第3話 異世界転移
「──はい?」
部員は俺以外に誰もいない。
その上──此処は部室じゃない。
いつの間にか俺は祭壇の様に見える仰々しいものの上に佇んでいた。
祭壇には部室に浮かび上がった魔法陣のようなものが彫られている。
改めて辺りを見渡すと鼠色の外套を纏っている人が
詰まるところ──部員の中でも俺だけが飛ばされた可能性が高い……と言っても確認の取りようが無い為、この件は保留にする。
祭壇に乗っていたのは俺だけでなく、近くに見慣れない制服を着た男女二人組もいた。二人は制服が一緒だった為、同じ学校の生徒と考えられる。
「ねえ君!」
他校生の片割れが話し掛けてきた。
「何?」
「何って……ああ、いや、困ったな。なんて言ったらいいものか……」
目の前のサッカーやらバスケといった人気スポーツに青春を捧げてる癖に可愛い恋人はちゃっかり確保してます系の爽やかイケメンが困ったように頬をかく。
「貴方、私達と違う学校の生徒よね? 私達は正門横で人を待ってた時に突然地面から変な模様が現れて、光って、そして気が付いたらここにいたのだけど……もしかして貴方も?」
大和撫子って感じの文系女子がイケメンの言いたかった事を代わりに述べた。
「まあ、似たようなものです」
「そう」
俺は目前にいる彼女の凛とした佇まいに居心地の悪さを感じ、目を逸らす。
「ねえ御子柴先輩、これってテレビのドッキリかなんかですかね?」
イケメンが電〇少年かなと続ける。
「分からないけど、只事じゃなさそうよね」
俺達三人は突然の状況に頭がついていけず、ただ祭壇の上に立ち尽くすだけで未だにアクションを起こせずにいた。
そんな時、不意に祭壇の下から声を掛けられた。
「ようこそ御出でなさいました──勇者様方!」
三人は反射的に声の方に顔を向けた。
「初めまして、私の名はカルメロルツ王国第一王女ルーシェル・リ・カルメロルツ。貴方方を異界よりこの国に召喚させて頂いた者ですわ」
絶句した。
ルーシェルと名乗る女性が口にした言葉は一笑に付す内容であったが──その身から溢れ出る気品が嘘臭い言葉に真実味を持たせたから。
「ルーシェルさんと仰いましたね。私は成桐学園三年の御子柴撫子と申します」
「同じく二年の釘宮征人っていいます」
御子柴さんが自己紹介を始め、釘宮イケメンが流れに乗る。
その後、ルーシェルと成桐学園の二人がテンポ良く流れに乗らない俺に早く名乗れと圧を掛けるかの如くこっちに顔を向けてきた……いや、多分俺の被害妄想だと思うけど。
──っていうか皆してこっち見んな。
「……緑ヶ丘高校二年の汐倉真昼です」
「ナデシコ様、セイト様、マヒル様ですわね」
ルーシェルは満足気に頷く。
「さて、自己紹介を終えた所で早速本題なのですが、ルーシェルさん──これは一体どういうつもりなのですか?」
どういうつもりというのはとどの詰まり、現状の事。
事前確認を怠り、承諾すら得ずに国境──というか世界を越えて誘拐事件を起こした事について問うている。
ルーシェルの証言を真実と仮定するならば、俺達は哀れな囚われ人になったという事になる。
ここが本当に元いた世界と異なるなら松尾曰く簡単には元いた世界に帰れないらしい。
異界というからには電波は通ってないんだろうなぁと気分が少し暗くなる。
世界と繋がらないと
「その件について詳しく説明しますわ。ここでは落ち着く事もできないので場所を変えます。着いて来て下さい」
「待った──私達を誘拐しておきながら随分と勝手が過ぎる物言いね。要求は何? 誰が何をすれば解放されるの?」
「くっ、時間が無いのです! 今は……何も言わずに着いて来て下さい」
御子柴さんの怒りを含んだ言動にルーシェルは苦虫を噛み潰したような顔で焦りを顕にした。
「御子柴先輩、今は着いて行く事にしませんか?」
釘宮が一つ提案をする。
「……一応訊いておくけど、なんで?」
「どうやらこの場で言い争っても時間だけが無意味に過ぎていくだけで話は並行するでしょうから」
「……向こうが折れないというのは誠に遺憾で癪だけど、要求に従わないと何をされるか分かったもんじゃないものね」
御子柴さんは渋々納得した。
反対意見も無くなり、俺達はルーシェルに着いて行く事になった。
▽
先行するルーシェルの後に続き、学校の廊下の二倍は広い廊下を進む。
壁の装飾はきめ細かく、数々の宝石を使われていて、床には珍妙な模様が左右の端に施されていた。
眩しい夕日が差す窓から外を一望し、街並みを観察する。
パッと見でもザ・中世という景観で、二階より高い建物は見受けられない。
街は賑やかで、店頭で客寄せする商人や飾らない服を着た大多数の住民が跋扈していた。
しかし、街の所々に巡回中の兵士が紛れているのは何かを警戒しているようにも考えられる──が、いくら考えてもヒントも無しで兵士達の警戒の対象が分かるはずも無い為、クールダウンの意味合いも込めて一旦思考を停止させた。
「日本じゃ……無い?」
御子柴さんと同じく外の光景に驚いていた釘宮がぽつりと呟く。
「まさか、本当に私達の住んでいた世界と別の世界だと言うの?」
「御子柴先輩、これ、ただの誘拐じゃなさそうですね」
僕と御子柴先輩の頬に冷や汗が流れる。
突然飛ばされた──未知の土地。
ちらりと後ろを歩く汐倉君に視線を向けて様子を見ると、窓の方を見ながら抜け殻みたいに放心していた。
そういえば、汐倉君は僕達みたく知ってる人も無しでここに来させられたんだった。
彼には心の拠り所も無い訳だし放心するのは当然の帰結と言える。
今は僕も先輩も余裕が無いから支えられないけど、遠い先を見越して僕等三人で支え合える事ができれば、きっと──
▼
何やら釘宮から有らぬ誤解を受けた気がしたが、支障は無さそうだし、まあ良いだろう。
ルーシェルが扉の前で立ち止まった。どうやら目的地に着いたみたいだ。
「此処は応接間。どうぞお入りになって下さい」
釘宮は緊張した面持ちで中に入るが、御子柴さんは眉を顰めて頗る機嫌が悪そうに鼻を鳴らす。
気持ちは分かるけど凄く怖い。
「ご自由にお掛けになって下さい」
それならば遠慮無く座ろう。
俺は手前にあった長椅子の左端に座る。
続いて御子柴さんと釘宮も同じ長椅子に座った。
「では、落ち着いた所で説明に入りますわ」
ルーシェルは向かいの椅子に腰掛けた。
両者の間は茶菓子を載せた硝子のテーブルで遮られている。
「まずはナデシコ様方をこの国に召喚した訳……その経緯から話しますわ。私達の国は現在窮地に晒され──」
説明が長過ぎた為、要約する。
ルーシェル曰く──
一つ、今から三年前に魔王と呼称される男が治めている国『ギルナクス帝国』が何の脈絡も無しに突然この国『カルメロルツ王国』に宣戦布告した。
二つ、元々この国は湧き上がる魔物問題で頭を抱えていたのにギルナクス帝国が強力な魔物を使って次々と攻め込んで来る。
三つ、カルメロルツの主戦力である王直属の騎士団の半数が出払い、国境で何とか魔物を食い止めている。
四つ、三年間も止め処無く続く魔物を使った物量作戦に防衛ラインは徐々に侵され、抑えるのに限界が近付いてきたからと危機に瀕したカルメロルツは古の伝承に倣い、勇者召喚の儀式を行った。
「──その儀式で召喚された勇者には莫大な力が宿ると言い伝えられています。故に皆様をカルメロルツに召喚致しました」
ようやく長い説明が終わったみたいだ。
俺は欠伸を噛み殺すのに苦労した。
ふと窓に顔を向けると既に外は真っ暗で、都会では見れない綺麗な星空が地平線の彼方まで広がっていた。
俺は
もはや現実逃避の域に達している。
「此方の勝手な都合で召喚してしまい誠に申し訳御座いません……ですが、私達にはもう余力は残っておらず……他力本願なのは重々承知しておりますが、どうかカルメロルツを救う為に私達と共に戦ってほしいのです」
御子柴さんは眉を顰めたままルーシェルを睨みつけている。大和撫子を形容しても違和感が一切無い美人さんだから常人の二割増で怖い。
だけど、気持ちはよく分かる。
俺もルーシェルと召喚の賛同者に汚い罵声を浴びせたい程キレているから。
本件に於いて此方には何のメリットも無いし、そもそも誘拐されてるし、俺達を戦場に駆り出そうとしてるし、極めて無礼。そして非常識だ。
それに部員達がどうなったかが心配──いや、明日からのログインボーナスの心配とかしてないし。上原の事しか考えてないとかそんなんでもないし。
釘宮は分かり易いくらい憤慨している。
ただ、怒りの対象はルーシェルではなく、魔王の方らしい。素が勧善懲悪スタイルとか初めて見るタイプの人間だ。
でも俺はどちらが善か今の話だけでは判断しかねる。それに経験上俺は勧善懲悪を好む人間とは相容れない。だから、釘宮とは適度に付き合っていかないといけないという事だけは分かった。
「如何様にしても魔王をどうにかしない事には何も進展は無い。それは分かった──けど、俺達はまだ一番大切な事を訊かせてもらっていない」
「あ、そうだ! 帰る方法……」
俺の言葉に釘宮がハッと思い出したように呟く。
御子柴さんは此方が声を上げるまで話題にすらしようとしなかったのかと眉間の皺を深めた。
「…………大変申し訳が立たないのですが、我がカルメロルツで勇者を帰還させる魔術は確立されて無いのです」
「──は?」
俺は巫山戯てるのかと思わず声を漏らした。
「王都の大図書館や王宮内に現存する文献は全て集積しましたが有益な情報は一切得られず仕舞い……ですが、世界各地で姿が確認されている賢者と呼称される知恵者を頼りにすれば、或いは……」
余りの準備不足に──いや、身勝手さに唖然とする。
その上、ルーシェルの言葉から察するに頼みの賢者とやらも元の世界に帰る方法を知らないかもしれないとの事だ。
一方的な都合ばかり押し付けて何様のつもりだ?
「……巫山戯てるのかしら」
御子柴さんが我慢の限界とばかりに掌をテーブルに叩きつけ、怒りを爆発させた。
「ルーシェルさん、貴女、人の上に立つ者としての
「ひっ!?」
凄い剣幕でルーシェルは仰け反り竦み上がった。
気持ちは痛いほどよく分かる。
それほどまでに怒った御子柴さんは怖い。ましてやその怒りを一身に受けてるのだからその怖さは相当だろう。
まあ、同情はしないが……。
「──失礼、御子柴殿」
突然、後ろから聞き慣れない声が挙がった。
三人して振り向くと甲冑を身に付けた男が整然と佇んでいた。
「何かしら、今とても大切な話をしているのだけど?」
「存じ上げてます──ですが、ルーシェル様は現在、少々慄然とされてますので差し出がましいと承知の上、不肖自分めに発言させて頂きました」
甲冑の男は涼しい顔をして言葉を続ける。
「カルメロルツ王国第一王女ルーシェル・リ・カルメロルツが騎士──シンクレシオ=アレイアードが」
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