光を背負う男
また、ハディートのことである。
この奇妙な男が非常に有能であるということは既に述べた。
バルサラディードが着実にヴァーラーンを攻めることが出来ているのは、ひとえにこの男の作戦立案能力によるものであると言える。
また、この日も、突くべき弱いところに龍を放ち、拠点の一つを陥落させた。
シュナーは、それを大層喜んだ。
「強きを避け、弱気を挫く、か。とても良い」
「ヴァーラーンは、強大すぎます。それを打ち砕くことは、出来ない。ならば、攻めることが出来るところから着実に攻めてゆくしかない。当たり間のことですが」
「ふむ。背伸びをすれば、転ぶ。そう言いたいのだな」
「はい」
「では、次に、お前はどこを攻める」
「帝都を」
これには、シュナーは驚いた。今、いきなり大掛かりな作戦を取ることが得策ではないという話をしたばかりである。それが、次にはもうヴァーラーンの中枢である帝都を攻めると言うのだ。
「攻めると言っても、ほんとうに攻めるわけではありません」
「詳しく、聞かせろ」
ハディートは、自らの考えるところを説いた。
「帝都に向け、龍を放つ。そう、三体もあれば十分でしょう」
龍を一体呼ぶのに、龍晶を大量に使う。たとえば、車ならば一年は走れるほどの量になる。だから、無限に呼ぶことは出来ぬのだ。バルサラディードは、小国ながら龍を次々と呼んでいるから、いつか枯渇する恐れがある。それが枯渇すれば、すなわち滅び。
龍晶は、買えばよい。だが、それを購う金も、勿論無限ではない。あまり税を上げ過ぎれば、民からの反発が起き、それをも抑えねばならぬようになるから、その匙加減は繊細である。
「大丈夫なのか、そのようなことをして」
シュナーは、それを踏まえた上で、確認をした。
「大丈夫です」
ハディートは、即座に答えた。
「龍晶は、実際、まだ枯渇の気配はない。金も、まだ国庫には潤沢にある。民がもし税を不満として声を上げるなら、それをことごとく捉え、龍の餌にでもすればよいのです」
「なかなかに、言うな」
シュナーも、この男の頭の中が思っていた以上に過激なものに支配されている、と認識を深めた。
「お忘れなく。そうまでしてでも、この戦いを終えなければならぬのです。だから、私はここにいる」
「そうであったな」
この策を、シュナーは飲んだ。
ハディートの語るところによれば、こうである。
龍を呼び、直接帝都に向けて放つ。ヴァーラーンは、勿論それに応じてくる。
ヴァーラーンの中でも、まだバルサラディードには直接帝都を狙い、それを滅ぼすような力はなく、まず地固めをするつもりなのだ、とする見方が強いことであろう。
それを崩すための一策である。
帝都に向けた龍は、間違いなくヴァーラーン空軍によって墜とされる。しかし、ヴァーラーンの中には、もしかすると、バルサラディードは既に本土攻撃を行うほどの力を持っているのか、と懸念する向きが現れるであろう。
小国が、体勢を覆す。そのような場合、往々にして極端に過激な博打をし、偶然、それが成功する以外にないということは既に歴史が証明している。実際、小国でしかなかったヴァーラーンは、龍を呼ぶ技術を復活させたことにより、国が傾くほどの龍晶と多大な犠牲を消費し、周辺諸国に向けてそれを放ったことが成功した。
それを、今度はバルサラディードが行う。そう思わせるのである。
今回は、ヴァーラーンが台頭した時代とは違い、互いに龍を用いることが出来る。すなわち、バルサラディードがそれを行ってくるということは、既にバルサラディードには、博打に張る形代が揃っているということになる、と思わせるのである。
それは、ヴァーラーンをして、本土の防衛に多大な力を割かしめる。周辺地域や国境地帯の守備より、帝都防衛に力を入れざるを得なくなるのだ。
そうして空いた地域を、思う存分蹂躙すればよい。
ハディートは、そう言うのである。
「この戦いは、領土の奪い合いなどではない。武力の、潰し合いなのです。あなたは、この地上から全ての武力を消し去る必要があると言った。我々は、ヴァーラーンなどという国との戦いの勝利ではなく、そこをのみ求めるべきなのです」
そう、自らの作戦の趣旨を説明した。
数日後、三体の龍が、ヴァーラーン帝都に向けて放たれた。その核として捧げられた贄は、この作戦に反対した、シュナー古参の幕僚であった。龍一体につき、三人。
その核が大きければ大きいほど、龍も強大になる。苦痛を与える作業は、ハディート自らが行った。手足の腱を切って動けぬようにしたシュナー創業の功労者達を地に転がし、両手両足を銃で撃ち、眼に刃物を突き立てて苦しめた。その苦痛の大きさが大きいほど、龍はより荒ぶり、その火も強くなる。
ヴァーラーン帝都では、どうにかしてこの龍を墜とそうと、空軍から鐵翼を二十機放ち、蜂のようにそれを取り囲ませた。
数機は苦痛に怒る龍の炎に飲まれて消えたが、雨のように降り注ぐ
その間に、バルサラディード軍は
ハディートの目論見は、まさしく当たった。
ハディートは、鐵翼の操縦も行う。なかなかの腕前である。
今回の作戦の立案のみならず、周辺地域の拠点を陥落させる現場指揮も取りたがったから、シュナーはそれを許した。
「たまには空に出なければ、地に根が生えてしまうような気がするのです」
と、珍しく、力なく笑った。
ハディートは、空へ上がった。
自らの身体を縛り付けるような強い荷重を、久々に感じた。
目標地点を目視で確認する前に、哨戒飛行中のヴァーラーン空軍に発見された。それと、交戦する。
一機の翼を機銃で撃ち抜くと、共に出ているバルサラディード空軍の者から、逓信機越しに喝采が浴びせられた。
「ハディート殿、やるな」
「頭を使うだけの男と思っていたが、見直した」
ハディートは、答えない。
ここで、彼もまた長く生きてきたのだ。
「追え。墜とせ」
そう空軍の者に指示を出し、自らはその編隊の先頭を飛んだ。
哨戒部隊を沈黙させ、目標地点へ。
既に逓信で連絡を受けていたものらしく、眼下の軍事拠点からは激しい対空砲火が浴びせられてくる。雲を突き破るほどに高度を上げ、機体を旋回させながらそれを避け、いちど拠点をやり過ごし、また機首を返す。ほとんど真っ逆さまに墜ちるようになりながら、拠点にロケットを撃ち込んだ。
ばらばらと群がり湧いてくる鐵翼。それに、空軍の者が応じる。
ハディートも、機銃でもって二機を墜とした。
墜ちてゆくそれら。
あるべき地に辿り着くと、炎を上げた。
刺激に応じやすい龍晶が、その力を解放し、熱炎を生むのだ。
なお続く、対空砲火。
それを巧みにかい潜りながら、ハディートは正面を見下ろした。
操縦桿に備えられた安全装置。それを外し、覆いの中から現れた
を、押し込む。
翼から解き放たれたそれが力なく落下してゆくのに合わせ、ハディートの操る鐵翼はまた機首を上げた。
それを照らす、紅の光。
彼はそれを背負い、飛び去った。
どこへ向かっているのかは、分からない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます