もしの世界

Len

そして今日も...


僕はここ数年、人間観察にハマっている。

そんな趣味は、結構な人が持っているだろう。

けれど、僕はそこに「もし」という言葉をそえる。

そうするとほかの次元での現実、俗にいうパラレルワールドを想像するのだ。

いつもの人通りがまばらな、ちょっとした田舎の駅前。

そこにあるファーストフード店で、外の様子がうかがえる席に陣取る。

安いコーヒーをすすりながら、僕は行き交う人を見る。

小走りで駅に向かう女性。

今からデートなのか、少しヒールの高い靴を履いている。

「もし」彼女がスニーカーなら、きっと会う相手は恋人ではなく身近な知人かあるいは、1人で買い物かもしれない。

「もし」デートでなければ、そんなにめかし込んでシャレた帽子も被らないだろう。

「もし」恋人がいなければ、気に止めるほどキレイに見えない、普通の子だろう。

もう一つの世界では、彼女はだらしない格好で、髪も適当で、見た目にも小太りな人かもしれない。彼女のもう一つの世界では。

まぁ、「もし」の話だが。


今度は買い物袋を持った婦人が歩いてきた。夕食の買い出しだろうか、袋から食材が透けて見える。

「もし」婦人が独り身なら、両手の荷物は消え、すぐそこの牛丼屋で、テイクアウトしているかもしれない。

僕だって、「もし」もうちょっとお金があれば、ファーストフード店ではなく、ここの上の階にある小洒落た飲食店にいたかもしれない。


「もし」という言葉が作り出す世界。

僕はその言葉に酔っていた。

それがあれば今の不平不満も、別の世界の僕はなんの疑問も思わず、自由で楽しい日々を味わっているのかもしれないのだ。

そんな自分がいると思えば、今の世界で僕がここを引き受けたから、君は生きていられるんだよ、なんて思うのだ。

僕が僕を生かしてあげているのだと、妙な錯覚を感じ、今の僕を甘んじて受け入れてるのかもしれない。


そう「もし」があれば、あのギターを引き流して歌っている青年も、どこかのライブ会場でライトを浴びているのかも。

無意識に、くくっと笑いが漏れた。


「面白いですか?そうやって妄想で自分自身を慰めて。」


不意に声をかけてきた男は、隣の席に腰掛けた。姿を見て、僕は息を飲んだ。

それは僕自身だったからだ。

ただ、容姿は今の僕とは異なっていた。おろしたての様なスーツに整った髪と身なり、僕と同じコーヒーを持っていても、何かが違う。

「お前は、だれだ...。」

「僕ですか?お察しの通り、僕はあなたですよ、もう一人の。」

そいつはそう言うと、視線を窓の向こうに移した。

「毎日のようにココで妄想にふける、今のあなたはそれが唯一の楽しみだ。他にしたい事はないのですかね?」

僕は言い返せなかかった。実際そうであり、他に何も無いのだ。

「(もし)のあなたは、きちんと定職につき、それなりの暮らしをしている。趣味や恋人もいる。それなりに人生を楽しんでいるご自分ですよね?けれど、こうも考えきれませんか?(もし)のあなたは、今飲んでるコーヒーさえ飲めず、路頭でへたりこんでいる、1日をどう生きようかとその場しのぎで生きている。そして、他の(もし)。あなたは存在しているのでしょうか?人生半ばで何もできず終わってしまったあなたがいたとしたら?」


外に向けた視線が僕に向く、不気味に感じるほどどうですか?と言わんばかりに微笑した。

背筋がゾッとする。正直、考えてもいなかった。

今の僕の現状が、一番求めていない未来だと思っていたからだ。それ以上の不憫など、想像していなかった。

そいつの問いかけに答えられず、からの紙コップを握りしめた。

「もし」という別世界の自分のために、僕はこうも思うように行かない世界を味わっていると考えていた。

けれど、今の僕を支えている存在がどこかにいると思わなかった自分に、今更ながら恥ずかしく感じはじめた。


そいつはそんな僕の心情を察したのか、コーヒーを飲み干すとこう付け加えた。


「何も僕はあなたをいじめに来たワケではありませんよ。どうせ妄想するなら、もっと大きく広く持って下さい。そうでないと、他の世界のあなたがかわいそうじゃありませんか。それに、ほらご覧なさい、あの青年、誰かにスカウトされてる様ですよ。これも(もし)の世界なのではありませんか?」


僕はハッと窓の外を見た。ここ数年いつも駅前で素通りする人たちをあいてに、歌っていたあの青年が、スーツ姿の男性と何やら話し万遍の笑みを浮かべている。

「もし」がここにもあったのか...。

全ては決まっていて、足掻いても仕方のないものだと思っていたのに。

そうだ、決まっているなら別世界の僕がここへいるはずもない。ここは僕の世界なのだから。


「なんで君が...」

と言いかけ立ち上がり横を振り向いた時、そこには誰もいなく、いつものサツバツとした店内が映し出された。

全部、僕1人の妄想だったのか?今の甘えた自分への罪悪感から生まれた幻覚なのか?

自問自答を繰り返し、冷静さを取り戻して席に着こうと腰を下ろした。

僕のトレーには握ってクシャげた紙コップと、もう1つ空の紙コップがあった。


彼はいたのだ。まぼろしではなくすぐそこに。


僕はトレーを持ち、ゴミ箱に2つの紙コップを捨て立ち去ろうとした。

トレー置き場のそばに行くと、求人募集のチラシが目に留まった。

そっと一枚抜いてポケットにしまい、そして店内を後にした。

「もし」の世界は別世界ではなく、ココにもある事を体験したのだ。








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もしの世界 Len @norasino

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