第7話 新しい日常

「この箱に入った本を本棚に移してもらえますか?」


「分かりました」


沢渡さんに言われて、私は箱詰めの本を本棚の前まで運ぶ。


そして、脚立を持ってくると、私は一番上の棚に本を入れていった。


沢渡さんの書店で働き出して、3ヶ月が経っていた。前の会社に就職をしてからは仕事に追われて、本を読む機会がなかったけど。ここで働くようになって、また本を読むようになった。


ここまでは自転車で来ている。会社務めの頃みたいに、毎朝満員電車に押し潰されることもない。小さな書店なので、働いているのは私と沢渡さんの二人だけ。慌ただしい前の生活が嘘みたいな、ゆったりした日々を送っていた。


沢渡さんは口数が少ないけれど、何気ない言葉や行動に、優しさが溢れている。


「ちょっと休憩しませんか?」


本の整理をする私に、沢渡さんの柔らかい声が響いてきた。


「次の仕事は、決まりましたか?」


テーブルの向かいに座る彼に聞かれる。この書店で働くのは、次の仕事が決まるまでの間という話になっていた。


「いえ、まだ……」


「そうですか」


ふと沢渡さんの顔を伺う。いつもと変わらない穏やかな表情だ。


私は、この書店で働き始めて。あまり仕事探しをしなくなった。それは……ずっとここで働いても構わないと。そう思い始めていたからだ。


沢渡さんは、どう思ってるんだろう?


ふと、そう思った時、ジーンズに入れていたスマホが震動した。


(……!)


見ると、久しぶりの未来通知だった。おそるおそるメールボックスを開くと。


『樹は、あなたのことが好き』


(えっ……!)


私は驚いて、スマホの画面から沢渡さんに視線を移す。じっと見つめる私から、彼は視線を逸らさない。澄んだ黒い眼差しで、私を包み込むように見つめ返してくれる。


(私、やっぱり……)


ここでずっと働きたい。


この場所を失いたくない。


私は気づいたのだ。


自分の中に芽生えた気持ちを。


そして、次の年も。


その次の年も。


私は、彼の書店で働き続けた。

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