自宅の冷蔵庫と異世界生活

てのこ。

第1話

「いらっしゃいませ」


明るい店内にはつらつとした声が響き、1人の女性が視線を向けた。

チリンとベルを鳴らして扉を開けたのは、冒険者風の男女4人組だ。


「よう、久しぶりだな」

「相変わらず人気よねえ。予約取るの、大変だったんだから」

「あはは、すみません。その分、美味しい料理をお出ししますね」


人の良い笑みを浮かべながら、女性は4人組を席へと案内する。

店内に席は3つしかなく、そのどれも人が座っている。

4人の座ったテーブルに、氷の入った水のグラスと、レモン入りの水がたっぷりと入れられた水差しが置かれる。

4人は、待ってましたとばかりにそれを飲み干した。


「ぷはあーっ、冷てえ!ここは相変わらず、水も格別だな!」

「こんなに氷が入っていて、果実まで使ってる水なんて、そうそう普通の店じゃ出てこないものね」


満足そうな姿を見ると、女性は満足したように厨房へと戻っていく。

この店にはメニューがない。

正確には、店の壁に書かれているコースメニューのみである。

これは、この小さな店を、少ない食材で切り盛りしていくための策のひとつである。

時間帯によって開く店、使う食材、メニュー等を変えることで、店主の女性が料理を提供したい人に、出来るだけ提供できるように工夫したのだ。

夜の時間だけ営業するこの店は、完全予約制、メニューはおまかせコースのみ。

おかげで、なかなか予約の取れないレアな店になっている。


「アキハ、エールを2つと、赤ワインとシャンパンをくれる?」

「はーい、少々お待ちくださいね」


酒やドリンクはなるべく種類を揃えるようにはしている。

4人組の注文した酒がすぐにテーブルに届けられると、4人は早速乾杯をしてそれぞれに酒を楽しんでいる。


「お待たせ致しました、前菜3種です」


4人にまず届けられたのは、前菜3種盛り。

乗っているのは、アキハと呼ばれた女性からしたら何も珍しくはない料理だが、この世界にはないそれ。

小盛のポテトサラダと、カプレーゼ、それからサーモンのマリネだ。

4人は我先にとフォークでつつきはじめる。


「あぁ~これよこれ!このもちもちのチーズと果実の風味に、自然の香りのするオイルがベストマッチで...私これ好きなのよぉ」


エルフの女性が、カプレーゼの柔らかな舌触りを楽しみながら甘い声を出した。

他のテーブルの人も、その声の艶っぽさに思わず振り返る。


「いやいや、この芋だろ。なんたって魔のソースで和えてあるんだぜ?」


戦士風の男がポテトサラダをぺろりと平らげながら女に訴える。

マヨネーズはこの世界にはない。

あまりの中毒性に、魔のソースと呼ばれている。


「僕は、ちょっと疲れてたからこの魚の酸っぱさが嬉しいな...」

「ああ、この酸味は酒とも合うな!ちびちびいきたいぜ」


小さなドワーフの男と、髭モジャの巨漢の2人はマリネが気に入ったようだ。


「野菜のスープと、今日の魚料理のブリの照り焼きです」


アキハのいた世界なら、何故洋風のフルコースでブリの照り焼きなのか?という話になるのだろうが、この世界にはそんな常識はない。

だからアキハも、そういう括りには縛られず、得意な料理を作ることにしていた。


「ここの野菜のスープは、ほかと店と違って野菜だけじゃなくて、肉の旨みもするんだよなー」

「この魚、タレが甘くてすっごく美味しい!ご飯が欲しくなるわあ」

「いくらでもありますよー」


そのタイミングで、皿に盛ったご飯が出される。

待ってました、とばかりに、ブリの照り焼きとご飯を交互に食べ始める。


「にしても、また新しいメニューが増えたんじゃねーか?」

「うん、研究したからね」


実はこの店でマリネを出したのは初めてだった。

なんとなくの作り方は分かっていたが、最近ようやく作る気になってレシピを手に入れたところだ。

勿論、どこかからレシピを仕入れてるとは言わないが。


「たしかにお前のスキルでいろんな食材を手に入れられるのは知ってるけどよ...どーやったらそんな色々編み出せるんだ?」

「それはねー...ひみつ!」


それを人に教えることは出来ない。

というか、教えてもきっと信じないだろう。


この世界では、一生のうちに1度、ひとつだけ固有のスキルが貰える。

私の固有スキルは「自宅の冷蔵庫」


私の冷蔵庫は、異世界に繋がっている。

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