第20話 佳一のメモ 伝承の内容

A:最も知られているパターン。江戸中期~後期に完成だが、その文献自体はより古い記述をもとにしていると書かれている。


 神々が地上におわします頃、この久知野村と周りの村で何年も不作が続き、かつてないほど長い間飢饉となった。人々は雑草の一本まで食べつくし、中には、死んだら自分を食べるよう一族に言い残して死ぬ者すら少なくなかったという。

 生き残った人々も、多くはそれぞれの土地の神に祈りながら死んでいった。それを見た神々はいよいよ御自ら手を貸すしかないと、話し合いを設けた。


 神々はそれぞれの村の長を連れてきた。村の長は自分の村の惨状を訴えた。

 水の神は湧き水を人々に与え、彼女を祭る村の生き残りはそれを飲み、体を休め、再び作物を作れるようになった。

 木の神は神社の周りの木々に力を与えて、人々を昼間の強い日差しから守った。川の神はわざと周りの土地を水浸しにしてそこから作物が芽吹いた。

 山の神は山の動物や木の実を人々に与えた。どの村もやがて甦り、次の話し合いでは村の長は喜んで報告と共に供え物を置いていった。

 しかし、久知野村の神は、枯れることをつかさどる神であるので、別の村でつくった稲を早く収穫できるように黄金色にすることしかできなかった。それで久知野村の長は他の村長や神々に自分たちの神の力を抑えるように訴えた。


 神々は話し合って、久知野の土地の神『枯朽散田歌比古(かれくちるたうたいのひこ)』を土地から離れさせ、少し離れた山の中の、豊穣の女神のところに住まわすことにした。

 しかしそのままでは、久知野の土地を守る神がいなくなってしまう。すると、その豊穣の女神は、枯朽散田歌比古との間に、自らの豊作の力をもった子を作り、彼らを村人として久知野に住まわせた。その子らの力によって、枯朽散田歌比古は長く土地を離れる必要なく、久知野に戻ることができた。


 豊穣の神と枯朽散田歌比古は、二柱の子らについて、村長と取り決めを交わした。女神の子らのうち力が強く見目も人から離れた者を口無(くちなし)と名付け、その子とその子孫を決して久知野村から出してはいけないとした。

 もう一つ、口無とその子孫は必ず残りの六人の子とその子孫と結ばれることという約束があった。村長はそれを受け入れ、七人の子らももちろん神の言いつけを受け入れた。彼らの力で、村は守られ、女神が土地に帰っても、豊穣が続いているのである。

 



B:社会教材に掲載された内容。最も簡素。紹介では、底本は江戸時代の記述とされている。この教材や、市中央図書館にある絵本の記述は、Aの中で当時もっとも古い文書をもとにして、子供向けに翻案や省略、表現の書き換えをしたもの。


 神々が人間と共にあったほどの遠い昔、この地区一帯に飢きん(作物の不作が続くなどして人々が飢えること)が起きた。

 神々は人々をあわれみ、話し合いを持った。いくつかの村の長が呼ばれた。

 当時の久知野村にあたる村の長が、自分の土地の神のせいだと訴えた。その神は、秋に植物を枯らす神だったからである。


 訴えられた神・枯朽散田歌比古(かれくちるたうたいのひこ)は納得し、別の神の社へ移って、力を弱めることにした。しかし、そうすると久知野には守ってくれる土地の神様がいなくなってしまう。

 そこで、提案があった。当時の龍海村(現在の市)の土地の女神が久知野の神との間に、子をつくり、豊作の力を分け与え、久知野村に住まわせた。それにより、久知野の神は、村から離れずに済み、村も作物の実りが戻った。




C:久知野市図書館へ、近くの市に住む絵本作家が寄贈した絵本。中央だけでなく、現久知野市にあたる旧市立・町立図書館全てに寄贈されており、絵本コーナーに配架されている。中央図書館では絵本コーナーと郷土資料の二か所にそれぞれある。


むかし むかし、

たんぼも はたけも みんな かれて

たべものが なくなって しまった ことが ありました。

たくさんの ひとが しんで しまい、

つぶれた むらも ありました。

(絵は飢饉の様子。基本見開きで場面が描かれている)


のこった むらの おさは

じぶんの むらに いる かみさまに おいのり しました。

いっしょうけんめい いのったので

かみさまたちも にんげんを たすけて あげたいと おもいました。

(集会の様子)


みずの かみさまは じんじゃの わきみずを ふやして

たくさんの ひとに のませました。

(湧き水に人が集まる様子)


やまの かみさまは きのみ や きのこ、

いのしし や しか を とって

ひとびとに あたえました。

(山の幸の絵)



しかし、

ほかの ところの ひとは

たべものも のみものも ありません。


ひとりの むらおさは

じぶんのむらの かみさま 「くちのかれひこ」 が

なにも おめぐみを あたえて くださらないので

ほかの かみさまたちに

なにか してくれるよう たのみました。

(村長と訴えを聞く神々)


くちのかれひこ は こまってしまいました。

「わたしは

 つぎの しゅうかくの ために、

 まえの やさいや いねを かれさせる のが しごとなのです」


むらおさは

やさいを かれさせてしまう かみさま なんか いらない

と いいました。

しかし、

かみさまが いないと むらは

わるい ようかい や まもの に おそわれてしまいます。

(「くちのかれひこ」と、祀る神社とその周りの様子、

隅のほうに、覗き込むように妖怪たち。)


そこで、

みのりの めがみさま が いいました。

「わたしが くちのかれひこ の およめさんに なります。

わたしは わたしの むらを はなれられないけれど、

かわりに こどもたちを おいていけば だいじょうぶ。」

(女神が提案する場面)


こどもたちが うけついだ みのりの ちからで

くちのかれひこ は やさいや いねを からして しまわずに

すむように なりました。

こどもたちも がんばったので、

そのむらは ゆたかに なりました。

(実りあふれる田畑と、豪華な館など、裕福な様子)


かぞえきれない ときが ながれ、

ちいさな むらは おおきな まち に なりました。

(昭和~平成初期つまり絵本が書かれた当時の「久知野町」の風景)

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久知野高校怪奇譚~友人の学校の文化祭へ行ったらゾンビに襲われたので何か情報下さい~ 朝宮ひとみ @hitomi-kak

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