第6話 転移2日目①

 

 朝になった。

 目が覚めたら自分の部屋にいて、異世界に飛ばされてたのは夢オチだった──なんて事にはならなかった。

 俺達は騎士に案内され、朝食を摂った。

 大切りだった野菜もちゃんと食べた俺はえらい。


 十数分で食事は終わった。

 それから俺達は騎士……では無く、メイドに案内されて装備と武器の保管庫に向かった。


「こちらに勇者様方の体格に合う装備が集められています。充分に見定めて選択して下さい」


 メイドは言う事はもう無いと言わんばかりにドアの横に佇んだ。

 冷たい表情に冷たい態度のメイドは感情を感じさせない視線を部屋全体に向けている。

 さて、命を預ける相棒を見つけ出すとするか。

 俺が動き出したのを皮切りに御子柴さんと釘宮も装備の物色を始めた。


「なるほど、武器は剣、槍、弓があるのか……。鉄製にいたっては何点か錆びたままだな」


 装備をそうそうに選んだ釘宮は武器を選んでいた。

 御子柴さんもどれを身に付けるかそろそろ決まりそうな感じだし、俺も早いとこ決めないと……という訳で装備は皮製の中でも比較的防御力が高そうな胸当てに決めた。

 いやね、釘宮は鎧を軽々と持ち上げていたから俺も持ち上げようとしたのだが、重過ぎて持ち上がらなかったから皮製の胸当てにしたんだ。

 釘宮みたいに鎧の方が安心できたけど、無理なものは無理だから諦めた。


 武器は俺でも使える重さの剣にした。現役の剣道部員だからね。

 手に馴染んだのは錆びてたけど、どんだけ杜撰な管理をしてるんだか。

 御子柴さんも軽々と鎧を持ち上げていたが、結局俺と同じ胸当てにしたようだ。

 動きやすさを優先したのだろうか。

 武器は俺と同じく剣を選んでいた。

 腰に帯剣ベルトをつけて、そこに剣を収めていた。

 それいいな。俺も真似しよう。


 釘宮は鉄製の槍を手にしていた。

 あの槍、俺も触れたが──重過ぎて持ち上がらなかったんだけど。何であんな細身の体格であれが持ち上がるんだ? 御子柴さんもだけど。

 もしや成桐学園はゴリラの巣窟か?

 ──いや、違うか。

 昨日ルーシェルが言ってたな。

 勇者召喚の儀式を使って召喚された者は莫大な力が宿るとかなんとか。

 ……だとするとおかしいな。俺も勇者召喚の儀式を使って召喚されたはずなんだけど。

 兎にも角にも3人とも装備が整ったみたいだ。


「では、目的地へ向かう馬車へと勇者様方をご案内します」


 馬車への道中、いつの間にか釘宮は氷のような無表情のメイドと談笑していた。

 メイドは淡々と喋ってるだけだったけど、それでも釘宮のコミュ力の高さには驚かされる。

 流石はリア充だ……っていうか釘宮、お前は御子柴さんと話してろよ。お前の先輩、俺の隣で不機嫌オーラ撒き散らしてるんだよ。怖いんだよ。


「報告が遅れましたが私も勇者様方と同行する事になっています。しかし、戦闘には参加できませんのでご了承下さい」


 どうやら今回の魔物討伐、このメイドも同行するらしい。荒事にメイドがついてくるとはどういう事だろうか。

 予想だが、カンベルト王派閥の指示で監視役としてついてくるという理由なら腑に落ちる。

 何せ体の重心にブレが無く、常に何かに警戒してる様子だから……って、俺は何でそんな事を読み取れるんだ?




 ▽




「到着しました」


 馬車というより荷馬車であろう大きな馬車がそこにはあった。

 馬車の先頭には馬に似た生き物が嘶いていた。

 見慣れない生き物が気になった釘宮はメイドに問いかけた。


「すみません。あの馬車を引いてる生き物は馬でしょうか?」

「馬? いえ、あれはクルトスと呼ばれる比較的温厚な魔物の一種です。少しばかり知性があり、力と体力もあるので行商人などが好んで足として利用します」

「魔物、ですか」


 釘宮は魔物に悪い先入観があるみたいだ。

 柔軟な発想ができていないが、気持ちは分からないでもない。

 でも、人の在り方が十人十色な時点でその他の生物もそうであると考えが及ばないあたり頭が固いと言わざるを得ない。


「それでは、募集で募った冒険者方と顔合わせをして頂きます」


 メイドは依頼の警護兼育成対象をお連れしましたと近くに待機していた一行に声を掛けて俺達の前まで連れてきた。


「まずはお互いに自己紹介をお願いします」


 メイドは俺達と冒険者達の間に立ってそう言った。

 数秒程静けさが流れた後、一番背の高い冒険者が始めに声を上げた。


「王宮からの依頼で冒険者ギルドから派遣されました。アトゥリエです。職業は治癒士です。回復中心の白魔術を使いますが、それなりに戦う事はできます。冒険者ランクはCです。よろしくお願いします」

「あたしマリネル! マリって呼んでね! 職業はまだ魔術士の見習いだけど、ミーチャっていう魔力を媒介する杖があるから大丈夫! 冒険者ランクはDだよ! よろしくお願いしまーす!」

「キリスだ。職業は剣士。冒険者ランクはCだ。……よろしく頼む」


 俺達はよろしくお願いしますと軽く会釈をする。

 アトゥリエと名乗った女性はご丁寧に腰を曲げてお辞儀した。

 彼女は灰色を基調とした身軽そうな服装をしている。表情からは優しくて大人しいお姉さんというイメージを持たされる。


 マリネルは身長一五〇ひゃくごじゅうセンチほどの子供だった。

 黒いワンピースを身につけていて、その上に赤色のローブを羽織っている。

 活発な子という印象を受けた。


 キリスは口数の少ない男だった。

 鎧を右腕と両脚に装着していて、鎧を装着していない左の手には黒い革手袋をつけていた。

 背中にはデカい大剣を背負っていた。


 冒険者達の自己紹介が終わったから今度は俺達の番だ。


「汐倉真昼です。よろしくお願いします」

「御子柴撫子です。よろしくお願いします」

「釘宮征人です。よろしくお願いします」


 冒険者達もこちらの名前を覚えた様子だ。

 自己紹介が終わってすぐ、アトゥリエは俺と釘宮を交互に見渡し、マリネルは釘宮を直視していた。

 釘宮を見るのは分かる。イケメンだからな。でもアトゥリエが俺を見るのはなんでだ?

 キリスはぼそぼそと何かを呟いた後、微妙そうな顔をしていた。


「お互い自己紹介も済んだところで、さっそく出発しようと思います。討伐エリアは試しの森周辺。討伐対象はレッドスライムで、目標討伐数は三〇さんじゅうです。ですので、一人につき一〇じゅう匹倒して頂きます。勇者が三人、冒険者も三人と均等に分かれていますので、二人一組のツーマンセルを作って依頼に臨んで頂きます。それでは、馬車の方に乗って下さい」







 晴れ渡る空をボーッと眺めていた。

 今は荷馬車に乗って試しの森とやらに移動中だ。

 御車台にはメイドが座って運転手を務めていた。かなり手馴れた様子だ。


「じゃあ、今の内にツーマンセルのペアを決めちゃいましょうか」


 アトゥリエが話を切り出した瞬間、マリネルが釘宮にダイブした。


「あたしセイトさんと組みたーいっ!」

「うぉ!?」


 突然胸元に飛び込まれた釘宮は驚いてはいたが、体勢を崩したりはしなかった。

 だが、そこで思い出してほしい。

 釘宮は鎧を着込んでる。マリネルは鎧に顔面からダイブした。そして大きな激突音が鳴り響いた──だというのにマリネルは気にした様子も無く、にへへとだらしなく顔を弛めて釘宮に甘えだした。

 いや、生身なのに頑丈過ぎないか? ぶつけたところも赤くなってないし。


「こら、危ないでしょうマリ。セイトさんも困ってるでしょう」

「そんなことないよー! セイトさん勇者だもん! これくらいで困るわけないもんねー!」

「理屈が通ってないわ……。まったくもう」


 アトゥリエは諦め混じりの溜め息を吐く。

 そして釘宮に向き直って確認を取る。


「セイトさんはマリがペアでもよろしいでしょうか?」

「ええ、問題無いですよ」

「……マリが何か問題を起こしたら報告をお願いします」


 アトゥリエが疲れた顔をしながら二度目の溜め息を吐く。

 彼女の反応からしてマリネルはトラブルメーカーなのだろうか。アトゥリエは日頃からマリネルに苦労をかけられてるように見受けられる。


 出逢って十数分で感じたマリネルのキャラクターは良く言えば天真爛漫──悪く言えば分別が無い。総じて一言で片付けるなら子供っぽい、か。

 ギューッと引っ付いたまま離れるつもりは無いらしい。どうやらマリネルは釘宮に懐いたみたいだ。


「じゃあ次はナデシコさんとマヒルさんのペアを決めましょう」

「私はアトゥリエさんがいいわ」


 即答だった。

 御子柴さんは有無を言わせないように力強く発言した。

 突然の指名に戸惑ったアトゥリエは目を点にしながら聞き返した。


「私……ですか?」

「はい。すでに残ってるメンツは丁度男女二人ずつな訳ですし、男女で分けてもいいんじゃないでしょうか」


 御子柴さんが提案した直後、荷台のどこからか舌打ちした音が聞こえてきた。

 アトゥリエ辺りから聞こえてきたのでアトゥリエの方に視線を向けると、アトゥリエは余計な事言うなと言わんばかりの威圧感しかない笑顔で俺を見てきた。


 怖いよ。あと怖い。

 アトゥリエは俺と組みたかったから舌打ちしたとか自惚れた事も考えないようにしておこう。

 触らぬ神に祟りなし。君子危うきに近寄らず、だ。

 君子な俺はわざわざ薮を突いて蛇を出すような事はしないのだ。


「そうですね。その組み合わせでいきましょう。マヒルさんはキリスと組んでもらってもいいですか?」

「構いません。キリスさん、よろしくお願いします」

「……ああ。だが……」


 肯定した直後に逆接使うのやめて。不安になるから。


「……俺の事はキリスでいいる……敬称はいらない。敬語もだ」


 どんな言葉が飛んでくるかと思ったが、どうやらキリスは堅苦しいのは苦手らしい。

 そこら辺は俺と気が合う。

 俺はたまにボロが出る程度に敬語使うの苦手だから、ありがたく受け入れよう。


「分かった。キリス」

「……ああ、それでいい」


 素っ気無いのがカッコイイとか思ってそうとは言わないでおこう。

 ちなみにディスってる訳ではない。態度と服装から溢れる厨二感がそう思わせるのだから仕方が無いのだ。だから、俺は悪くない。


「では、今回行う勇者さん方の依頼の詳細を確認しましょう」


 アトゥリエの言葉に全員が頷く。


「まず大前提から、依頼であるレッドスライム計三〇匹の討伐を勇者さん一人につき一〇匹倒してもらいます。我々もアシストや指導はしますが、最終的には勇者さん本人に武具を振るって討伐してもらう事になります。そこまではいいですね?」


 オーケーの意を込めて再び全員が頷く。

 アトゥリエはスムーズに話を進められると思い、少しほっとした顔をしたが、すぐにキリッとした真面目顔に戻った。


「この討伐は日帰りで行います」


 そういえば救世主メシアでも最初のクエストはスナック感覚でサクッと終わらせてたな。

 試しの森っていう初心者用狩場でレッドスライムを無駄に狩りまくった記憶がある。


「試しの森周辺はレッドスライムの群生地なんです。なので魔物の探索は最小限で、すぐに討伐を開始できます。その時は不測の事態に対応できるようにさっき決めたペアでなるべく離れず行動を共にして下さい」


 それから思いのほかレッドスライムを速く討伐してしまった場合は先に馬車に戻ってもいいし、依頼とは関係無しに討伐を続けてもいいらしい。


 試しの森は冒険者ギルドから冒険者になりたての人達へ日常的に斡旋してる狩場の為、他の討伐依頼より比較的安全との事だ。

 やっぱりこの世界、何から何まで似てるな。救世主メシアの世界観と──




 ▽




「そういえばっ!」


 マリネルはキラキラした目をしながら釘宮にキスしそうになるくらい身を乗り出した。

 釘宮は突然顔を近付けられた事もあり、少し仰け反った。


「セイトさん! 勇者のステータスってどんなもんなの!?」

「えっと、ステータス?」


 急な発言に釘宮はポカンとする。

 反対にキリスは好奇心を隠そうともしないマリネルの発言に眉を顰める。


「……他人のステータスを詮索するのはマナー違反じゃないのか?」

「むぅ……」


 どうやらキリスの発言は正論だったらしく、マリネルは口を曲げてぶう垂れ始めた。

 よく分からないがそういうところじゃないのか? 見習いのままなのは。


 俺達の世界ではステータスとかそういう便利な身体情報を閲覧するすべが身近になかったからイメージが付き辛かったが、この世界だとステータスが身分証明とか個人情報みたいな扱いなんだろう。メイビー。


「まあ、どちらにしろまだステータスウィンドウを開発してないから答えようがなかったんだけどね?」


 釘宮はマリネルの機嫌を直そうとフォローに入るが、完全に拗ねモードに入ってしまったみたいだ。

 そういうところだよ。(二回目)


「職業は勇者だからレベル1から能力値が高かったりするって話だけど──なんでウィンドウ開発してないんですか? 確か王宮にもウィンドウ開発機があったはずですけど」

「えーっと、なんでもウィンドウ開発機が故障していたみたいで……」


 釘宮の言葉にアトゥリエは唖然とした。


「王宮のウィンドウ開発機って選ばれた人しか使えないっていう高度な開発機だったはずですよね。それが故障って……」

「アレイアード卿って人が先日壊してしまったらしくて」


 あ、こいつ昨日自分が壊したかもってビビってたの完全に無かった事にしてるな?

 あたかも何事も無かったみたいな顔してるところがジワジワくる。ちなみに一連の流れを見ていた御子柴さんもちょっと吹き出しそうになっていた。


「──アレイアード卿?」


 アトゥリエだけでなく、マリネルとキリスもアレイアード卿というワードに機敏に反応した。


「アレイアード卿って──『』シンクレシオ=アレイアードの事ですか?」


 アトゥリエの言葉には棘があり、それが荷馬車内の空気をより悪くした。

 雲行きが怪しくなったな。


「無能の騎士かは分からないですけど……はい、シンクレシオさんの事だと思います。第一王女様の騎士をしてる人ですね」

「王族の騎士……? あの男が……?」

「えっと?」


 文脈から察するに冒険者三人は魔術適性が無い人間を良く思っていないらしい。

 魔術適性が何かのかは分からないが──恐らく文字通り魔術を扱う適性の事だろう。

 カルメロルツでは魔術適性が無い人間は侮蔑を受ける対象という認識できっと間違いない。


 ──差別主義者、か。

 救世主メシアでもそんな奴がいたが、それはゲームだから深く気にせず流せただけで、リアルにそんな奴がいたら普通に無理だ。

 というかこの分だと国単位で差別が行われてる気がする。

 あー、溜め息が出る。おうち帰りてー。


「……まあ、いいです。そのアレイアード卿がウィンドウ開発機を壊してしまったからステータスを確認できなかった。そういう事ですね」


 アトゥリエの言葉に釘宮が返答してステータスの話題は地雷に終わった。

 ようやく重かった空気が少し軽くなった。


 会話が終わった後、釘宮はいつの間にか機嫌を直していたマリネルと楽しそうに喋っていて、アトゥリエとキリスは道具点検をしていた。

 御子柴さんは無言で俺を睨んでいた。

 いや、何で?

 俺が御子柴さんを見ると目を外される。

 ……どうやら俺は知らない内に御子柴さんに嫌われてしまったみたいだ。悲しい。


「もうしばらくで目的地に到着するので準備をしておいて下さい」


 御車台で運転してるメイドが声を掛けてきた。

 早朝から出発してもう十時頃だ。

 時計は見てないが俺の腹時計がそう言ってるから間違いない。

 そんな下らない事を考えていたらガタッと大きな音を立てて馬車が停止した。



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