第5話 企み

 




 この世界の人間は皆、他種族と魔術適性の無い者を蔑視している。

 他種族といえばまず戦争中の敵国ギルナクスの国民である魔族。そして森や山奥で生活している獣族の二つの種族が例として挙げられる。

 この二種族は人間族より基本スペックが高い。

 魔族は高い身体能力に加え、人間族では及びもしない高レベルの魔術を操る。

 獣族は生まれつき魔力が少ない為、魔術を扱う個体が著しく少ないというハンデを背負いながらも、そのハンデをものともしない他種族を寄せ付けない程の高い身体能力がある。


 ──気持ちの悪い人外種族が、頭が高い。


 物心ついた頃からそう思っていた。

 カルメロルツの民は皆そう思っている。

 なぜそう思うのか疑いすらしない──なんせ疑問に思わなければ疑問にはならない。

 だから、カルメロルツに住まう人間は皆、この事について気にも留めない。

 手本となるべき大人が日頃から何気無く選民思考を口にしていれば、子供は自然と〝そうである〟と刷り込まれてしまうのは必然だろう。

 だから、カルメロルツの人間は皆、潜在的な他種族排他主義者だった。




 ▼




 私はドアをノックした後、ドアを開けて国王の執務室に入室した。


「カナレアか」

「はい、何用でございましょうか。陛下」

「肩の力を抜け。この部屋には儂とお前しかいないからなぁ」

「はい、お父様」


 私の名前はカナレア・ラ・カルメロルツ。カルメロルツ王国の第二王女よ。

 美しい容姿で数多の男を虜にした罪な女。それが私。

 そんな私は凡そ7年前からお父様のご命令で王宮内に蔓延るお父様の政敵を失脚させていた。


 国内情勢に詳しい貴族達の間では私を『悪辣の王女』と揶揄している者がいるらしいですが、そんな者は不敬罪で発見次第即刻処刑である。

 お父様は我が忌々しい姉──ルーシェル・リ・カルメロルツの人質は絶対に殺すなとの厳命を出されましたがそれは無理です。処刑です。


 それにしても人質の規模が大き過ぎるのが気掛かりです。王都に住まう国民全員が人質とは大胆な手を使いますね。

 ですが、お父様の事ですのできっと私には到底想像もつかない事を考えているのでしょう。


「お父様。先程の謁見では勇者達の従属化は失敗に終わってしまいました」

「魅了の魔術が効かなかったのか」

「はい。念の為、私の騎士に魔術のブーストを掛けさせていたのですが、それでも及ばず……」

「そうか……。だが、カナレアの魅了が経験値を積んでいない勇者に効かぬという事は……」

「まさかっ、お姉様が!?」


 お父様は面倒な事をしてくれると呟きます。


「ルーシェルとその支持者が儂らの計画──『勇者従属化』を邪魔したのは間違いないだろう」


 お姉様はお父様の政策を快く思ってない為、お父様の邪魔ばかりします。

 今でこそ険悪な関係だけど、昔は私とお姉様の仲は良かった気がする……いや、やっぱり気の所為だったかもしれないですね。


「儂直属の隠密精鋭部隊、騎士団『黒爪』のメンバー数人にルーシェル派閥の動向を探らせていたから奴らの企みは筒抜けであった──はずだったのだがなぁ」


 黒爪はお父様直属の騎士団の一つ。

 その姿は誰も見た事が無く、しかし確かな実績がある為、都市伝説とまで噂されている騎士団であります。

 主に暗殺を生業としているとまことしやかに語られている為、カルメロルツでは子供への躾にその名前が使われる事があります。


「どうやら黒爪でも探り切れない情報があった様だ。その情報の穴に従属化失敗の理由がある」

「お姉様、どこまでお父様の邪魔を!」

「だが、その様な些事は捨て置け。儂の志す世界には元来勇者は不要故な。人間の魔術士を至上とする世界。その理想の世界の実現に進む道中では、奴らなど障害にすらなり得ぬ」


 しかし、急がねばならなくなったな。


「──疾くと神に見初められし者。〝神の贈物ギフト〟所有者を捕獲し、その力を解析、利用する必要が出てきた」

「……お父様?」


 黒爪と比べるまでも無く、神の贈物ギフトこそ都市伝説として語られてる眉唾のはずです。

 神の贈物ギフトは魔術とは概念が違う為、魔力を必要としない超常の力。

 そんなオカルトをお父様は実在すると確信して計画に組み込んでいます。


「カナレア。お前は明日あす、お前の騎士団を勇者達の後方に控えさせておけ。無論、勇者達には悟られぬようにな」

「私の騎士団を勇者達の後方に控えさせておくのは構いませんが、なぜ悟られないようにしなければならないのですか?」

「何やら明日、勇者達に向かわせる場所周辺に──何かがあるらしい」

「何か、ですか……?」

「その何かで勇者が欠けるのも詰まらん。奴らには利用価値がある故な」

「分かりました。お父様」


 お父様の瞳は全ての事象を見据えているかのようでした。

 その瞳を昔から見て育ってきたカナレアはカンベルト王の発言こそ正解であり、事態をより良くする答えであると盲信し、傀儡となっていた。

 だが、その事にカナレア自身は気付いていない。

 カナレアはあくまで自らの意思で行動していると考えているから。




 ▼




 カナレアは幼少の頃からルーシェルより不出来な子だった。

 王宮内でも、魔術学校でも何をするにしても姉であるルーシェルと比べられ、褒められた事すら無く、肩身の狭い思いをしていた。

 誰かに認められたかったカナレアはあらゆる分野に手を出しては努力を費やした。

 それでも、どの分野においてもルーシェルはカナレアの上に常に鎮座していた。


 ついぞバカらしくなり認められる為の努力を諦めようとしたが、今から七年前、カナレアが十一歳の時に転機が訪れた。

 カナレアはカンベルト王から仕事をもらったのだ。

 当時自信を喪失していた為、ご期待に添えるかどうかと消極的な態度を取ってしまい、幻滅されるかと不安にかられたが──


『お前には才能がある。常に自信を持つのだ。この件はルーシェルにはできぬであろうからな』


 何とだ──誰からも認められなかったカナレアを父が、王が認めてくれたのだ。

 優秀な姉にはできない事がカナレアならできると。

 カナレアは見返してやると奮起した。

 己を日陰者にした姉に──そして、そんな姉と己を無遠慮に比較した者達に。


 それから、カナレアがカンベルト王からもらった仕事は無事完遂された。

 姉のように表の者に認められはしなかったが、それでもカナレアは認められた嬉しさを噛み締めた。

 例えそれが裏の者であろうとも、認められるのは気持ちが良かったのだ。

 そのように浮かれたカナレアの姿を見てカンベルト王は不敵に笑った。








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