第7話 転移2日目②

 



「皆様方──試しの森北東周辺に到着しました」


 メイドはそう言った後、御車台から降りてペンに似た細さと長さをした青色の物を四本、馬車を囲むように地面に刺していった。

 何をしているんだ?


「……これは結界か」

「左様です」


 キリスは独り言を呟いたつもりがメイドに言葉を拾われて気恥しい思いをしたみたいだ。

 メイドに肯定された後、何か言ってたみたいだがボソボソと小さい声だった為、メイドも訊き取れなかったようだった。


「たしかねー、結界を作る魔道具は高級だからめちゃくちゃレアなんだよー!」


 マリネルは如何にもこんな事も知ってるあたし凄いでしょ、褒めてと言いたげな顔をして釘宮に説明していた。

 あまりにもあからさまだった為、釘宮はしょうがないと苦笑しながらマリネルの頭を撫でてやっていた。

 狙い通り撫でられてマリネルはご満悦のご様子。


 ああ、撫でるといえば筒井は無事だろうか。

 俺みたいに変な世界に飛ばされてなければいいんだけど。はあ、はよ筒井の頭撫でて──妹にしたい。

 ……っと、危ない危ない。無意識に危険な思考に走ってた。早くもホームシックか。


「この結界はランクDまでの魔物の侵入を防ぐ事ができます。その為、この馬車は今より一種の安全地帯になったという事になります。休息や昼食の時はこちらで存分にお寛ぎ下さい」


 どうやら冒険者と同じ様に魔物もランク付けされていたらしい。

 ランクDの魔物ってどのくらいの強さなんだ? と思ったが、思い返せば冒険者の強さの程度も知らなかった。


「魔物のランクと冒険者のランクって何か違いがあるんですか?」


 釘宮がメイドに質問した。


「厳密には違いますが、大まかなところは大体一緒という扱いになります。冒険者のランクは強さはもちろんの事、ギルドへの貢献度が反映されます。魔物のランクは危険度を表しています」


 ランクは冒険者も魔物も下から【E】【D】【C】【B】【A】【S】となっている。

 一般的な強さの基準はCだと言っていた。Cより上のランクなら強い認定され、逆にCより下のランクなら弱い認定されるらしい。

 ちなみに試しの森周辺にいる魔物は全てランクEなのだそうだ。

 ──しかし油断してはいけない。

 ランクEなのは森の周辺だけで森の中にはランクCの魔物が潜んでいるらしい。

 それなら森の中に行かなければ平気か──と思えば、そう簡単な話ではなかったみたいだ。

 森の中にいる魔物達は稀に森から出て食糧を求めて近隣の村を襲う事もあるらしいから──決して楽観はできないらしい。


「それでは行ってらっしゃいませ」


 俺達は馬車に残るメイドに見送られて魔物討伐に出発した。

 編成は二人一組ツーマンセル

 先程決めた俺とキリス、釘宮とマリネル、御子柴さんとアトゥリエの三ペアに分かれた。

 それからどのペアも誰からも目の届く範囲で、しかし接触はしない程度に離れて討伐する事になった。

 何でも強い人間が同じ場所に何人もいると弱い魔物はビビって逃げてしまうらしい。

 生存本能があるって魔物はまるで動物みたいだな。


 キリスに補足説明された。

 大陸規模のランク別魔物分布によるとギルナクス帝国に近付くほど魔物のランクが高くなって、逆に遠ければ遠いほどランクが低くなるらしい。

 それは魔王が生物に攻撃性を与える瘴気というものを垂れ流してるからだそうだ。

 だから帝国から遥か遠い国の魔物は瘴気に当てられない為、攻撃性が欠如していて大人しい動物のようなものらしい。

 しかし、その法則に則ってない例外も存在する。

 それが──『ダンジョン』

 魔物の巣窟とまで呼ばれるダンジョンの中に生息する魔物はどこもランクが高いらしい。

 ちなみに魔王が誕生する遥か昔からダンジョンは存在していたみたいだ。


「それじゃあ、改めてよろしく」

「……ああ」


 キリスは立ち止まり、剣を抜けとジェスチャーしてきた為、素直に従って抜剣した。

 キリスは俺の様子を眺めながら腕を組んだ。

 試しの森周辺。

 目の前には広大な森林が見えた。

 森林と草原の境界にはたくさんの草木が生い茂っている。

 自然溢れる良い景観でパッと見日本にある様な普通の森にしか見えないが、あそこには攻撃的で危険な魔物がたくさんいる。

 ……勘弁してくれ。

 俺とキリスがいる場所は試しの森から少し離れた草原だ。

 草原に茂っている雑草にランクの低い魔物がよく隠れているらしい。


「……マヒル、あの辺りに魔物の反応がある。弱々しい魔力から察するにおそらくは目当てのレッドスライムだ」

「はあ……」


 キリスは探知系の魔道具で魔物を捕捉したみたいだ。でも、あの辺りってどの辺り? と首を傾げていたらキリスが捕捉した場所にくいっと顎を向けた。

 その先を見るが、一面に広がる雑草しか視界に入らなかった。

 どこやねん。


「……よく見てみろ」


 言われるままよく見てみた。

 少し遠い場所の為、よく目を凝らして見る。


「え?」

「……ん、見つけたか?」

「いや、ちょっと違和感が……」

「……違和感? どうした、そんなに目を擦って」


 明らかにおかしい。視界がクリア過ぎる。

 俺の視力は両目合わせて0.2以下で目が悪いはずなのに──

 いや、はあ? もはや人類じゃないだろそんな視力。

 これも勇者の力の一端という事か。でも生存率を上げるという意味では視力より莫大な力がほしかった。

 そんなこんな考えてる間に雑草の影に赤いゲル状の何かを発見。

 あれがレッドスライムか。


「いや、悪い。気の所為だった」

「……ああ、それならいい」

「それよりレッドスライム見つけたぞ」

「……そうか。じゃあ今からあのレッドスライムを討伐してみてくれ。アトゥリエが言ってた俺達のアシストや指導はぶっちゃけレッドスライム相手なら必要無いからな。あいつらは武器が当たっただけで死ぬ」

「武器当たるだけで死ぬんか……了解」


 いくら何でも貧弱過ぎないか?

 武器に当たるだけで死ぬとかお前ら普段どうやって生き延びてんだよって話だから。

 内心ツッコミながら俺は剣を構えて移動した。

 キリスは変わらず腕を組んでいる。


 凡そ三メートル辺りまで近付いたところでレッドスライムが雑草の隙間からぷるんっと出てきた。

 うーん。何か思ってた姿と違う。

 スライムっていうからもっと可愛いビジュアルを想像してたんだけど──現実は非情だ。


「辛うじて楕円形を保ってるゲルに口がついただけのスライムとか誰が想像するよ」

「……何を言ってるのか分からないが、その剣を当てれば終わりだ。やってみろ」

「分かった」


 横から剣を振ってレッドスライムに攻撃したら当たった瞬間パシャッと液体になって土に還った。

 どうやら倒せたらしい。虚しかった。


「……本来魔物を倒せば魔物の核が現れる」

「魔物の核?」

「……そうだ。正しくは魔核と呼称されている。魔核は魔物のランクが高いほど大きな形になる。大きい魔核ほど換金する時に金になる」

「レッドスライムから魔核現れないけど」

「……そいつの通称は〝最弱の魔物〟だ。最低ランクEの中でも最も弱いから魔核が小さ過ぎて見えないんだ」


 それはいくら何でもあんまりな生き物ではなかろうか。

 だったら俺達が行うレッドスライムの討伐はわざわざ冒険者を雇うほどの事じゃないと思うのだが……王宮の騎士を使えば余計な予算を消費しなくてすんだろうに。

 俺が思った疑問をキリスが察して教えてくれた。


「……俺達は万が一の時の弾除けだ」

「弾除け?」

「……ああ、だがそんな状況になる事はそうそう無いから俺達からすれば今回はボロい仕事だったな」


 ぶっちゃけ過ぎ……というか──それフラグ。


「……それはそうと、レッドスライムだけじゃ物足りないみたいだし依頼された数を討伐した後、もう少し歯ごたえのある魔物と戦うか?」

「そうだな……うん、そうしよう」


 その後も目を凝らして残り九匹を見つけ出し、剣で優しく撫でて土に還してやった。七匹目を倒した時、ビリッと電気が走ったような感覚が全身に流れた。

 例えるなら風邪引いてる時にたまにくるゾクッとする寒気みたいな感じだ。

 キリスによると、この現象はレベルアップした時に起こるみたいだ。でもウィンドウを開発した後はこの現象が起こらなくなるらしい──原理は謎。

 レベルが上がって少しだけ体が軽くなった気がする。感覚的に感じただけの誤差の範疇だが──確かに調子は良くなった。

 

「……さてだ。次から倒す魔物は俺がランク【E】の時によく討伐していた魔物だ。レッドスライムと違ってノロくないし攻撃を仕掛けてくる魔物だから、これからが本当の討伐って事になるな」

「おー」

「……安全マージンはレベル5だけど、まあ大丈夫だよな。俺もいるし……」

「おー……」


 こいつマジか。

 俺、今レベル2なんだけど。はじまりの街を出たばかりの雑魚なんだけど。久しぶりに自宅から出たばかりの引きこも〜りみたいなものなんだけど。


「……お、いたな」


 キリスの視線の先を追い掛ける。

 いた。狼の様な見た目の魔物が……っていうか、あれ?

 魔物の近くに何かが浮いていた。


「ブラックハントドッグ?」

「……よく知ってるな。勇者はこの世界に疎いって話なのに」


 あらかじめ魔物について調べていたのか? と訊かれたが──そんな訳が無い。

 昨日の今日でそれは無理だ。召喚は突然の事だったし、何より心に余裕が無かったからそんな余計な事は考えられなかったし、考えつかなかった。


「……まあいい。じゃあ早速倒してこい」

「了解」


 魔物の名前だけじゃない。

 レベル、技能、能力値まで見えている。

 もしかしてあれがステータスウィンドウというものなのだろうか。

 しかし、問題は何故俺がそんなものを見れるのかという事だ。


「っ!」


 改めて自分を意識した瞬間、目の前に俺の名前が表記されたものが現れた。

 それは救世主メシアの操作キャラクターのステータス表記に似ていた。




 汐倉真昼 レベル2

 職業『勇者』


 ステータス

 体力E-

 筋力F

 俊敏E

 耐久E

 魔力-

 幸運D-


 技能『鑑定眼』『他言語理解』




 あー、なるほど。大体分かった。

 技能欄にある『鑑定眼』に意識を向けたら備考が表記された為、読み進めていく。

 ふむ、どうやら『鑑定眼』というものは自他のステータスを自由に閲覧可能みたいだ。有機物無機物に関わらず。

 それに視力向上とか嬉しい特典もあった。教室に置き忘れていた眼鏡はもう必要無くなったみたいだ。

 まあちょっと見え過ぎるきらいはあるが、それも良い面として受け取っておこう。

 それに『他言語理解』という技能も優秀だ。

 勝手に言語を翻訳してくれて誰とでもスムーズに会話が可能になる。

 ただ、話せるだけで読み書きには補正が掛からないから英語のテストではあまり期待できない。


 ……っていうか、さっきの装備選びで鎧を持ち上げられなかった時点で何となく察してたけど──やっぱり俺には莫大な力なんてものは宿ってないみたいだ。

 ステータスはAが最高レベルでFが最低レベルという事は、だ。

 俺のステータスは──という事になる。

 魔力にいたっては表記すらされてないし……これがバレたら大変な事になるな。

 それに魔力が無いとか魔術適性うんぬん以前の問題だろう──論外だ。差別対象だ。

 ……マズイな。


「ガルルルルル!」


 内心焦っていたらブラックハントドッグがこちらに気が付き、先手必勝と言わんばかりのスピードで襲いかかってきた。

 それどころだったけど今はそれどころじゃないから遠慮してほしかった。

 魔物はKY。はっきり分かんだネ。


「りゃあああ!」


 剣道における基本的な構え方、正眼の構えから手首を捻り、剣を振り上げて飛び込んできたブラックハントドッグを斬り裂いた。


「グルルル!」

「えーっと、怒った?」


 斬り裂いたといっても肩から胸元までの表皮を浅くしか斬れなかったみたいだ。

 筋力が足りなかったのだろう……全くヤになる。


「ガァアアアアアッ!」


 見るからに弱い相手から攻撃を受けた事に怒ったのかさっきより大雑把に飛び込んできた。

 また剣で斬ろうにもダメージにすらならない為、俺の体力が無くなるまで我慢比べになりそうだったからこの案は却下。

 そういえば救世主メシアにもこんな展開があった。

 その時、攻撃が通らない相手を内側から攻撃していた。

 それを思い出せたら後は簡単だ。


「ふっ!」


 剣先をブラックハントドッグの口にぶち込む。


「ギャウ!?」


 悲鳴を上げた後、数秒痙攣して動かなくなった。

 数秒前まであんなに生きていたのに──俺の手で惨たらしく死んだ。

 痙攣してた時の振動がまだ感覚として手に残っている。形容し難い気持ちの悪い感覚が……。

 ──これが命を奪うという感覚か。

 感傷に浸っていたらビリッと電気が走ったような感覚が全身に流れた。

 レベルアップだ。俺はレベル5になった。


「……上手く倒せたな。迷いの無い剣だったが、マヒルは剣術に覚えがあったのか?」

「似たようなものなら習っていた……」

「……そうか。それで、これからどうする? このまま魔物を倒すか、休憩を入れるか」

「休憩を入れたい」

「……どうやら、そうした方がよさそうだな」


 キリスは俺が憔悴していたのが分かったのか、特に何も言う事無く俺を連れて馬車に戻った。

 途中、キリスが折角討伐したのに魔核が勿体無かったなぁと呟いていたが今の俺は気にする余裕すら無かった。





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