第4話 謁見

 


 シンクレシオ=アレイアード。

 第一王女の騎士を自称するその男の背格好は俺より少し高い一八〇センチほどで、歳は俺達とそう変わらないように見える。

 そして、人相と雰囲気から人の良さそうな印象を持つ青年だ。


「それで貴方は一体何を言いたいのかしら?」


「主君の弁護を──件の事、勇者召喚の儀を執り行ったのはルーシェル様ですが、立案者は違います」

「立案者?」


 御子柴さんは怪訝そうな顔をする。


「そう、ルーシェル様は寧ろ反対されてました。件の立案者は国王カンベルト・エル・カルメロルツ。この人を人とも思わない利己主義者が御三方を我が国に召喚させた張本人です」


 国のトップ相手にボロクソ言うなぁ……密告されて打首にならないのか?

 しかし、どうやら国王が勇者召喚の儀式を立案し、可決させて俺達を戦争で良いように使うつもりだったらしい。

 まあ、だからといってルーシェルは悪くないと言われても首を傾げるけど。


「……だから何ですか?」


 御子柴さんも国王に全ての責任を押し付けて良い訳してるようにしか聞こえなかった為、それで? と続きを促した。


「はは、そうなりますよねぇ」


 シンクレシオは困ったように頬をかきながら答える。


「実は私、王族の騎士に従事してはいますが陛下への忠誠心は毛程も。我が身命を注ぐ可べきは、我が命を懸け護る可きはルーシェル様ただ一人であるが故に」


 彼が突然ズレた話を始めた為、俺も御子柴さんもお前は一体何を言いたいんだと眉を顰める。

 その直後、シンクレシオは真剣な顔を作り、ようやく御子柴さんの聞きたかった続きを答えた。


「ここだけの話──ルーシェル様は陛下に人質を取られてるんです」

「その為、誘拐を許容したという事ですか?」

「……結果的には」


 これから詳細を話し始める所で釘宮が水を差した。


「何で誘拐なんかにかまけて人質の救出を最優先しなかったんですかっ!」


 ん?


「それに、察するに人質はまだ解放されて無いんですよね」

「遺憾ながら、未だに」

「何故ですかっ!」


 どうやら釘宮は自分の事だと冷静だが、他人の事となると熱くなるようだ。

 勧善懲悪気質に他人を思いやる正義感……やはり釘宮とは性格的に合わなそうだ。

 ルーシェルは勇者召喚の儀式とか言ってたけど、召喚するのは釘宮だけで良いとは思わないか? 性格だけ見てもまさに神話や童話に出てくる勇者そのものじゃないか。

 それが何で俺みたいな一般人パンピーを召喚したんだか全く持って謎だ。


「……何故? ──それは、この王都全域に住まう国民の全てが自覚の無い人質だからだ!! そうでなければ我々は……ルーシェル様も!!」

「……っ!」


 釘宮は無念を叫ぶシンクレシオに圧され、口を噤んだ。

 なるほど、納得した。

 先程廊下の窓から見た城下の兵士達は巡回しているのは事実だが──同時にルーシェル達にとっての泣き処にもなっているという事か。


「人質の解放案は何十と練り陛下に悟られぬよう、細心の注意を払い実行しました。しかし看破され全ての計画が破綻。陛下は利己主義者故に王としては愚かではありますが策謀に関しては天才的で、それは国中が認めてます。我々の二手三手先を先読みし、時には実行に移る前に計画を潰された事も……。そして策が尽きた日に、陛下は──」


 ──これから楽しくなる所でもう観念してしまったか。所詮貴様らの浅知恵ではここまでが限度よな。儂の決定に得心したのなら疾く勇者を召喚するのだ。然らば儂の下へ連れてくるがよい。


「此方は全力でぶつかったというのに陛下はそれをまるで些事のように扱い……」


 シンクレシオは忸怩足る思いで歯を食いしばり、拳を握り締める。

 その姿を見た釘宮はある決心をした。


「……シンクレシオさん。僕達、やるよ。人質の人達の為にもやります!」

「ほ、本当ですか!?」


 ────。

 …………おい。

 おいおいおいおい。

 おいコラてめえ何勝手に俺を頭数に入れてやがんだおい。お前の意思が皆の意思と一致してると思っているのなら大きな間違いだ馬鹿野郎。

 不満をぶつけるように釘宮を睨んでいると御子柴さんが溜め息を吐き、諦めた表情を作って頭を抱えた。


「汐倉君、ああなった彼は頑固過ぎて誰にも止められないの……やるしか無いのかしら」

「御子柴先輩なら分かってくれるって思ってました!」


 随分と都合の良い耳だな。

 お前が分からず屋だから諦めたんだろうが。

 一同は共に召喚された者で唯一返答していない俺に視線を向けてきた。


「……」


 嫌だ。絶対に嫌だ。

 他国の戦争なんて薮蛇必至じゃないか。

 命の取り合いに関わるという事は覚悟が必要という事。

 殺す覚悟と、殺される覚悟が──。

 冗談じゃない。

 何故、釘宮も御子柴さんもそんなに軽く決断できる?

 この二人は表情から察するに危機感が足りてない。

 この訳の分からない異常な状況下で──自分が死ぬとは微塵も考えてないんだ。

 その為、御子柴さんも説得するよりまず先に諦めた。

 だから、俺の返答は──


「……やりますよ」

「マヒル殿も、ありがとうございます!」


 シンクレシオは感激し、喜び、安堵した。

 こちらとしては全く持って業腹だが、ここは二人に合わせるべきだ。

 ルーシェル側の意に背いた結果、背中を襲われてデッドエンドなんて事になったら目も当てられない。


「ルーシェル様、御三方が戦ってくれるそうです!」

「……ええ、ナデシコ様、セイト様、マヒル様に心より感謝を──」


 ルーシェルの言葉に釘宮が得意気に頷くものだから思わず往復で引っ叩ぱたいてやりたくなったが踏み堪えて我慢した。




 ▽




「これから陛下に顔を出しに行くのですが、その前に……」


 シンクレシオは懐から取り出したケースから指輪を三つ取り出した。

 それぞれデザインが異なっている。


 両の手で宝石を抱えているデザインが御子柴さん、宝石の槍とそこから広がる水紋をデザインした物は釘宮に、全てを見透かすような不気味な瞳を宝石で装飾したデザインが俺に手渡された。


 何だこれ?


「これは『魔術阻害の指輪スキルガードリング』といい、身に付けるだけで自身に干渉する魔術を全て遮断します」

「その上、この指輪は最上級のアーティファクトですわ。如何なる魔術士であってもこれを突破するのは容易く無いはずです」


 何せこの指輪の生みの親は錬金術士アルケミストの歴史上随一の天才と謳われているコーリッシュです。

 万が一、陛下側の魔術士が洗脳系の魔術を行使したとしてもこの指輪があれば無効化が可能なのでどうぞ安心してお納め下さい。


「洗脳……なるほど、そういう国なのね」


 思案する仕草で御子柴さんは納得した。

 しかし、拉致、洗脳と聞くと18禁を思い浮かべてしまう。

 この国はもしかしたら成人向けの世界なのかもしれない。多分。メイビー。




 ▼




 陽の光が落ちて、すっかり暗くなった王都を月明かりが照らしている。

 確認してないから正確には分からないが時刻は七時くらいだろうか。

 俺達は謁見の間にて王と対面していた。


「儂が、カルメロルツ王国第七六ななじゅうろく代国王カンベルト・エル・カルメロルツである。よくぞ我らが呼び声に応じ参じてくれた。向後の英雄、疾うに勇ましき様を呈する勇者達よ」


 国王から発せられるは嗄れた声──だが、体の芯にまで響く重低音が俺達の体を硬直させた。

 確かに落ち着いた口調ではある。

 しかし、国王から放たれる尋常ではない威圧感が引き腰気味になった三人を襲った。


「さて、勇者達よ。貴殿らの名を問いたい」


 重苦しく張り詰めた空気は俺達のみならず、国王の臣下にまで影響を及ぼしていた。


「わ、私は成桐学園3年の御子柴撫子です」


 大の大人が萎縮する程の緊張感が広がる中、何とか御子柴さんが奮い立って先程とそう変わらない自己紹介をした。


「俺は成桐学園2年の釘宮征人です」

「緑ヶ丘高校2年の汐倉真昼です」


 俺と釘宮はその流れに乗って国王の不興を買わずに済んだ。


「早速であるが勇者達よ。この国は三年前から魔王に侵攻されておる。今は如何にか持ち堪えているが──」


 カンベルト王は語る。

 他国は薮蛇により起こりうる厄災を恐れ、カルメロルツと国交すら絶った。

 これにより最低限の物資支援しか受けられない最前線の士気は徐々に落ち始めている。

 重傷を負った兵士達が馬車で運ばれてくる度に前線附近の国民達は日夜不安に煽られている。

 この状況を打破する力は今現在この国には現存しない──と、流れるように事述べた。


「──故に、我が国を救済してほしいのだ」


 お願いされてるはずなのに決定事項に聞こえるのは気の所為だろうか?

 恐らく目の前の王が全身から放つ威圧感……というよりもカリスマ性がそう感じさせているのかもしれない。


「はい! 必ずやこの国を守ってみせます!」


 釘宮は俺達の代表みたいなニュアンスを醸しつつ元気よく返事をした。

 その事に俺は文句を付けない。というかカンベルト王が恐過ぎてとてもじゃないがNOとは言えない。

 俺はNOと言える日本人になりたかった……。


「勇者達の決断、感謝する。では、これより案内は宰相、貴様に任せる」

「は! 承りましたぞ!」


 宰相と呼ばれた年配の男が案内を引き受けたと同時にカンベルト王は奥の方へ姿を消した。

 俺達3人もそうだが、周りの臣下達はカンベルト王の放つ存在感により発生した緊張から解かれて少なからず安堵の表情を浮かべた。


「ナデシコ殿、セイト殿、マヒル殿。先程の決断にこの場にいるカルメロルツ貴族一同が感謝いたしますぞ」

「いえ、この国の悲劇を悲劇のまま見過ごす訳にもいきませんからね!」


 まーた釘宮は耳障りのいい事を言う。

 今度は性善説でも並び立てる気か? 本当にこいつは自分の状況を理解していない。

 俺達3人は拉致られた上に脅迫されて戦地に駆り出されようって立場だというのに。

 こっち側サイドの悲劇は無視か。


 やめたら? この人生ゲーム。


 宰相は釘宮の肯定的な発言に気を良くして笑みを浮かべているのだが、笑っているのは口元だけで目元は微塵も笑っていなかった。

 目は口程に物を言うとは言ったもので、あれは完全に俺達を値踏みしている目だ。

 やはりカンベルト王の支持者達は俺達を戦争の道具としか見ていないようだな。

 しかし、だからといって俺達は現状何をどうする事もできないのだが──こんなにも歯痒く感じるのは生まれて初めてだ。


「私の名はカイルマン。先程陛下が申し上げた通り、この国の宰相を務めていますぞ」


 宰相はカイルマンと名乗り、案内を始めた。

 まずは俺達にとっての最重要事項だ。

 当然、ギルナクス帝国に鎮座する魔王を討つ事でなく、元の世界に帰還する事を重要視している事を宰相は十分理解していたようだ。


「……ですが、我々は呼び出す事はできてもその逆はできないのです。此度の召喚の儀は誠に身勝手な行いと自省しております」


 やはりクーリングオフはできないようだ。

 俺はふとルーシェルと御子柴さんのやり取りを思い出して御子柴さんの方に視線を向けた。

 冷静だった。

 意外だ。理不尽には問答無用で噛み付くイメージがあったのに。

 ……おっと、御子柴さんに睨まれた。

 女子は男子の視線に敏感ってそれ本当の事だったんだね。

 これからは極力視界に入れないようにしよう。恐いからね。しょうがないね。


「せめてもの頼りに一つ、御三方にお伝えする事がありますぞ。我々では役者不足でありますが、知恵者である賢者であれば古の異世界人を返還する魔術について何か知っているかもしれないのですぞ」


 いや、それさっきルーシェルに訊いた。

 カイルマンは帰れる可能性を提示したにも関わらず、俺たちの反応が希薄な事に懸念を抱き、話を続ける。


「……それと我が国の敵国、魔王が統治するギルナクス帝国なら異世界人を返還する魔術について何か掴んでいるかもしれません。かの国は世界一の軍事力を誇り──魔術に関しての研究も最先端で進められていますからな」

「!」

「なんだって!?」

「……」


 俺達の顕著な反応にカイルマンは気色悪い笑みを浮かべて掛かったという顔をする。

 御子柴さんは恐らく、勇者としての務めを果たせ。さすれば帰れる可能性が上がるという風に脅されたと考えているように見える。

 釘宮はカイルマンの狙い通り、単純に掛かってるね。しょうがないね。短い付き合いでも分かるくらいに単純だから。

 俺? 俺は普通に疑うさ。

 カイルマンは嘘を吐いているようには見えなかったが、帰れる可能性を示唆していただけで決定的な言葉を濁していた。

 それが分かれば後は簡単だ。

 言葉足らずで俺達を騙そうとしている、という事は明白。


 だが、研究か。

 帝国には探究心の権化である研究者がいるようだ。

 ひとまずは『帰る手段は帝国にある』と仮定して成り行きに任せよう。

 無駄に喚いたところでこちらの不利益に働く気しかしないから、下手な反論はNG。

 沈黙は金というやつだ。

 いや、口は災いの元の方がニュアンス的にはあってるか?

 それから俺達には圧倒的に情報が足りない。

 ファクトチェックを怠ると芋ずる式にどんどん悪い事が起きそうだから、そこのところ留意しておかないといけない。


「──ですから、ギルナクス帝国を討つは我が国の為にも、御三方の為にもなるのですぞ!」


 カイルマンは俺達の最重要事項を理解してはいるが、それを優先するつもりは皆無らしい。

 御子柴さんはそこんとこ読めてるっぽいが、釘宮は……ダメだこいつ、全然分かってない。

 なるほど、こういう手で俺達を篭絡する気らしいな。しかしこれらはカンベルト王の策略では無いだろう。

 全くといっていい程キレが無く、俺みたいな比較的温室育ち寄りの若造でも読める程度の話術を使ってるカイルマン本人の独断だろうな。

 ……別にカイルマンをディスってるとかそういう意図は無い。無いったら無いのだ。


「御三方の最重要事項は我が国の最重要事項と重なっていると同義の為、我々も全力でバックアップしますぞ! 安心して我が国にご協力を!」


 マッチポンプって言葉、ご存知?


「はい! 頼りにさせてもらいますね!」


 釘宮の信じきった言葉にカイルマンは咄嗟に吊り上がった口元を隠す。

 現状この国にいる俺達の本当の味方は暫定ルーシェルとその支持者達だけみたいだ。




 ▽




「次に、ステータスの確認ですぞ! アレをこちらに!」

「「はっ!」」


 騎士達が何やらデカい機材を抱え込んできた。


「御三方! こちらはステータスウィンドウを開発する魔道具『ウィンドウ開発機』ですぞ! ウィンドウを開発すると名前、職業、種族、魔術、技能、能力値などが自身の望む時に表示する事が可能なのですぞ!」


 何か急にゲームっぽい設定出てきた。

 取り敢えずはこれでウィンドウを開発してほしいらしい。

 ちなみにこのデカいのもといウィンドウ開発機は一般には公開していない魔道具の為、ウィンドウを開発できる人間は限られるそうだ。


 王族、貴族、賢者、騎士などがこのウィンドウ開発機を使えるらしい。

 勇者は貴族の扱いらしい──爵位は不明。


 例外で冒険者がウィンドウを開発できるらしい。

 ただ、粗悪な開発機を使ってるらしく、目の前のデカいのよりかは開発のランクがだいぶ下がるらしい。


 ていうか、冒険者ギルドあるんだ。

 すごいな異世界。ますます救世主メシアっぽい世界観になってきたじゃないか。


「では、セイト殿──ここに血を一滴垂らして頂けますかな」

「……え」


 騎士の1人が釘宮にナイフを渡した。

 当然の事、釘宮は戸惑っていたがカイルマンと騎士達による〝そういうものである〟という同調圧力を感じ取り、やや消極的ながらも指先の先っちょをナイフで軽く切った。

 そして血を一滴、機材の指定の場所に垂らす。


「次に、先端にある結晶に手をかざしてもらえますかな」

「は、はい!」


 釘宮が手をかざした瞬間、半透明な結晶が輝きを放った。


「おお……!」


 感動したという面持ちで釘宮は口を半開きにする。

 そしてすぐに目の前にあるウィンドウ開発機はボンッ! と爆発音を響かせた後、徐々に輝きを失っていき、ぽんっと最終的にショートしたようだ


 あらら、釘宮クン壊しちゃった? それとも故障?

 前者だった場合どうなるんだろう。

 何やら国にとっても重要な物らしいし……弁償か? 知らんけど。


「あ、あれ? あれ?」


 釘宮は顔を青くして狼狽えてる。


「どうした、異常ですかな?」

「は! カイルマン様。どうやら先日の……アレイアード卿が開発を行った際に破損した箇所が修復しきれていなかったようです」


 よかったね釘宮クン。君が壊した訳じゃないみたいだ。

 もしかしてだけど、アレイアード卿ってルーシェル王女の騎士じゃないか? 同姓同名の可能性は捨てきれないから多分と付け加えざるを得ないけど。

 ていうか血を一滴垂らして手をかざすだけで何でこんなバカデカい機材が壊れるんだよ。意味が分からない。


「開発機の修復を今から行ったとして修復完了する時間は何時頃になりますかな?」

「は! 恐らくは最低でも二日後の午前六時頃までは掛かるかと思われます!」

「長いですな……何とかならないのですかな?」

「現代の魔術工学では最低二日はどうしても掛かってしまいます!」

「……ふむ、致し方無いですかな」


 カイルマンは開発機から姿勢をこちらに向けた。


「御三方! 開発機を修復する間、予定を繰り上げて経験を積むという目的の為、冒険者ギルドから依頼されていた魔物討伐に参加して頂きたいのですぞ。もちろんサポーターも用意しています。冒険者ギルドで募集を掛けてみたところ、腕利きの冒険者が数人程、協力を申し出て頂けましたのですぞ!」


 冒険者ギルドの依頼クエストかぁ。ますます救世主メシアっぽくなってきた。

 ていうかやけに手回しが速いな。


「安心してほしいですぞ。比較的位の低い魔物の討伐ですから。それに腕利きの冒険者が付き添いますからな!」


 って、不安になる物言いだな。

 今回の依頼以降の依頼からはカイルマン達の呼び掛けで冒険者を派遣しない。必要なら自分達で募集掛けろって事か?


「カイルマンさん、依頼は今から行くんですか?」


 おい釘宮──知ってると思うがもう夜だぞ。


「いえ、目的地は王都から少し離れてますし、今日は遅くなりますので明日の早朝からの出発が望ましいですな。装備一式は騎士達に見繕わせておきます。早朝にその装備を身につけて頂いた後、サポーターの冒険者達と顔合わせをして魔物討伐に向かってもらいますぞ」


 俺達三人は理解したと頷く。


「さて、今日はもうお疲れでしょう。来客室がありますからそこで体を休めてほしいですぞ!」


 って……言い草が本当に非協力的だな。

 それから俺達は騎士の案内についていって来客室に入った。


「何か不備や困り事がありましたらお呼びください」


 その一言を残し、案内してくれた騎士は去って行った。

 俺達はそれぞれ別の部屋を宛てがわれた為、今この部屋にいるのは一人になる。

 十畳くらいだろうか。部屋の中が広くてあまり落ち着かない。

 机に椅子、あとは寝心地の良さそうなベッドがあるだけのホテルみたいな部屋だった──装飾が豪華な事を除けばだけど。

 ぽふっとベッドにダイブした。

 今日は異常だらけで疲れたから寝心地の良さそうなベッドで寝転がり、体の力を抜く。


「はぁああ──」


 ダメだ。息苦しい。呼吸がし辛い。

 一人になった事で緊張の線が切れてしまい、今日一日のストレスが体を蝕んだ。

 次第に呼吸が浅くなり、何度も酸素を取り込んでいく。

 それを数分繰り返したところで、ようやく普通に呼吸ができるようになった。


「そういえば部室に突然現れた魔法陣は先輩を除く剣道部の部員全員を巻き込んだはずだ」


 ある程度リラックスした頭で今日の異常を振り返る。


「なら、なぜ部員の中でも俺だけがこの世界、この国に飛ばされたのか」


 思い起こすと疑問は絶えない。


「一つ、俺だけが元の世界からこの世界に飛ばされた。二つ、俺だけがこの世界に飛ばされた。三つ、俺だけがこの世界のこの国に飛ばされた。四つ……はあまり考えたくないが……」


 一つ目の考察が正解であるならば、俺だけが貧乏くじを引いたって事で良しとできる。良くはないが。

 二つ目の考察の場合は確証は無いから何とも言えないが、帝国で研究してるって話の異世界人を返還する魔術が確立されてれば何とか部員を連れて帰れる可能性は見えてくる。

 三つ目の考察の場合は二つ目の手間が少し省けるくらいか。

 四つ目は考えないようにする。

 最悪のケースは頭の片隅に留めておくだけにしておく事に越した事は無い。


「まあでも、どれも今考えたところでどうなる訳でもないからなぁ」


 今回の件における一番の問題は上原との約束を守れなくなった事か。


「……上原──花火、一緒に見れそうにないな」





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