第12話
宇宙人の少女のところまでは約50メートル。その距離をゆっくりと歩いていく。
「漫画は漫画。現実は現実で区別されていたいものだな。これほど怖いと思ったことはない」
「オレもです。自分だけじゃなくて、力を行使した相手に対してもゾッとしました」
「そうだな」
腕の中に居る先輩は胸の制服部分を握り締めて、言葉を漏らす。
「でも……生きている」
「これからの生き方が変わりそうです。死ぬかもしれないと思ったから、生きていることに真剣になれそうです」
「ああ……」
先輩は暫く無言だった。
「――ところで、一つ質問していいか?」
「ええ、構いませんよ」
「女の子を胸に抱くというのは、どんな気分だ?」
「何で、今、そんなことを聞くんですか?」
「初めて抱かれたから、聞きたかっただけだ」
「…………」
どんな顔で答えているのか分からないが、オレは素直に答える。
「女の子って軽いんだな……って思ってます」
「ほうほう」
「それでいて柔らかい……みたいな」
「おお! 他には?」
「多分、先輩ぐらいの体重の人間を抱きかかえるのがオレの限界みたいなんで、オレは細身の人間を好きになると思います。ポッチャリ系は愛せそうにありません」
「そうか。しかし、私も、まだまだ成長過程。胸は、もう少し大きくなるかもしれんぞ?」
「今でも、十分気持ちいいですよ」
「ん?」
先輩は視線を落とし、オレの体の一部に自分の胸が当たっていることに、ようやく気付いた。
「君はスケベだったのか?」
「不可抗力です。女の人を抱くの、初めてだって言ったでしょう。体裁考えて抱いてたら、確実に先輩は落下してます。学校でお姫様抱っこをする授業なんてないですから」
「それもそうだな。それをサラッとやってのける漫画の主人公は凄いのだな」
「本当ですよ。オレ、もう先輩支えるの限界ですもん」
先輩の体の震えは止まったが、今度はオレの腕が限界で震えていた。
「ちょっと待て。落とされても困るから、ゆっくり下ろしてくれ」
「はい」
宇宙人の少女の手前5メートルで先輩を下ろし、オレは背中を反らして大きく息を吐く。
「二度とやらない……」
「乙女の夢を打ち砕く言葉だな」
「担がれてる方は楽かもしれませんが、体を鍛えてない人間が担ぐとしんどいんです」
「そういうもんか。――まあ、私もこの体験は一回で十分だ。腰を抜かして運ばれるなど、醜態以外の何ものでもない」
「そういうもんですよね」
「うむ」
先輩は歩みを進め、宇宙人の少女の前で腕を組む。
「さて、お仕置きの時間だ」
「ヒィッ!」
宇宙人の少女はビクンと硬直し、これから行なわれるであろう残酷な仕打ちに身を震わせていた。先輩とオレが戦った後だから、あのロボット以上に怖く見えているかもしれない。
「貴様のお陰で、随分と酷い目に合わされてしまったな」
「そ、それは……」
「やっていいことと悪いことを親に教わらなかったのか?」
「ううう……」
宇宙人の少女はコクンと首を縦に振った。
「……わたしは孤児だ」
「孤児?」
「親は居ない。だけど、ピグモル星人の血が流れているから、芸術センスが他の宇宙人より優れていたんだ。だから、自分の能力を他の宇宙人に使って生計を立てて一人で生きてきた」
「まだ子供なのか?」
「地球時間で言うと、十歳だ」
「そうか」
先輩は尻餅を付いている宇宙人の少女を立たせると、宇宙人の少女の頬を両手で包んだ。
「人の命を簡単に摘み取るような方法を選ぶのは感心しない」
「……はい」
「地球の刑罰で言えば、刑務所で無期懲役か死刑だ」
「……はい」
「だけど、私にそんな権限はないから、私自身の認識で判断する」
「あ……」
宇宙人の少女は涙を浮かべ、ようやく自分の仕出かしたことの重大さに気付いたようだった。
「許さん」
「…………」
へ? この人、何言ってんの? 許す流れだったよね?
「このまま許されるとでも思ったか、宇宙人!」
宇宙人の少女の顔をムギュッ!と両手で押し潰し、先輩は素敵な笑みを浮かべる。
「貴様を一から躾けてやる! 今日から暫く私の家にホームステイ決定だ!」
「こんな女と一緒にホームステイなんてしたくない~~~っ!」
「黙れ! 口答えすると、握り潰すぞ!」
「ぎゃ~~~っ!」
オレには宇宙人と地球人が逆に見えていた。まるでドラゴンボールの悟飯を躾けるピッコロ大魔王のワンシーンを見ているような気分だった。
宇宙人の少女の首根っこを掴むと、先輩はオレに振り返る。
「さあ、行くぞ」
ブラブラと垂れ下がる宇宙人の少女を見ながら、オレは聞き返す。
「行くって……先輩の家にですか?」
「そんなわけないだろう。何のために命を懸けて戦ったと思うのだ?」
「何のためでしたっけ?」
「ジャンプのためだろう。今日、発売されるジャンプを買うためだ」
「…………」
ジャンプの格が、どんどん上がっていく。二五〇円の少年誌が、ついには命を懸けて手に入れるものまでになってしまった。ジャンプが神格化するのも遠くないかもしれない。
「さあ、行こう。この馬鹿にも、地球の芸術を分かって貰わねばな。あと、ご褒美の複製原画も忘れるなよ」
「はい……」
先輩の手にぶら下がる宇宙人の少女が、項垂れるオレの右肩にポンと手を置く。
「お前、苦労してるな」
何で、宇宙人に同情されなきゃならんのだ。
…
オレと宇宙人の少女を伴い、先輩は馴染みのコンビニへと鼻歌混じりに歩いていく。
さっきまでの震えていた状態を微塵も見せずに、いつも通りの姿を見せる先輩の心臓には毛でも生えているのだろうか?
正直、オレはロボットと戦わされた時点で、暫く漫画を読みたくない気分だというのに……。
「わたしは、これからどうなるんだ……」
隣りを歩く宇宙人の少女が項垂れながら問い掛けてくる。
それに対し、先輩を見たあと、宇宙人の少女に話し掛ける。
「まあ、殺されることはなくなったんじゃないのかな。きっと、一般常識の身に付いてない君が心配で、先輩はホームステイなんていう強引な手段に出たんだと思うから」
「悪い奴じゃないのか?」
「頭の半分以上が漫画と直結してるだけで、善悪の区別もつくし、情にも厚いと思うよ。実際、君に向かうロボットのレーザーを、体を張って止めたのが先輩だからね」
「……そっか。ところで、漫画とかジャンプって、何なんだ? この星の最高芸術の一つとか言ってたが?」
「先輩がコンビニで買って来るのを見れば分かるよ」
説明する気も起きない。
そして、目的のコンビニに辿り着いて、先輩が店の中へと姿を消した。
「君は、一人で生きてきたって言ってたけど、これからも一人で生きていくの?」
「お金は腐るほどあるからな。――だけど、一人で生きていくには目的が必要だ。それがわたしにとっては、隕石で夜空を描く芸術だった。これしかないし、これだけがわたしを支える全てだ。だから、プライドを傷つけられたままでは我慢できなかった」
「そこら辺が子供だったわけだね」
「実際、子供なんだから仕方ないだろっ!」
「そこを仕方ないで済ませてたら、大人になれないと思うよ」
「フン!」
宇宙人の少女は鼻を鳴らして、そっぽを向いた。
そこにコンビニから戻った先輩が姿を現わした。しかし、手には何も持っていなかった。
「もしかして、財布を忘れたんですか?」
「いや……」
「じゃあ?」
先輩は頭に手を当てる。
「先週ジャンプは合併号で、今週売ってなかった」
「…………」
オレはがっくりと地面に手を着いた。一体、オレは何のために命を懸けさせられたのか……。
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