身長オークション

沃懸濾過

身長オークション

「あなたの身長をオークションにかけましょう」



 品園しなぞのさんはそんな風に持ち掛けてきた。この人は僕のマンションに突然やって来たのだ。




 のどかな日曜日、僕はおはようございますがギリギリ通用するくらいの時間に起きて寝惚ねぼまなここすりながら部屋を出る。


 そうしてドアを開けた上の枠のところにごん! と頭をぶつける。


 これが朝の恒例儀式。

 目は覚めるけどわざとやってる訳じゃない。なぜならこれはとっても痛いのだ。


 身長二百十二センチ、これが原因。


 あと二十センチくらい低ければきっと当たらないのに。


 注意してくぐればいいんだろうけど僕の抜けた頭は毎朝それを忘れてしまう。ぶつけすぎて抜けちゃったのか、抜けてるからぶつけちゃうのかなんて今更分かんないよね。



 そんなんで朝の恒例儀式のあとは慣れた流れで顔洗ったりして完全に目が覚めたら遅めの朝ご飯。戸棚の一番上からフルーツグラノーラを出そうと思った時にピーンポーン、チャイムが鳴った。


 部屋を出ようとしてまたごん! 


 「ったー」と慣れた痛みを擦りながら小さいガラス玉からドアの外をちらっと覗く。


 ……あれ、変だぞ。頭打っておかしくなったかな?


 外に白衣に七三分け銀縁眼鏡の科学者っぽい人がいた。


 なんで? で二度見。


 やっぱりいる。まだいる。恐る恐る出てみた。すぐにドア閉めれるよう準備もしながら。


「……どちら様ですか」


 僕の顔を見上げながら笑みを浮かべて、視界に入るよう少し上めに名刺を構えて科学者っぽい人は言った。



「私は品園しなぞのと言います。棚架たなかさん、あなたの身長をオークションにかけましょう」



 ここで冒頭に戻るのだ。


 わけが分からないまま抜けてる僕の頭はハテナマークを浮かべて働こうとしない。


 「お部屋お邪魔しますねー」なんて品園しなぞのさん? は、ずかずかと勝手に部屋に上がり込んでくる。部屋同士の区切りに来るたびに「あーここですねー」って僕が毎日頭をぶつけて壁紙が剥げ始めてるのを触った。


 何がしたいんだろうこの人は。さっきは何て言ってたっけ? 僕の身長をオークションに?


「繰り返し申し上げましょう。棚架たなかさん、あなたの個性である身長を他の人に売ってあげてしまおうは思いませんか?」


 繰り返して言われてもよく分からなかった。

 僕の頭は売るというワードを捉えて人身売買に直結させる。危ない! これは危ない!


「いえいえ人身売買じゃありません。あなたの身長を、『背が高いという個性』をオークションで売ってはどうか、という話です。引き換えに貴方は平均的で生活に不便のないごくごく当たり前の身長を手に入れるのです。それはあなたの念願の望みでもあったはずですよね?」


「はい」


 って僕はよく考えない内に即答してしまう。

 でも返事してからうーんとよく考えてみても結果は同じだった。僕は平均身長になりたかったのだ。


「でしたら付いてきて下さい。あなたの願いは私達が叶えましょう」


 品園さんは先に外に出ると僕に付いてくるように促す。早歩きで僕も外に出ようとしてまたごん!

 玄関の上の所で頭打った。超痛い。


 でもこれが一番の問題で僕が平均身長になりたい理由かっていえばそうじゃないんだ。


 一番の問題は周りの視線! 身長が高いってことはつまり人混みの中とか外とか関係無くてとにかく目立つ。何か悪いことしてる訳でもないのにちらっ、ちらっ、て視線が大体どこを向いてもくるもんだから嫌になってくるんだ。


 小学生の頃は良かった。「背の順に並んでくださーい」なんて言われたら一番後ろについて「どうだ僕は一番背が高いんだぞ」って堂々胸張ってれば良かったのに。


 中学高校入ってからは会う人会う人みんなみんな「バスケ部?」「バスケ部でしょ? え、違うの?」なんて!

 何でみんな背が高いイコールバスケ部! それかバレー部! とんだ偏見だ!


 僕はテニスがしたかった。でも入部してみたら顧問は独断専行。

「君、背が高いから前衛ぜんえいね」

 だって⁉︎

 僕は後衛こうえいがやりたかったのに!


 僕が人生で一番平均身長をうらやんだ時期は別の人間になりたい願望最大期の思春期で、今になって平均身長になれるなんていう言葉聞いちゃったものだから昔の記憶がたくさん逆流してくる。

 ぐるぐる回る頭の中で僕の身長にどうこう言ってきた奴に一人ずつ「ざまあみろ!」って特に意味もなく言い返す。


 そんなことしてる間に僕は車に乗っていたようで降りるよう促されてやっと自分がいつのまにかどこか建物の地下駐車場に来ていることを知る。


「ここは何処ですか?」

「オークション会場ですよ」


 もう何メートルか先まで歩いてる品園しなぞのさんが振り返らずに返事をする。


 とことこペンギン気分で付いていくと廊下エレベーター廊下折れて廊下廊下廊下。


 その先では僕と品園しなぞのさんみたいに私服の人と白衣の人が何組も並んでいた。

 その最後尾に並ぶと品園しなぞのさんはタブレットを懐から取り出す。


「今の内に決めておきましょうか。棚架たなかさん、あなたは身長をどれくらいオークションにかけますか?」

「え、えっと」


 どれくらいって……どれくらい? 基準がぜんぜん分かんない。


「平均身長は百七十センチくらいですから、どうでしょう四十センチ程度出品してみては」

「じゃあそれでお願いします」


 抜けた僕の頭でだって引き算くらいは出来るぞ。

 二百十二引く四十は百七十二。これが新しい僕の身長になる。


「あの、品園しなぞのさん」

「なんでしょう」

「あの、えっと、僕を平均身長にしてくれるのはすごくありがたいんですけど、品園しなぞのさん達の目的って、一体何なんですか?」

「それは勿論」


 品園しなぞのさんは右手の親指と人差し指を繋げて輪っかを作ると笑って言った。


「お金儲けですよ」


 ぴぴぴん、とそんな会話をしてるうちに品園しなぞのさんのタブレットが始まりを告げる。


「時間ですね。中に入ったら棚架たなかさんは立ってるだけで構いません。そう、緊張しないで。パン屋さんに並んでるみたいにゆったり、そう」


 パン屋さんかー、と思いながら会場みたいな場所に入るとすぐ壇上。

 なんだか講演会でも始まりそうな雰囲気だなと思った。

 品園しなぞのさんは僕を台に立たせてマイクに叫ぶ。


『さあ! 次の出品は身長です! なんと異例の四十センチ! 五十万円からスタートです!』


 マイクを通して品園しなぞのさんの声が会場中に響く。


 やっぱりこの人科学者なんかじゃない! っていうような司会者慣れしてる喋り方。


 わあわあわあ!


 会場は盛り上がって大学の講義室か映画館みたいな段々の椅子に座った人たちが一斉におしゃべりをしだす。

 誰が何を話してるのかなんて聞き分けられない大音声だいおんじょう大合唱。


 その中でちらほら手を変な形にしてあげる人がいる。そういう人がいる度に『五十五万! おーっと百十万! 百二十万!』ってアナウンスと掲示板がめまぐるしい。


 目の前でどんどんと上がっていく手と数字。

 心配になって隣の品園しなぞのさんについついごにょごにょしてしまう。


「ほ、ほんとにいいんですか? 身長なんかにもう二百五十……五百万円も!?」

「まだまだですよ」


 にやりと笑う品園しなぞのさんに僕はぽかんと埴輪みたいな顔しか出来ない。


「まだまだ上がっていきますよ。一千万を越えた辺りからが勝負ですから」




 ──それで、結局僕は金二千七十五万円と身長百七十二センチが手に入った。


 売上の二割が品園しなぞのさん達の儲けになるらしいとか僕の貰えるお金が八割だとかそういう話は割とどうでもよくって平均身長! 素晴らしい!


 百七十二センチ! 視界が低い!


 やっばいテンション上がる上がる。過去最高に上がりまくってる。


 どうしよ? 明日何着よう? 


 着れる服なんて無いぜ早速買いに行こう。いやその前にご飯だご飯。身長をとられたから? 違うや朝ご飯まだだった。めっちゃお腹空くんだなこれが。


 でもって外に出る。服は仕方ないから一番昔のジーンズとシャツを引っ張り出して裾とか折りまくってなんとかした。


 街に繰り出してみると周りの物がいつもよりも少し大きく見える、気がする。


 へえ、視点の差って大きいなと知ったふりしてふんふん頷いた。


 全体的に等身が縮んだ分裾を折ってる量も多いからか周りが奇異なものでも見る目をしている。

 これはご飯より先に服を買った方が良さそうだ。


 店に入ったら店員にぎょっとされた。「縮みましたか?」だって、その通りさ。


 小さい町だし覚えられてることは驚かない。店員さんに聞き回ってて前までは服選びが大変だったけど今は違う。

 着こなしのいいマネキンを見つけてコーディネート丸ごと買った。お金に余裕があるってちょっといいね。


 買った服をそのまま着てまた外に出て今度はご飯。


 と、そこでばったり友人にエンカウントした。


 こいつもまたぎょっとする。視点の高さが同じだからいつもより表情がよく分かる。


「え、棚架たなか? お前縮んだ……?」


 そうだともそうだとも。


「どう? すごくない? いい具合の身長じゃない?」


 新しいお洋服を買ってもらった女の子みたいにふざけてくるっと回ってみせた。それなのになんでか表情は固まったまんまだった。


「……なにそれ、気持ち悪い」


 気持ち悪い? これが『普通』でしょ?


 せっかくこのスーパー普通身長になったっていうのにでてくる感想が「気持ち悪い」?


「こんなの、棚架たなかじゃないだろ」


 ぎょっとして、はっとして、僕は固まってしまう。


 ……頭の先から爪先まで何度もじろじろ舐めるように見られて嫌な気分だ!


 その場から逃げ出して、急いで急いで家を目指す。空腹は忘れた。ストライドが小さい。ああもう遅い! マンションの鍵を開けてドアを開けて廊下を走って開けっ放しの扉を通り抜けて自分の部屋にダイブ!


 あの忌々しい壁に頭をぶつけないまま! 普通の身長になったなんていう念願の望みが実現したものだからそれを喜んでばかりで現実に起こる出来事を何も考えてなかったし心配なんて米粒ほどもしてなかった。


 僕は身長を失ったのだ!


 個性を失ったのだ!


 オークションにかけて! 二千万ぽっちのお金と身長を交換してしまったのだ!


 僕は平均身長になってアタリマエを手に入れたとばかり思っていた。でも違う。僕は『僕のアタリマエ』を失ってしまっていたのだ!


 品園しなぞのさん! 助けて!


 叫ぼうとして貰った書類の中から電話番号を探し出したらピーンポーン。チャイム!


 品園しなぞのさん!


 まだ僕が出てないのに鍵をかけ忘れた玄関からずかずか家の中に入ってきて僕の部屋。


 タブレットとか書類とか取り出しながら話し出す。


棚架たなかさん、あなたがお売りした身長を返品したいと言われましてね。どうでしょう、もしよろしければ……」


「お金なんていらないです! 身長を返してください!」


 品園しなぞのさんはにやーとした顔で、はい、と丁寧に返事。


 お金を渡すと即座にぐーんと僕の身長は伸びて二メートル。


 痛みはないけど目に見えて身長が増えてって、減っていくときよりもずっと変な気分。でもこれで元通り。


「結局、誰も気付くんですよ」


 品園しなぞのさんは受け取った紙幣の束を一枚ずつ数えながら話す。


大枚叩たいまいはたいて個性を買ったり、大金得て個性を売ったりしても、もともと自分に合った個性が有って、身の丈合った生き方はとっくに見つけてるんですから、今更変えることなんて簡単じゃないってね」


「……じゃあそれを気付かせるのがあなたの目的だったんですね、品園しなぞのさん」


 僕も品園しなぞのさんも僕の身長の買い手さんも、得たり失ったりマッチポンプ? 


 でも品園しなぞのさんはちゃっかり二割の利益を得てる。


「いいえ? そんな徳のあるものじゃないですよ。私達はただの『得』が欲しいだけですから」


 品園しなぞのさんは懐にお金をしまって銀縁眼鏡をくいっと直す。


「それでは失礼。私達はあなたの豊かな生活を応援致します」


 そんな言葉を残して品園しなぞのさんは部屋を出て玄関を出てガチャリ。


 そしたら腹の虫が鳴って自分の着ている服がぱつんぱつんになってるのと空腹に気付く。

 まだ起きてからご飯にありつけていないぞ! ってぐうぐうお腹が訴えてくるもんだから子供の時のパジャマ早着替えみたく急いで脱いで急いで着る。


 ぴしっ。よし、これが僕。


 姿見に映る姿は二メートル。だけど百七十二センチだったときの僕よりもずっと輝いて見える。


 さあご飯だ! って部屋を飛び出ようとしたら、またごんって音と額に鈍痛。


 ……二十センチ売ったらいくらになるかな?

 なんて、僕はやっぱりちょっと抜けてる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

身長オークション 沃懸濾過 @loka6ikaku9

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ