような感じで、先輩とタマは店に入って行く。そして、同じ商品を大事そうに胸に抱えて店を出て来る。

「フフフ……。今度は合併号という不覚は取ってないぞ」

「わたし達がジャンプを読み終わったら、しっかりと感想を聞くんだぞ!」

 先輩は嫌いではない。そして、先輩に洗脳された宇宙人の少女も嫌いではない。だが、今の現状を簡単に言うと、こうなる……。




 オレの負荷二倍!!


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君が変して  ~6月14日の隕石~ 熊雑草 @bear_weeds

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