第138話 卒業
共和国で様々な用事を済ませ、メーデルから逃げるように別れを告げてとても悲しそうな顔をされた後。レインスは学園都市に戻って学校に依頼終了の報告を行った。
「遅れた理由は聞いてるよ。色々あったみたいだけどおめでとう。卒業試験合格だ」
「ありがとうございます」
「なのです」
担当教員から初等教育の終了を告げられて一安心するレインス。色々思うところはあるし、学校に思い入れは一切ない。だが、この学校を出ることで自分の将来の選択肢の幅が広がったという点においては感謝しておく。そんな彼らに教師は尋ねた。
「それで、レインス君は冒険者に進むとして……シャリアさんは本当にそれについて行くんですか?」
「はいなのです」
「……そうですか。まぁ、この都市において個人の自由は約束されてますので何とも言えませんが……無理はしないように、そしてさせないようにしてくださいね」
「はいなのです」
教師からの言葉を受け取ってレインス達は卒業式までの日常を過ごすことになる。そう思いながらの帰り道。二人はささやかなお祝いということで行きつけのカフェにケーキを買いに行った。
「混んでるのです」
「そうだね……ん?」
店外にずらりと続く行列。その先頭にある黒板を見るとそこにはよく知った名前が書いてあった。
「……人類の英雄、リティール様御用達店……」
ここに来れば会えるかも? という煽りつきでリティールがこの店をよく訪れる旨が書いてあった。目立ちたくないレインスからすればいい迷惑だが、幸いレインスは仙術で気配を散らしており、見つかり辛くなっている上、シャリアは変装をしているため忙しくしている店員から見つかった気配は今のところない。
「商魂たくましいが……こんなこと書いてあったらあいつ、来ないよな」
「なのです……私たちもちょっと使い辛くなっちゃったのです」
列の中には普段の客層とは異なるいかつい冒険者が多数、混じっている。これでは一過性の客は入っても、遠からぬ未来に常連が離れて行ってしまいそうだ。
(まぁ、人のやり方に口出すほど野暮じゃないし……初等学校を卒業すればこの学園都市から離れることになるし、別れる時間が早まっただけの話だ)
そのままカフェの前を通り過ぎて別の店に行く二人。そこで人数分のケーキを買うと自宅に向かって歩いていく。
(……リティールが共和国のギルド本部とどういう話をしたのか分からないが、家にまで追っかけが来てないのは助かるな……)
いつもと変わらぬ様子の自宅の外を見て安堵するレインス。だが、中にリティールとすぃー以外の者がいるのが分かっているため、少しだけ気が重かった。しかし、家の中にいるのでどうすることも出来ずにレインス達は家の門をくぐる。
「ただいまなのです」
「ただいま」
「おかえり。レインスにお客さんよ」
「……おかえり」
出迎えてくれたのは今日も美少女なリティールさんと若干不機嫌そうな猫耳美少女のシャロさんだった。シャロはレインスが帰って来るなり彼にまとわりついて様々な場所の臭いを嗅ぎ始める。
「ちょ、何だ? え? 変な臭いでもしたか?」
「……無茶、少しした?」
慌てるレインスにジト目でそう尋ねるシャロ。レインスは困ったように視線を泳がせた。
「え、っとぉ……」
「まぁ、その辺りは私にもほんの少しだけ責任があるからお手柔らかにしておいて。ケーキでも食べながら話しましょ」
「なのです」
「……詳細は聞かせてもらう」
やや不機嫌なシャロに腕を取られて玄関から廊下、リビングへと向かうレインス。美少女に囲まれての移動だがレインスに楽しむ余裕はなかった。リビングに上がるとシャリアがティーセットの準備を一瞬で済ませてお茶会が始まり、買って来たケーキと紅茶を楽しみながら今回の遠征についての話がされ、大まかに聞き終えたところでシャロはぽつりと結論を出した。
「……メーデルのせい」
「まぁ、そう責めるのも可哀想だけどな。基本的にはパリヤッソの所為で、続く責任は共和国の連中にある」
「レインスは優し過ぎる。だからいっつも酷い目に遭ってる」
ジト目のシャロにレインスは苦笑する。しかし、今度こそ胸を張って言った。
「大丈夫だ。今度こそ、もうこういうのは終わり。学校も卒業したことだし、今後は自分で依頼を選べる。対応義務がある金級冒険者の直前で前線から退いて後進の育成に努めればいいだけの話」
「……前も似たようなこと言ってた」
「ま、まぁ……いや、今度こそ大丈夫」
まだジト目を緩めてくれないシャロにレインスは多少ぎこちない微笑みで誤魔化しにかかる。シャロは溜息を一つついて頷いた。
「……これからは学校もない。私もついてく」
文句ないよね? と言わんばかりの眼光でレインスにそう告げるシャロ。レインスは曖昧に笑いながら周囲に助けを求めた。
まず、目が合ったのはリティールだった。彼女はレインスの視線に気付くとケーキを食べるのを止めて口を開く。
「……何よ。嫌なら嫌って言いなさい。いいなら受け入れてあげなさい」
「いや、一応二人に聞いておかないと……」
「その辺の話は前にその子としたわ。リアの邪魔にならないなら別にいいわよ」
堂々とした態度で言い切るリティールにシャロは頷いた。
「ん。私はレインスの傍に居られればそれでいい。それ以上多くは望まない」
告白の様なもの……しかもとびっきり健気な言葉にレインスは思わず返答に困る。そんな彼女の言葉に続けてリティールは言った。
「使用人みたいなものでしょ? 別に知らない仲って訳じゃないしいいわ」
「いや、そういう訳にも……シャロ程の人を雇うとなればそれなりの待遇がいる」
リティールやシャリアの影に隠れてはいるが、シャロも相当な実力の持ち主で学園都市から将来を嘱望されて奨学金を受け取った生徒だ。その未来が無駄に消費されるのは……そう思ってのレインスの発言だが、シャロはすました顔でそれを否定する。
「別に。レインスたちが変なことしてる間に貰った金額分の役目は果たした。記事、見てないんだろうけど」
少し拗ねた顔でそう告げるシャロ。何の記事だろうと思ってレインスが確認しようとするとリティールが得意気にシャロの活躍について報告してくれた。
「北方前線であのいけ好かないモチヅキとかいう女と一緒に活躍したり、私たちの陰で学園都市防衛戦でも表彰されてたり、学園都市内外の学生を集めて行われた剣技を競う大会で優勝したり、色々してるわよこの子」
「そうなのか……」
日頃、暇を持て余して色々と読んでいたのが功を奏したリティール。シャロも自身の活躍を見ていてくれたのかと少しだけ機嫌をよくした。
「って、そういう話なら猶更期待の新人を変なところで消費したら……」
「そんなこと言うならヨークの二人だって国に預けるべき。それに、レインスも本気出すべき」
「……いや、まぁその通りなんだけどさ」
「……私だけ、仲間外れ?」
猫耳をぺったりして悲しそうにそう尋ねてくるシャロ。レインスとてシャロが嫌いという訳ではない。先程の健気な発言を受けて好感度は高まっている方だ。
(……目立ちたくないんだけどなぁ。いや、もう遅いか)
ヨーク姉妹を連れている時点で目立たないというのは非常に難しいことだと諦めていた。それに更に一人加わるだけ。
「……分かった」
「ん。よろしく」
「ただ、目立ちたくないってのも本心だからその辺は色々と頼む」
「ん。了解」
こうしてレインスは卒業と同時に四人パーティを汲むことを約束するのだった。
灰色の英雄 古人 @furukihito
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