第135話 白日の下に

「はァッ!」


 ロザリアの拳が熱を持ってパリヤッソに襲い掛かる。先程までの速度や威力と一線を画す強烈な拳。


「っと。危ねぇな」


 パリヤッソはロザリアの拳を軽く避けて反撃を入れる。大きく後退するロザリア。しかしその目は全く折れていない。


「くッ……はァァァアァァァッ!」

「んなもん喰らってられっか。おらよ」

「かハッ……」


 だが、それでもロザリアの拳がパリヤッソに届くことはない。先程までのロザリアとは一線を画すが、それでも【先祖返り】をした先程までのヒメコと同じくらいの力なのだ。それではパリヤッソに及ばない。


 しかし、リティールの視点では意味合いが異なって来る。


(これなら……!)


「【蒼炎弾ソ・ラギュラ・ゴウジャ】……」


 パリヤッソとの戦闘において幾度となく生み出された超級の炎魔術。この星の太陽の表面温度さえ超える高熱の炎。リティールは今一度、それを生み出して自身はその場から離れつつゆっくりと蒼炎をロザリアの下へと向かわせた。


「あン? 何だ?」


 ロザリアの相手をしながら蒼炎が来たことに一早く気付くパリヤッソ。彼にとって一番の警戒対象はリティールなのだ。彼女の一挙手一投足、見逃さずにいたことが功を奏したとでも言うのだろう。

 だがしかし、今回の彼女の行動は理解出来なかった。不意を突くのであればもっと高速で射出出来るのは確認済みだ。こんな低速では当たってやることの方が難しい。まして、距離を詰めて攻撃した方が対処する時間も減る。それなのに何故、態々自分から離れたのか。理解に苦しむ。

 それに対し、ロザリアの方はリティールの行動の意図を汲むことに成功していた。


「【蒼炎演武】、双掌打!」

「おっと。当たってやるつもりは……」


 リティールの手から離れた蒼炎がロザリアの手によって操作されたとパリヤッソが気付いた次の瞬間、蒼炎の速度が跳ね上がった。


「がッ……!」

「入った!」

「喜んでる暇はないわ! 次よ!」


 拳大の蒼炎を腹部にもろに受けて悶え苦しむパリヤッソ。確かな手応えに思わず声を上げるロザリアだが、即座にリティールから叱責が飛ぶ。それと同時にパリヤッソによる反撃が飛んでいた。


「危な……」


 リティールの言葉のおかげで意識を切り替えることに成功したロザリアは辛うじてパリヤッソのマントによる捕縛から逃れる。危機一髪を乗り越えた安堵の言葉。


 そんな油断を見逃すパリヤッソではなかった。


「てめぇにゃ喋ってる余裕はねぇはずだが?」

「しまっ……!」


 頭を掴まれてそのまま地面に叩き付けられるロザリア。意識が一瞬明滅する。当然そこで終わるわけがなかった。パリヤッソはロザリアの頭を掴んだまま離さずに片手で持ちあげて宙吊りにすると万力の如き怪力で頭蓋を砕きにかかり、空いた手で首を圧し折ろうと力を込めた。


「多少見栄えが悪くなるかもしれねぇが仕方ねぇ。このまま潰れて眷属になりな」

「あ、ぁ、ぁ……」


 か細い呻き声が漏れる中、リティールは遠距離からロザリアの息の根を止めるために停止したパリヤッソに正確に狙いを定める。


「【蒼炎弾ソ・ラギュラ・ゴウジャ】!」


 先程、ロザリアに合わせるために作った蒼炎弾とは異なる高速の射出。ともすればロザリアに当たってしまうかもしれない勢いで放たれたそれ。


「甘ぇんだよリティール!」


 しかしパリヤッソはリティールがそう来るであろうことを予想していた。彼は一切の躊躇なくロザリアを盾にし、更に自身とロザリアの間にマントを入れた。こうすることでリティールは蒼炎を彼方へと飛ばさざるを得ないだろう。また、仮に無視して突っ込んできたとしてもマントが攻撃を喰い止めている間に自分は逃げられる。


 そう、パリヤッソは判断していた。


「が……ッ?」


 だから、自身が謎のダメージを受けた理由を理解出来なかった。そして理解した時にはもう遅かった。


「ロゼっち! 決めるよ!」

「はい!」


(んで、こいつが……?)


 パリヤッソが負わせたはずの傷が塞がっているヒメコがロザリアと息を合わせて拳を叩き込んで来る。それは荒野での夜の戦闘時を遥かに凌ぐスピードと威力だった。

 パリヤッソはマントで体を覆うが、ダメージを凌ぐのでやっとの有様。反撃どころの騒ぎではない。


(こんの、砂利どもがァッ!)


 激昂するパリヤッソ。しかも彼にとってマズいことに太陽によるダメージの蓄積が許容量を超えようとしていた。それを無理矢理抑え込もうと太陽に対する防御のためにマントに魔力を回すが、それも悪手だった。マントの防御性能が弱くなる。そこを貫かれた。


「がッ!」

「もう、ひと踏ん張り~ッ!」


 パリヤッソの苦悶の声を受けて乱打が激しさを増す。パリヤッソは急いでマントの防御態勢を立て直すが、ヒメコたちは止まらない。衝撃がマントを越えて肉を打つ。

 その間、リティールもただ黙って見ているという訳ではない。このチャンスを無駄にしないように魔力を練り合わせ、先程までの蒼炎よりも大きく、強力な蒼炎を生み出してその場で育てている。


(マントの中に貝みたいに閉じ籠っているこの状態だとパリヤッソを焼き尽くすのは難しそうね……何とか中身を外に出して欲しいんだけど……)


 蒼炎を育てながらパリヤッソの状態をじっと見るリティール。疲労困憊だが、勝ちを目前としたこの状況で詰めを誤ることだけは避けたかった。


(出来れば、屍鬼になった人を元に戻す方法とか聞きたいけど……無理よね。そんな余裕はないし、新たな犠牲者を出さないようにこの場で倒した方がいい、か)


 息をついて来るべき時を待つリティール。ヒメコとロザリアのコンビネーションはパリヤッソに何の抵抗も許さない勢いで邁進している。しかし彼女たちも限界が近いのは彼女たちを治療したリティールでなくとも見れば分かった。後は我慢比べだ。


 そうリティールが考えていた矢先の出来事。それまで防御に徹していたパリヤッソのマントの形状が変化し、槍となってロザリアを襲った。


「~ッ!」


 攻撃に集中していたロザリアはそれを避け損ねてしまう。鮮血が舞った。弾かれたようにパリヤッソが顔を出して血の香を頼りに負傷者に食らいつく。細い首筋を食い千切られたロザリア。だが、彼女の戦意は衰える事を知らなかった。


「舐め、るなァァァアァァァッ!」


 首筋を掠めて行ったパリヤッソの顔面をロザリアは蒼炎を纏った拳で殴り飛ばす。そして生まれる意識の空白。好機と見た二人は己の身がどうなるのも構わずに攻勢に出た。


 ラッシュに次ぐラッシュ。マント越しではなく直に浴びる太陽の光。パリヤッソの回復が追いつかない。


 絶好のチャンスだ。


「二人とも! 行くわよ!」


 返事はない。だが、このタイミングしかない。リティールは蒼炎を放った。それがパリヤッソに命中する直前、ヒメコとロザリアはその場から飛び退いた。


 後に残されたのはパリヤッソのみ。彼だけが、蒼炎に焼かれていく。


「く、そ……この、俺様、が……こんな、ところで……! くそがァアァァッ!」


 断末魔を上げるパリヤッソ。しかし、その声も蒼炎が彼を焦がす音に消えて行く。そして。


「はぁ……やっと終わったわ」


 パリヤッソの魔力がこの場から完全に消えたのを確認してリティールは術式を解除するのだった。



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