第136話 決戦後

「さて……戻るとしましょうか」

「リティちゃんへるぷみー。もう動けないよぉ」

「……そっちの子に肩を貸してもらいなさい。私も疲れてるの」

「すみませんが私も血を流し過ぎました。少し待ってください」


 パリヤッソを倒した後。致命傷をリティールに治療してもらったヒメコとロザリアはもう動けないとばかりに足を投げ出して地面に座っていた。リティールも魔力切れの症状で目の前が霞んできたが、彼女には愛する妹がいてパリヤッソとの戦いの前に負傷しているのを確認している。それがどうなったか一刻も早く確認したいところでここでのんびりもしていられない気分だった。

 だがしかし、ナラクモ姉妹と命懸けの戦いを共に行ったというのもまた事実。元々は彼女たちの所為でパリヤッソに目をつけられたとはいえ、リティールもパリヤッソの眷属を倒してきたという責任の一端はあった。それでも彼女たちは何も言わず共闘してくれたのだ。無下に扱うのも気が引ける。


「仕方ないわね……」

「やったー」

「それにしても疲れましたね……はぁ。気を抜けば眠りにつきそうです」


 リティールから休息の許可を貰うなりロザリアはうつらうつらし始めた。それを横で見ていたヒメコも欠伸をしてその場に寝転がる。


「あ~疲れた! お休み~!」

「あ、ヒメコさんがお休みになるんでしたら私はその寝顔を……」

「ロゼっちも寝るっしょ? リティちゃんもどーぉ?」

「……私は起きておくわ」


 ナラクモ姉妹の申し出を断ってリティールは起きておくことを選ぶ。まだ何があるか分かったものではないし、ちょっと考えていることがあるからだ。

 しばらくして二人が眠りについた後、リティールは少しだけ離れて静かにシャリアと通信できる魔具を起動する。


「リア、そっちは無事かしら?」

『お姉ちゃん! 無事なのですか?』

「えぇ。そっちは……」


 シャリアの様子を尋ねようとしたその時。近くで金属が強烈にぶつかり合う激しい戦闘音が聞こえた。リティールが顔を顰めたと同時にシャリアから申し訳なさそうな返事が返って来た。


『お姉ちゃんが無事でよかったのです。それで、ごめんなさいなのです。今ちょっと立て込んでるのです……【閃熱炎陣ジュラル・カジャ】!』


 爆発音が聞こえた。シャリアの上級魔術だろう。しかし、その音も近くの音だ。最愛の妹が危険な場所にいる。リティールは後方で眠っている戦友を確認しつつ妹の安否を確認する。


「リア、大丈夫なの? すぐにそっちに……」

『だ、大丈夫なのです。でも話してる余裕はないので……一旦切りますね!』

「あ、ちょっ……」


 一方的に通話を切られたリティール。中途半端に情報を仕入れたことでシャリアの状況が凄く気になるところだった。


(……よし、ちょっとズルいけど仕方ないわ。緊急事態だもの)


「【赦し《キュアラシル》】」


 ヒメコとロザリアに回復呪文をかけるリティール。そして彼女は眠りの園に旅立ったばかりの美少女姉妹を揺すり起こす。


「起きなさい。もう行くわよ」

「ん……?」

「……まだ眠り始めたばかりなのですが?」

「それなりに寝たでしょ。後は帰ってからよ」


 辺りに時間が分かるものがないことをいいことに疲労を魔術で回復させてそれなりに眠ったことにしてリティールは二人を起こしたのだ。極度の疲労を伴う戦闘の後に不満足な睡眠を取った二人は頭が回らないままリティールに乗せられて移動させられる。


「【空間跳躍マキナ・エクシリア・フォルシァ】」


 夜の世界が目の前に広がる。それを前にしてもヒメコたちのテンションは低いままだった。


「う~、本当に寝たのかなぁ? まぁ、どうせ戻ったら夜だから二度寝すればいいんだけど……」

「……それもそうですが、何やら血腥い場所に飛ばそうとしてませんか? 私たちはもう限界なんですが……」

「文句あるなら自力で帰ってちょうだい。私の妹が危ない目に遭ってるかもしれないのよ。行かなきゃ」


 訝しむナラクモ姉妹を急かしてリティールはさっさと夜の荒野に降り立つ。ヒメコとロザリアもそれに倣って夜の世界に降り立った。


「……うーん、屍鬼軍がまだ暴れてますねぇ」

「後はイノアたち共和国連合軍に任せていいんじゃないでしょうか?」

「リア~! どこなの~! いたら返事して~!」


 リティールの大声も戦闘の音に掻き消されていく。しかしその中でひときわ大きな戦闘音が響いた場所があった。そこに彼女の妹の魔力の気配がある。それを感知したことでリティールは一先ず安堵する。


「はぁ……取り敢えずは無事そうね。レインスは何してるのかしら? リアに危ないことをさせないために残してきたのに」

「リティちゃん元気だねー……あたしらはもう限界だから終わったら呼んで……」


 安堵したかと思うと怒り始めたリティールを見てナラクモ姉妹は何とも言えない顔で荒野に座り込んでいた。リティールが回復したのにもかかわらず本当に疲れているようだ。そんな彼女たちにリティールは容赦なく告げる。


「行くわよ」

「行ってらっしゃい……」

「行くわよ」

「うぅ……人使い荒過ぎない……?」


 恨み言を吐きながらもリティールは言っていることを曲げないだろうなと理解して立ち上がるヒメコ。そんなヒメコの様子を見てロザリアも溜息をついてから頑張って立ち上がる。リティールは満足げに頷いた。


「よし。そもそも、あんたたちに来てる依頼なんだから私が戦っても特に何の利益もないのよ? それでも戦ってあげてるんだからあんたたちがもっと頑張りなさい」

「返す言葉もないけどさぁ……あ、報酬の件はどうしよっか? 分け前とか……」

「そんなもの今話すことじゃないわ。そんなことより、大きいのぶつけるからあんたたちはその後に突っ込みなさい……【灼熱炎舞ジュ・ラルギャ・カジャ】!」


 リティールの宣誓により紅蓮の炎が夜闇を焦がす。そして、リティールの言葉通りに戦場へとナラクモ姉妹は飛び込んだ。


「こうなればヤケだよ! パリヤッソへの恨みを晴らさせてもらうからね!」


 一言そう言って吠えるヒメコにロザリアが無言で続く。パリヤッソが居なくなって統率が取れなくなっていた死に体の屍鬼軍にそれを止める力は存在しなかった。


「リア!」


 その混乱の最中にリティールは宙を舞って最愛の妹の下へと飛んで行く。周囲を炎が照らす中、シャリアは元気な姿で連合軍の最前線にいた。彼女は自らが生み出した炎に照らされる姉の姿を認めると飛翔する。


「お姉ちゃん!」

「リア! 無事でよかったわ!」

「お姉ちゃんこそ無事で何よりなのです……!」

「当たり前よ。私を誰だと思ってるのかしら?」


 疲労を隠して豊かな胸を張るリティール。シャリアには姉が限界であることはすぐに分かったが、そこを指摘するのも野暮だと判断して何も言わずに魔力の消耗を軽減するために地上に導いた。そこには彼女たちの同居人の姿もあった。顔を隠しているが見間違えようのない彼の姿を認めるなりリティールは噛みつく。


「ちょっと、リアに何させてんのよ。危ない真似させないでよね」

「色々あってな……取り敢えず、この戦いを終結させる方を優先させてほしい」

「分かってるわよ。全く……」


 合流を果たしたヨーク姉妹はすぐさま屍鬼軍との戦いに身を投じる。


 結局、戦いが終わったのは夜が明ける頃。日が昇ると共に動きが鈍くなり始めた屍鬼軍に対し、連合軍が圧倒するという形で戦いを終えるのだった。



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