星流夜

紬季 渉

冬の星たち

 僕は姉さんと二人。

 ずっと前から、そして、これからも。


 僕たちはいつも星空を見上げて二人で語り合う。

「あの星はシリウス。一番明るく輝くおおくま座の星。あれはベテルギウス。オリオン座の星。あれがプロキオン。こいぬ座の星。」

「その3つの星が冬の第三角を作るんだよね。」

「そうよ。よく覚えたわね。」

 姉さんは嬉しそうに微笑む。

「あれはリゲルでしょ。こっちはアルデバラン。それからカペラ、ポルックス、あとはさっきのプロキオンとシリウスで冬のダイヤモンド!」

「そうね。すごいわ!」

 僕は褒められて嬉しくて踊り出しそうだった。


 姉さんと星の話をするのは本当に楽しい。姉さんはいろんな星を知っていて、いろんなことを僕に教えてくれる。この前はこんな星たちの神話を教えてくれた。


「冬の星座と言えばオリオン座ね。オリオンは海神ポセイドンの息子で、美しく頑丈な肉体を持ち、優秀な狩人だった。

 クレタ島で月の女神アルテミスと出会い、一緒に暮らすようになったけど、幸せはそんなに長くは続かなかったの。

 自分の狩りの腕前に慢心したオリオンは、この世のありとあらゆる動物を射止めてみせると豪語し、神々の怒りを買ってしまいます。

 神々は一匹の大サソリをつかわし、サソリの毒でオリオンを殺してしまいました。

 最愛のオリオンを失ったアルテミスは嘆き悲しみ、オリオンを天にあげて星座にしました。


 オリオン座の足元にはうさぎ座があって、いつでも狩りができるようにそこにいるとか、オリオンが優しい心になるようにそばに置いているとかって言われているの。


 大いぬ座は口元でシリウスが輝く星座よ。オリオンが狩りに行くときに連れていた猟犬が、オリオンとの狩りを忘れられずに自ら星座にしてほしいと頼んだと言われているわ。


 こいぬ座はプロキオンとゴメイサというたった2つの星からできていて、オリオンとも大いぬ座とも全然関係ないの。

 アクタイオンという狩人が猟犬メランポスを連れて狩りをしていたときに、通りかかった泉で美しい女性が水浴びをしていました。この美しい女性は月の女神アルテミスで、美しさに見とれて覗き見をしていたアクタイオンを鹿に変えてしまいました。そうとは知らない猟犬メランポスは獲物が現れたと思って飛びかかりアクタイオンを殺してしまいます。知らずに主人を殺してしまったメランポスを、かわいそうに思ったアルテミスは天に上げ星座にしました。


 一角獣座は知ってるかしら?

 大三角の真ん中にあってオリオンに顔を向けているんだけど4等星以下の星でできてるから探すのは少し難しいわね。


 あとは、冬の星座なのに、すでに秋ごろから現れている牡牛座の、右目にあるのがアルデバラン。牡牛座はゼウスが変身した姿って言われているけど、もう一つ別の話もあるの。ゼウスが川の神の娘のイオという女神を愛してしまって、ゼウスの妻のヘラは怒り狂う。それを鎮めるためにゼウスはイオを牡牛の姿に変えた。だから星占いでは牡牛座は女性星座に属しているんだそうよ。


 最後のお話は双子座。こいぬ座の上の方にあってカストルとボルックスという2つの星が双子ちゃんの頭。

 スパルタ王妃のレダはとても美しい女性で、ある日逃げ込んできた白鳥をかわいそうに思い抱き寄せます。それはレダに近づくために変身したゼウスでした。レダはその後カストルとポリュデウケスという双子の男の子を産みます。

 兄カストルは人間として生まれ、弟ポリュデウケスは神として生まれました。とても仲のよい兄弟で数々の戦でも手柄を立てましたが、ある時兄のカストルが矢を受けて死んでしまいます。悲しみにくれたポリュデウケスは父ゼウスに、自分の不死身を兄に分け、共に死ねるようにしてほしいと懇願します。ゼウスは感銘し、二人とも一年の半分を神として天上で、残りの半分を人間として地上で暮らせるようにしました。


 どう?神話って興味深いわよね。星空を人間たちはこんな風に見ていたんだってわかるから。

 手に届かない美しい星たちを眺めては、いろいろなお話を考える昔の人間の想像力の豊かさには感心するわね。」

「僕にもそんなお話が作れたら、姉さんにいっぱいお話ししてあげられるのに。」

「あら、あなたにもできるわよ。

 いつでも聞かせてね。待ってるから。」

 そう言うと姉さんは優しく笑って抱き寄せてくれました。


 さあ、今日はもう寝ましょう。なんだか体が熱くて疲れたわ。

 夜空にひとすじ星が流れていきます。


 目が覚めると姉さんは昨日より少し大きく見えました。ずいぶんと体も熱そうで、真っ赤な顔をしています。


「姉さん。具合悪いの?大丈夫?」

「大丈夫よ。私はお父様とお母様の所へ行かなくてはならなくなっただけ。」

「姉さん?僕は?僕を置いて行っちゃうの?」

「あなたはまだここにいなくちゃいけないでしょ?

 順番に、順番に、時はめぐってくるの。」

「そんなの嫌だよ!」

「わがまま言わないの。あなたにもあなたの役割があるでしょ?あとはまかせるわね。」


 姉さんは真っ赤な顔で微笑みながら大きく音もなく爆発し散っていきました。


 眩しく輝く爆発のガスが晴れていくと、あとには小さく輝く星が丸まっていました。

「こんにちは。僕は君のお兄さんだよ。これからよろしくね。」

 僕は小さな小さな妹に、姉がしてくれたように星たちの話をしてあげようと思います。


 地球ではその夜、目映まばゆきらめく流星群が、まるで宝石のようにキラキラ、キラキラと、いつまでも輝きながら流れていました。


【完】




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

星流夜 紬季 渉 @tumugi-sho

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ