第6話 優しい人

「きゃっ」


正面から何かにぶつかって、私はその場に転んだ。同時に、バサバサッと物が落ちる音が響く。


「あの、大丈夫ですか!?」


頭の上から降り落ちる声に見上げると、長身の男性が、心配そうに私を見つめている。イルミネーションが、彼の優しげな顔立ちを照らした。


「はい、大丈夫……痛っ!」


立ち上がろうとして、足首に痛みが走った。


「ちょっと、痛めちゃったみたいです」


私がそう答えると、彼の手がのびてくる。


「僕につかまってください」


差し出されたその手に、私は手をのばした。


「ちょっとだけ、ここで待っててくださいね」


彼は私を支えながら、側にあった公園のベンチに私を座らせると、ぶつかった時に落とした物を拾い始める。


(本……?)


彼が地面に落とした物。それは、文庫やハードカバーなど様々な本だった。本を全て拾い終わると、彼はまた私のところに戻ってくる。


「行きましょうか?」


のばされる彼の手を私はもう一度つかんだ。


「家は、この辺ですか?」


彼に聞かれて、私は首を振る。


「いえ、ここから、だいぶ離れたところです」


そう答えると、彼は少しだけ黙った後、口を開いた。


「あの……良かったら、うちに来ませんか?」


「えっ?」


思わぬ言葉に驚く。


「足の具合が良くなるまで、少しだけ休みませんか?」


いつもの私なら、会ったばかりの人の家になんて行かないのに。


「はい……」


気づいたら、そう答えていた。



「すみません。お客さんが来ると思ってなくて、散らかしっぱなしで……」


数分歩いて彼のマンションに着くと、彼が申し訳なさそうに言う。部屋を見回すと、壁には本棚があって、本がぎっしりと詰まっている。


「本が、お好きなんですか?」


そう聞くと、彼は紅茶を作りながら笑って答えた。


「仕事が本屋なんです」


「えっ、本屋さんなんですか?」


「はい」


彼はキッチンの冷蔵庫から、何かを取り出しながら話す。


「書店をやっていた親父が亡くなって……。それで、務めていた会社を辞めて継いだんです」


そう言った後、彼は私が座るテーブルに紅茶二つと、ケーキを一つ置いた。


「一人で食べるつもりで、一切れだけケーキを買ってました」


どうぞ、と私の前に一切れのケーキを差し出す。さっきまで何も食べたくなかったはずなのに、不思議と食べたい気持ちになった。


紅茶を飲みながら、私達はお互いのことを少しずつ話し始める。


彼の名前は、沢渡樹さわたりいつき


私と同じ25歳だった。


私は、彼の優しい空気に心が解かれて、仕事のこと、拓巳とのことを話した。


「そうだったんですね……」


彼は会ったばかりの私の話を真剣に聞いてくれた。


「あの、川原さん」


「はい」


次の瞬間、彼は思ってもみないことを提案する。


「うちの書店で、働きませんか?」


彼は優しく微笑んだ。

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