第13話

 そして、一日過ぎた月曜日――。

 無駄に過ごしたとしか思えない休日を取り戻せるわけもなく、日が昇れば気だるくとも学校に行かなければならない。

 オレは生活のリズムを崩すことなく朝の支度を整え、いつも通りに家を出て、いつも通りの時間に学校へと向かう。そして、耳にしたのは河川敷での噂話だった。

『お前、知ってるか? 昨夜、河川敷で大爆発があったの?』

『ああ、知ってる知ってる』

 河川敷で、昨夜? オレ達が居なくなった後の話だな。

『テレビや新聞には出てないけど、警察が来てて何かが爆発したのを調べてたんだってさ』

 登校中、前から聞こえてくる同じ学校の生徒二人の会話を聞きながら、ロボットの残骸が思い浮かぶ。……処分し忘れた。

『爆発した跡だけあって、何も残ってないんだって』

『そうなんだ』

 よくある痕跡を消す機能みたいのが、ロボットに発動したのだろうか?

『悪戯らしくて、靴の跡から三人ぐらいが関わってたんじゃないかって』

 ぴったりだな。オレと先輩と宇宙人。

『それで?』

『不良グループが、夜中に花火でもしたんだろうって。それで終わりだってさ』

『事件にもならないな』

 まさか、あそこでレーザーが発射されたとは夢にも思うまい。

『でも、その何時間か前に車が正面衝突したような音もしたって言う人も居たとか』

『じゃあ、車が爆発したのか?』

『それだったら、残骸が残るだろ。車のタイヤなんてゴムなんだから、熱で溶けて地面にこびりついてるよ』

『だから、花火ってことになってんのか』

『多分な』

 花火の悪戯で決着かな?

 警察だって無駄なことに時間も金も掛けていられないはずだ。オレ達の足跡から犯人を割り出すなんてことはしないだろう。死人も怪我人も出ていないんだし。

 前を歩く二人から情報収集しながら、オレは学校へと辿り着いた。


 …


 学校に到着し、ホームルームが始まるまでの時間を席に座って待っていると、先輩が登校してきた。昨日も制服でうろついていたため、少し変な気分もしたが、先輩はお構いなしにオレの前の席に座った。オレの前に座る同級生は、既に登校して当たり前のように席を開けてくれている。

「おはよう」

「おはようございます。――どうしたんですか? またクマ出来てますよ」

「少々熱が入ってしまってな」

「例の躾ですか?」

 先輩は首を振る。

「いや、タマの躾は一時間で済んだのだが――」

「ストップ」

「ん?」

 オレの制止に、先輩が首を傾げる。

「タマって、何ですか?」

「彼女の名前だ」

「タマって言うんですか?」

「いや、私が名付けた」

「何で……」

 項垂れるオレの前で、先輩は腕を組んで眉間に皺を寄せる。

「実は、あの宇宙人の名前は異常に長いのだ。まるでモジャ公の本名のように」

「そんなに長いんですか?」

「多分、小説の見開き1ページ分ぐらいある」

「そこだけ、妙に本物の宇宙人っぽいですね」

「ああ。しかも、やたら発音しにくいのでな。もう、面倒臭くなってタマと命名した」

「まるで猫みたいな名前なんですけど」

「じゃあ、ポチにするか?」

「猫から犬に変わっただけじゃないですか」

「うちで飼っているのだから、いいではないか」

 宇宙人を飼い猫扱いするのか、この人は……。

「で、そのタマの躾は終わったんですよね?」

「うむ。ちゃんと話せば分かってくれた。彼女が拗ねてしまったのは、教えてあげる者が一人も居なかったからだ。精神年齢が幼いままなのも、そのせいだ」

「孤児とかって、言ってましたからね」

「君も話したのか?」

「昨日、コンビニに行くまでに」

「そうか。そんな話をしていたのに気付きもしなかった」

 どうせ、あの時はジャンプのことしか考えてなかったんだろう。

「それで、躾以外の何に熱を入れていたんですか?」

 先輩は頷く。

「タマの要望を叶えていた」

「要望?」

「約束は『タマが勝ったら』という条件だったが、特別に地球で一番の芸術を教えてやったのだ」

「え? それって……」

「うむ。この星、一番の芸術だ。手始めに『ドラゴンボール』と『ジョジョの奇妙な冒険』と『るろうに剣心』を読ませてみた」

「……あの後に?」

「そうだ」

 ジャンプについて語ったから、熱が入って寝不足なのか。もう、宇宙人に十分な罰を与えているような気がする。

「で、タマは?」

「力尽きて寝ている」

「…………」

 これは幼児虐待にあたるのではないだろうか。

 先輩は溜息交じりに続ける。

「しかし、さすが宇宙人だな。知識レベルは常識を超えている。私達と会話が出来たのも、漫画を読むことが出来たのも、彼女の知能の高さゆえだ。タマは違う星の言語を全て理解しているのだ」

「本当ですか?」

「ああ。頭の構造が根本から違うのだろう」

 その割には残念な思考回路しかしていないのは、何故だろう?

「話が前後するんですけど、いきなりタマをホームステイさせるなんて、大丈夫だったんですか?」

「そのことか。問題ない。うちの両親は細かいことを気にしないからな。タマの髪の色が緑でも、全然気にも留めていなかった」

 どんな神経してんだ……。

「まあ、そんな感じでタマの世話は、母に任せてある。タマが起きれば、餌を与え、風呂に入れ、私のお古で着替えを着せてくれるだろう」

「本当に飼い猫扱いだ……」

「だが、それでタマも悪い気はしていないみたいだ」

「そうなんですか?」

 先輩は頷く。

「タマが本当に欲しかったのは、人との触れ合いだと思うのだ。実際、母に抱かれたり、ちょっとした会話したりするだけで、タマの頬は緩んでいる」

「はあ……。先輩は、お母さんを取られてしまいましたね」

「フ……」

 先輩は鼻で笑って見せた。

「私は、とっくに親離れをしているよ。そう……あの日、ダンボールに詰まったジャンプコミックを見つけた時から」

 それが親離れの原因か。親としては、見つけて欲しくなかっただろうな……。

「だから、丁度よくタマを母にあてがうことが出来て、少し早く親離れしてしまった罪悪感を埋められて良かったと思っている。棚から牡丹餅とは、このことだな」

 凄いな。宇宙人を母親にあてがうって。

「そうなると、これからずっと、タマは先輩の家に住むんですか?」

「彼女は、そのつもりのようだ。母が大のお気に入りだからな。それに金銭面の問題もない」

「ああ、家族が一人増えるなら、生活費も増えるから」

 先輩は頷く。

「両親に相談している最中に、タマが自分から生活費は出すと言ってくれた。例の自活のためにしていた芸術関連の仕事で、タマは唸るほど金を持っているとのことだ」

「そんなことも言ってましたね。ちなみに、どれぐらいなんですか?」

「天文学的な数値過ぎて、今一、ピンと来ないのだが、あの隕石の芸術品を一回やるだけで、日本円にして十七兆円ぐらい掛かると言っていた」

 オレは思いっきり吹いた。

「本来は頼まれて隕石を造って、星のイベントや式典で使われるものらしい。だが、今回は美術展に出品のため、自腹で隕石を造ったと言っていた。これ以上は言わずとも想像がつくだろう」

「つまり、あの子は自分のお金で、十七兆円もする隕石を何個も造れるわけですか?」

 先輩は頷く。

「その癖、変なところでケチでな。例のロボットの自爆ボタンを最後まで押さないのだ」

「……自爆ボタン?」

「証拠を消すために押させたのだ。あのあと、リモコンをぶっ叩いたら機能が回復したのでな」

 あれ、先輩がやらせたのか……。しかも、ぶっ叩いて直すって、昔のテレビかなんかじゃないんだから……。

「隕石に比べればロボットなど二十億そこそこだというのに、ケツの穴の小さい奴なのだよ」

「いや、二十億って――ジャンプを何冊買えると思うんですか?」

「八百万冊だな。う~ん……さすがに迷う金額か」

 計算、はやっ! そして、ジャンプが関わると正常に脳が働くよ、この人!

 先輩は口に手を当て、大きなアクビをする。

「タマに関しては、そんなところだ。さすがに、少々眠い。今日は一日中寝ているので、いつものジャンプ談義は中止にさせてくれ」

「構いませんよ」

「ではな」

 先輩は席を立つと自分の席へと行き、机に突っ伏して寝息を立て始めた。

「後ろの方の席で良かったですね」

 以前に教師をやり込めてるから絶対に指されないし、先輩の安眠を邪魔する者は居ないだろう。

「何か、妙な感じで纏まったな」

 オレは久しぶりに静かな一日を過ごすことになった。


 …


 下校途中――。

 練習し過ぎたスラムダンクの桜木花道のように、一日中、死んだように寝ていた先輩だったが、帰宅する頃には目の下のクマも取れて、すっかり元通りになっていた。背筋も真っ直ぐと伸び、普段と変わらない。

 その先輩が、もう一つの重要なことを語ってくれた。

「言い忘れていたが、タマから、この力のことを説明して貰っていたのだった」

 先輩は左手を軽く上げながら話す。

「タマが言うには、私達の力は夢とは関係ないらしい」

「そうなんですか? じゃあ、オレ達が立てた予想というのは間違っていたんですか?」

「ああ。夢というのは手段でしかなく、地球人の脳の未知の領域を覚醒させるための方法の一つにしか過ぎないらしい。夢により切っ掛けを与え、眠っていた力を呼び覚ますだけだ」

「本当に夢なんて操作できるものなんですか?」

 先輩は頷いて肯定する。

「そもそもタマが使った暗示というのも、夢を見るシステムと同じ原理だそうだ」

 先輩が右手の人差し指を立てる。

「催眠術なんかで対象者が半分寝ているような状態の時、前世の話を聞き出すのがあるだろう?」

「はい」

「それに似ているとのことだ」

「宇宙人の方が、そういう研究が進んでいるってことですか」

「昔から拉致するのに使っていたらしいからな」

「そんなことも漏らしていましたね……。タマの奴……」

 先輩からの説明を聞いて、オレの頭に、ふとある疑問が浮かんだ。

「ところで。一つ聞きたいんですけど、何でオレ達は最初の暗示に掛からなかったんですかね? タマの暗示によって力を覚醒する夢を見る暗示はしっかり効いていたわけでしょう?」

「そのことか……」

珍しく先輩が項垂れた。

「知れば死刑ものなのだが……。タマの奴、人体に影響が出るかもしれない最高出力で、私達に暗示を掛けたのだ」

「人体に影響が出るかもしれない暗示って……。一体、タマの奴は、どんな風に暗示を掛けたんだ?」

 頭を捻るオレに、先輩は両手をあげる。

「詳細は分からん。宇宙船に怪光線を照射する装置でも付いているのではないか? ――とはいえ、方法は分からないが、大方の流れは聞いてある」

 先輩に顔を向けると、先輩は説明を始める。

「普通は暗示のレベルを少しずつ上げて調節するらしい。実際、隕石を見るように暗示を掛けた時は、数日間、街の人間の何人かで実験をしてから実行に移したと言っていた」

「タマも、オレ達以外には気を遣ってたんですね……」

「一応な。――だが、私達が夢を見たのは、次の日だっただろう?」

「そういえば……」

「怒り心頭に発したタマは実験する工程を省き、その場の勢いで出力を最大にして私達に暗示を掛けたのだ」

「何やってくれてんだ……。あの子、沸点近くになると自制が利かなくなりますよね?」

 先輩は頷く。

「ああ、悪い癖だ」

 たかが癖のせいで被害に遭うなんて、堪ったものじゃない。

「それで話を戻すんですけど、さっき言ってた人体への影響って……どれくらいなんですか?」

 先輩は眉間に皺を寄せ、苦々しく答えた。

「……廃人寸前レベルだ」

「廃じ――あのヤローッ!」

 ここに居ないタマに、オレは怒りの声を上げていた。

「本当に手加減知らずのガキじゃないですか! あれで、本当にオレ達より知能の高い生命体なんですか!?」

「まあ、性格と頭の良さは別物ということだろう。その辺も、しっかりと教え込むつもりだ」

 怒りを抑えながら、オレは先輩に頼む。

「お願いします。いつか命に関わる……」

「既に一回関わった後だがな」

 そうだった……。

「この前話していたリスク云々の話があったが、既に私達はリスクを負っていたということだ」

「命を懸けた後だって聞くと、余計に腹が立ちますね」

「同感だ。とりあえず、タマは改めてシバく」

 先輩がやるなら、オレはいいか。昨日の今日で、タマの扱いに大分慣れているようだし、先輩に全て任せよう。


 隕石が堕ちてから、一年と約一ヶ月。この街で起きた隕石騒ぎが終わりを迎えたことを人々は知らない。知っているのは、あの日に隕石を見なかった二人だけ。

 オレと先輩は、またいつもの生活に戻っていった。

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