第137話 屍鬼戦後

 屍鬼軍を倒して数日が経過した。その間に共和国の首都ワーブロホに移動して歓待を受けていたリティールは同じようにもてなしを受けていたナラクモ姉妹の下二人と共にギルドの本部で気怠げな顔をしていた。

 ギルドの本部の豪奢な部屋に通されたリティールたちの前にいたのはイノアと老年にさしかかった男性が二人。彼らは交渉の窓口に立っているヒメコとロザリア相手に慇懃な態度で頭を下げている。


「この度のご活躍、誠にお慶び申し上げます。報奨金につきましてはご成約時に取り決めのあった全額をお支払いさせていただきますので何卒宜しくお願い致します」

「えー? 依頼してきた時と敵の情報が違ったんだけど? そのせいで色々と迷惑をかけたからその分上乗せにしてもらわないと」

「と、言われましても……」


 そう言って老年の男はイノアの方を見る。契約をしたのも実地で交渉したのもお前だろう? と言わんばかりの視線だった。それを受けてイノアは頷く。


「うん。上乗せします」

「お、物分かりがいいね。まぁ、私たちの実力を見てるんだからごねたらどうなるかは重々承知だよね~」


 機嫌をよくするヒメコ。そんな彼女に対してイノアは揉み手をしてへりくだった笑みを浮かべながら続ける。


「ただ、正直に申し上げますとぉ。今回の出兵でギルドの財政状況が悪くなってるんですよぉ~ちょぉっとお時間をいただけないかな~って」

「……んー、どれくらい?」

「依頼にあった分はすぐに渡します! ただ、上乗せ分は……半年ぐらいはほしいかなーって」

「リティちゃんどうする?」


 ヒメコからパスを貰ったリティールは機嫌悪そうにイノアを見る。彼女は縋るような、祈るような眼をしていた。しかし、リティールの魔眼には彼女が実はまだ余裕があることが透けて見えている。


「……まだ絞れそうよ」


 不機嫌なリティールは容赦なく事実を告げた。イノアは涙目になった。逆にヒメコは楽しそうになる。


「おっ、何で?」

「見れば分かるわ」

「ほっほ~う。そりゃ便利なことで……さて、イノア? 正直に言わないと……」

「いやいやいや、本当に頑張ってるんですってばぁ!」


 泣きを入れるイノア。普通の交渉相手であれば余程急いでいる場合でもない限り、多少の配慮はしてくれるものだが目の前の彼女たちは自分たちの力があることをいいことにこちらを虐めるためだけに交渉を詰めて来るのだ。質が悪いにも程があった。


「もう、ほんと、しょーじき言って厳しいんですって。勝ったはいいですけど戦果はないんですから。しかも、しかもですよ? リティールさんなんてギルドに属さないまま報酬寄越せって言ってるんですよ? ご無体な話じゃないですか!」

「巻き込んだのはこっちだからねぇ。迷惑料は払わないと。それに、活躍したのも事実だし」

「分かってますけど、ギルドだって慈善事業じゃないんです。決められた報酬は指定通りに払いますけど事前に取り決めがなかった分については払うだけ真面目にやっていると褒めて欲しい位ですよ!」

「リティちゃ~ん、どう思う?」


 熱弁を振るうイノアにリティールは魔眼を向ける。ここが勝負どころだと頑張っている様子だ。リティールは興味なかった。


「別に私は半年後でもいいわ」

「! さっすがリティール様! ありがとうございます!」

「その代わり、私とリアを変なことに利用しようとするのは止めてくれるかしら? ついでにレインスも」

「や、やだな~……変なことに利用だなんてしませんよ。ただ、ちょっと市民意識の高揚とかのためにちょぉっとだけパレードに参加してもらったり……」


 再びイノアに魔眼を向けるリティール。こちらの許容範囲を探りながら色々と策謀しているのがわかる。


「……はぁ。パレードに参加すればギルドに所属しないでもいいって話よね?」

「はい! 全国の支部に……勿論、アルシャディラ支部にも伝えておきます!」

「そうね……今回に限り、分かったわ」

「ありがとうございます!」


 深々と頭を下げるイノア。その裏ではまだ色々と策略を張り巡らせているようだがリティールは興味がなかった。ヒメコたちにバトンを渡して彼女は再び退屈そうに話を聞くことにするのだった。




 ところ変わって。


「おぉ、流石は教国の聖女様……! 痛みがなくなっていく……!」

「お疲れ様でした。傷は治りましたが無理はなさらぬよう」

「ありがとうございました! これで仕事に戻れる……!」


 共和軍の詰め所に増設されていた仮設診療所では怪我人が押し寄せていた。患者が交代するタイミングを見計らって少し休憩を入れるメーデルは仕切り一つ隔てた場所で治療を続けるシャリアの様子を窺って内心で溜息をもらす。


(凄い魔力量……ずっとやっていてよく集中力が切れませんね……)


 水を飲みながらシャリアの凄さに溜息しか出ないメーデル。回復術式の腕そのものはこちらが上だが、歴代の聖女でも有数の魔力量と言われる自分の魔力量をシャリアは軽く超えている。それが悔しかった。


(今の私じゃ、レインスと一緒には……)


「メーデル様、休憩に入りますか?」


 少しもの悲しさに浸っていたメーデルを心配して声を掛けてくる聖騎士。その言葉でメーデルは我に返って首を横に振る。


「……大丈夫です。午前中しか診られないのですから、なるべく診てあげないと」

「ご無理はなさらないよう、お願いします」

「分かっています」


 己の務めを果たすべく、メーデルは再び患者の治療にあたるのだった。



 シャリアとメーデルが共和国軍の治療にあたり、リティールがギルドの話を聞いている頃。レインスは一人で共和国の国賓館にある一室のベッドで横になっていた。


(落ち着かないな……)


 表向きは共和国で国レベルの英雄となったリティールのお連れ様としておもてなしを受けているレインスだが、実際はリティールに対する人質のようなものだ。室内にこそ入ってこないが周囲には気配を隠した手練れの者が配備されており、レインスは全く落ち着かない気分だった。


(これじゃあ落ち着いて考え事も出来ない……俺の知ってる歴史から明らかなズレが発生してるっていうのに……)


 前世ではたった一軍で共和国を人類連合軍に泣きつかせた屍鬼軍が共和国軍単体の力で撃破された。勿論、そこにはリティールやシャリアなど教国、王国の力も入ってはいたが、共和国は独力で守り切ったことを誇示するだろう。そうでなくては今回の戦争で共和国は本当に何も得られなかったことになってしまう。


(人類が足並みをそろえて戦うってことが出来なくなりそうだな……まぁ、それでも勝てそうならいいんだが……どうなんだろうか?)


 リティールとシャリア、この二人が【七宝】の勇者たちと一緒に戦えば人類全体が足並みを揃えて協力して戦わずとも魔王軍に勝ててしまうのではないか。そう思ってしまうレインス。現実に、屍鬼軍は倒してしまっている。


(残るは魔獣軍と霊魂軍。それも噂によれば獣魔将ガフェインは魔獣軍の全体を取り仕切る役から降ろされてるとのことだし、霊魂軍は前世でも魔族領の治安維持のために陣地を離れることはなかった)


 やはりこれ以上自分が動いたりせずともこのまま行けてしまうのではないかと思うレインス。


(もう俺が色々と気を張る必要もないのかな……シャリアとリティールも人類圏での生活にも慣れただろうし、もう俺はいなくてもいいはず……色々あったけど卒業試験にも一応合格することだろうし、本格的に隠居の準備をするか……)


 問題事が一度に片付いてしまい、どこか寂寥感を覚えるレインスだが、望んでいた通りの道筋が見えてきたことで安堵しながらいつしか微睡みの中に身を委ねていくのだった。



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