あめつちの村

きし あきら

あめつちの村

 天と地とが睦みあうとき、村には、あたらしい命が生まれます。


 しずかな夜風のなかで、山のサクラが花びらをふるわせました。

 村のまん中を走ってやってくるのは、占いジイジと占いバアバです。ふたりとも、ずいぶんとあわてているようです。

 ジイジの腰にさがっている飾りつきのホラ貝が、がっちゃか、がっちゃか、鳴って

います。バアバは、うしろから大またで来ながら、手にもった杖を星あかりに光らせています。


 「めぐみっこ、来るぞー」

 あぜのそばに影をつくる、ちいさな家いえに近づいてジイジがさけびます。

 「めぐみっこ、来るぞうー」

 切れぎれになった息を、やっと呑みこんで、ホラ貝をひと吹きします。

 村の牛の声よりもずっとおだやかで、朝いちばんの鳥の声よりももっと高らかながひびきました。

 呼びさまされた家の戸が次からつぎへと開いていきます。みんな灯かりももたずに表へと出てきました。

 今夜は月のない空に星がうんと散らばって、いちめん、青と銀とのうす明かりです。

 「めぐみっこ来るぞ。南から来る」

 追いついたバアバが、左手の山のうえを杖で指しました。

 村のひとたちは眠たい目をぱちぱちさせていましたが、やがてみんな忘れたように、よろこびの声をあげました。

 「やったよなあ。めぐみっこだと」

 「二年ぶりだな。新しい家族がふえるなあ」

 「バアバ、どのあたりに来るんだ」

 バアバは杖のさきを、ゆっくりと動かします。なでた天のところへと線を描いていくようです。

 「この占いバアバ、西と見た。そう、西の山ぎわじゃ」

 「西の山のきわには、なにがあったかな」

 「花木だ、果樹だ」


 みんなが西を見ていたとき、村の子ツキヒコは、まだ南のほうを見つめていました。

 ツキヒコは“めぐみっこ”と呼ばれる光が来るところを、一度も見たことがありません。

 二年前はたった五つでしたし、昼間のできごとだったというのですけれど、ちょうど、まどろむのにも心地がよかったのです。

 「めぐみっこが来れば、家族がふえる」

 ツキヒコの頭をなでて、ヨイサクが言いました。

 ヨイサクは、言うなればツキヒコのお父さんです。

 この村では、だれもが、めぐみっことして、天と地とのあいだから生まれてきます。

 光って、つたって降りてきて、村のどこかへと宿るのです。そして、宿った土地にゆかりのある者が、めぐみっこを育む中心となるのでした。


 ヨイサクの手に温められながら、ツキヒコはずっと南を見ていました。

 天を満たす星ぼしの向こうが、すこし明るさをましたようです。めぐみっこの光が近づいているのでしょう。

 ジイジがまたホラ貝を吹きました。バアバも杖をふりふり、光がどこへ降りるかを考えています。


 やがて南の天の一点が白みはじめ、すぐに、ほのかな緑になりました。

 ぽつんと星にまじるかと思われた光は、どんどん輝きをまして、星あかりよりいっそう明るく村じゅうを照らしました。

 それは春の森にむす、あたらしい苔のいろ。これから見る蛍のあかりのいろにも似ています。ツキヒコには親しみでいっぱいの、やさしく力強いものでした。

 ジイジが二度、三度と貝を吹きます。光が迷わないように呼んでいるのです。

 バアバはもうどのあたりへ来るかがわかったのか、家いえのあいだをぬけて、あぜ道を走りだしました。

 口をあけて見守っていたみんなも、ついていきます。ツキヒコもヨイサクに手をひかれて走りました。


 緑っ白い光はだんだんと近づいて、村人たちを追いこして、まっすぐ西の山のしたへと降りていきました。

 「降りたぞー」

 「ロウバイの根元じゃ」

 山のしたには、モモやクリなどの果樹や、モクレンやロウバイといった花木が生えています。

 光はそのうちの、ロウバイの一本へと降りました。

 「あのロウバイに、ゆかりのあるものはだれだ」

 「だれということはないが、ミズガメがよう世話をしてるな」

 「ミズガメ、ミズガメはおるか」

 「はい」

 村人のなかから、ひとりの女のひとが進みでました。長い髪をひとつに束ねたそのひとは、ツキヒコの家のとなりに住んでいます。

 「ミズガメよ。お前さんももう立派になった。無理なければ、この度のめぐみっこ、お前さんに任せたいと思うが、どうか」

 バアバが目をよくひらいて、たずねます。ミズガメはそれをまっすぐに見て、りんとした声で答えました。

 「お受けします」

 ツキヒコはその言葉を聞いて、なぜだか、むしょうにうれしくなりました。みんなの顔が、星あかりと、めぐみっこの光に照らされています。

 「天と地との睦みあいのもとに生まれ、村じゅうに育まれたわたしが、今度はきっと、このあたらしい命を守りましょう」

 つづけてミズガメがそう言って、一礼をしました。みんなが拍手を送り、お祝いを口にしました。

 「よく言った、ミズガメ」

 「なにかあれば手をかすぞ」

 「われら、おんなじ、めぐみっこだもの」

 ジイジがうしろからやってきて、ホラ貝をなでました。

 「こりゃ、宴をせんわけにはいかんのう」

 光の降りたロウバイは根元がこんもりとして、宝石のような澄んだ緑に光っています。

 ミズガメは、ツキヒコと目が合うとほほ笑んでくれました。ツキヒコも、そっと

笑いかえしました。


 その日から、ツキヒコは、たびたびロウバイのもとへと行くようになりました。ヨイサクと一緒のこともあれば、ミズガメの手伝いをすることもあります。

 緑の光は、くもらず、かすまず、日とともに、つややかな新芽を伸ばしつつありました。

 「この子は、どんな産声をあげるのかしら」

 ミズガメが木をなでながら言いました。ツキヒコは、ううんと考えます。

 ミズガメがめぐみっことして来たときは、いま住んでいる家のうらの、水がめのなかに飛びこんだのだと聞かされたことがありました。

 そのかめの水はミズガメが産声をあげたときに、あふれてとまらなくなり、いまでも小川をつくっているほどです。

 「ツキヒコのは、月あかりの穂のなかで聞いたのよ。覚えているわ」

 その年の米は大変な豊作だったと、ヨイサクはよく言いました。

 そうすると、この子はきっと、ロウバイのよい香りに包まれてくるに違いないとツキヒコは思いました。

 雪のなかで、あの透明なうつくしい花いろを着てくるかしら、とも思いました。


 木のはだに、ほほを寄せると、青い風がそのあいだを通りぬけます。

 待ち遠しい気もちと、いろいろな明るい想像とが新芽のようにふくらんで、ツキヒコの胸をいっぱいにしていくのでした。


(おしまい)

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