スコッティは俺の嫁

@leek0921

第一話

『ひゃぁっ、わたし、もうだめっ……な、なにも考えられないでしゅっ』


画面の中で、淫らな格好をした少女たちが絡み合う。

喘ぎ声が、耳元のイヤホンから音漏れしている。

それが激しくなるにつれて、股間に置いた右手の運動のスピードも上がる。

悩み事とか懸念とかフクザツな人間関係からさっき吐いたまずいチョコまで。

段々全部頭の中から追い出されて、快楽だけが支配していく。


「………………」


自分の立てる粘性の音が。

イヤホンの上からでもはっきりと聞こえる。

と思っていたら。

右耳だけ外れていた。

でもそんなことはどうでもよくて。

ただひたすら。

ただひたすら声をこらえて。

あたまがまっしろになっていく。

………。

…………。

……………。


『あっ、ふぁっ! わ、わたし、イッちゃぅぅっ!』

「…………………!!!!」


めからひばながとび散る。

視界がまっしろに染まる。

快楽の長い余韻を、緩みきった、時々思い出したように痙攣する体の全身で味わう。


「………ふぅ」


ようやく収まってきた。

世界が色を取り戻して、でも前より色褪せてる気がする。

べたべたになった手や太ももをティッシュで拭きながら、床の飛沫や下着のことを考えたりしてみる。

考えてみると、下着もティッシュも残り一枚しかなかった。


「…思ったよりとんでるなあ」


一応床も最後のティッシュで拭く。

水分を吸ってどろどろになって、細かくちぎれた。

拭ききれなかった床が、てろてろと妖しく艶めいた。

何故か、かたつむりを塩の山にぶち込んだときのような、倒錯した興奮を感じた。


「……」


右手が勝手に股間へと延びる。

疼いた。どくどくと見えない衝動が脈打つ。

もう一回やろうか。

でも、スコッティがもうないから、後片付けが面倒だ。

結局やらなかった。

使い切ったティッシュ箱に、

拭いたティッシュ、鼻をかんだティッシュ、まずいチョコを吐き出したティッシュをまとめて放り込む。

そのチョコは、「全米の人気No1!」という売り文句だった。

一口齧った瞬間、口の中で、胃液のえぐさと、綿飴の甘ったるさと、墨汁の苦さが、

まるで指揮者のいないオーケストラの様なハーモニーを醸し出した。

その凄惨な風味に、鼻水が止まらなくなった。


鼻をかむ。

鼻をかむ。

鼻をかむ。


でも止まらない。


飲み込めずに、チョコを吐いた。


鼻をかむ。


止まった。


…全米さんは涙腺だけでなく味覚も弱いのだろう。きっとそうだ。

思い出したらまた鼻水が出そうになった。


さて、コンビニにスコッティを買いに行かないと。

そういえば今夜は冷え込むらしい。

こんなびちゃびちゃの下着は着てられない。

下着を脱ぎ捨て、洗濯物かごに、えいっ、とてきとーに投げる。

かごの縁に当たって、ぺちゃっ、と落ちたが、放置した。

裸にスウェットを着て、パーカを二枚重ねる。

顔を見られたくないから、フードを二枚とも被った。

鏡を見て、


「どぶ鼠かよ」


アパートの一人部屋で、独りでに悪態が口をつく。

大変失礼なことを言った(もちろんどぶ鼠に)。

自分のセンスのなさに絶望する。

この組み合わせは、例え○○が××しても絶対にない。


「『○○が××』には自分が最も有り得ないと思う行為を入れてね」


誰に何を言ってんだろう。

いよいよあのチョコの副作用が出始めたのかも。

もういっそ裸で行こうか。

風邪を引きそうだ。

それに同類(露出魔)に遭った時に気まずくなるだろう。

やめた。

それから五分ぐらい、口をだらしなく開けながら、服の組み合わせを考えた。

改めて、自分のセンスのなさに絶望した。


諦めて、自分のセンスのままに選択した。


さっきとおんなじ服しか選べなかった。


初めて、自分のタンスのまえで号泣した。


泣きながら服を脱ぎ捨てた。

パーカのチャックがいやな音を立てた。

スウェットが。

こぼれるなみだとはな水で。

いろがかわってきた。

そんなことはどうでもよかった。

ついにはだかになった。

うまれたときのすがたで。

うまれたときのように。


ないた。



十分ぐらい経った。

嗚咽の長い余韻を、腫れきった、時々思い出したように涙が滲む瞼の裏側で味わう。


「……ふぅ」


ようやく収まってきた。

今度は、世界が鮮やかにぼやけて見えない。

世界からやんわりと拒絶されているような。

自分がホントにここにいるのかが不安になって、焦って下を向いた。


肌色ににじんだ自分の身体があった。


少し安心した。

さあ、寒くなってきたからびちゃびちゃになった身体を拭こう。


そこで思い出してしまった。

涙を拭くためのスコッティすら、もうないのだ。

例えこんな自分でも、誰かに嘲われても。

外に出て、コンビニへ行かないといけないのだ。


また不安になった。でも、


「……よし。行こうか」


誰にともなく話しかける。

当然返事はなかった。


「わかった」


自問自答(?)。

ぐちゃぐちゃでぐちょぐちょのスウェット。

ぐちょぐちょでぐちゃぐちゃのパーカ(×2)。

両方をかごに放り込む。

ついでに下着も拾ってぶち込む。

中学の時のジャージを引っ張り出す。

名前入りゼッケンを引っぺがす。

裸に直に着る。

と言うか、着るしかない。

ごわごわした。でもその感触で安心できた。


「準備完了、っと」


鍵と財布をポケットに突っ込んで、部屋を飛び出した。




「さ、さむ、さむい、さむすぎ、さむすぎる」


部屋を出て、歩き出して五秒で赤信号に引っかかった。

午前二時なんかに外に出たのを後悔した。

足が勝手にタップダンスを踊りだして、歯がシックスティーン・ビートを刻みだした頃。

やっと青になった。

コンビニまで全力ダッシュする。


コンビニでは、暖房が効きすぎている店内で、バイトの店員が爆睡していた。

さっきのチョコが定価の九割引になっていた。

売り文句が「アノ有名人T.Kの御用達!」に変わっていた。

全米さんならイニシャルは、なんとか.Zになるはずだ。おかしな話だな。


クリネックスは売り切れていた。

…スコッティは売れ残っていた。

店員が起きるのを待っていたら夜が明けそうなので起こす。

若干寝ぼけていたが、応対はちゃんとしてくれた。


帰りは信号には引っかからなかった。


まあ、職務尋問されそうになったけど。





部屋に帰ってきて、ふと思い出して、しみじみと呟く。


「そーいや、ブラとショーツ買うの忘れてたなあ…」


窓から見える月と、モニターのバックライトが、そんな私を慰める様に、嘲う様に、静かに輝いていた。

画面の中では、スキップを止め忘れたエロゲーの、「END」の文字が浮かんでいた。

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