第134話 転移

 深い闇の中に突如舞い降りた光の束。パリヤッソがその正体を理解するよりも早くリティールたちは動いていた。突然の出来事、そして強烈な光を前にして動きが鈍くなったパリヤッソを光の中へと引き摺り込んだのだ。


「き、さまらァッ!」


 抵抗するパリヤッソだが、一手遅かった。リティールの術とヒメコの拘束、そしてロザリアの押し込む力も合わさって光の奔流の中へと飲み込まれていく。

 残されたのは共和国連合軍とパリヤッソが引き連れていた屍鬼軍のみ。彼らは何が起きたのか理解しないまま再び闇に満ちた荒野で暗闘を続けるのだった。



 陽の光が世界を照らしている。パリヤッソが大嫌いな陽の光が大空を支配し、晴れ渡っている。その光は地上にあまねく降り注いでおり、パリヤッソを逃がさない。


(クソが、まさか条件なしで空間転移まで使えるとは! 何があのガキを狙ったからだ! ふざけやがって……! あのガキのところに俺よりも先に到着していた時点で気付いてれば……!)


 内心で歯噛みするパリヤッソ。それと対照的に、作戦が上手く行ったヒメコたちは上機嫌で周囲の状況を確認していた。


「お、リティちゃんナーイス。周りが大海原じゃん。いいねいいね。これならあたしも本領発揮出来そう」

「流石はヒメコさん。さっき以上の戦いを披露する気とは」

「呑気に喋ってる暇はないわよ。まだパリヤッソを倒せたわけじゃないわ」


 パリヤッソと対峙しながら周囲の状況を把握している姉妹を窘めながらリティールは相手の様子を観察する。陽の光が弱点と聞いていたため、それを浴びれば戦闘不能になるくらいに弱るかと思っていたがそこまではいかなさそうだ。


(……でも、魔力の流れが変わったわ。今まで攻撃の時や回復の時以外は体の奥底で不気味に漂っていた魔力が自分を守るように表面に出ては陽の光に打ち消されてる。攻め時ね)


 亜竜からの情報は確かだった。後は、ここから自力で勝つのみ。リティールは気合を入れて二人に指示を出す。


「ヒメコは私と一緒にパリヤッソを攻め立てるわよ! ロザリアはパリヤッソの逃げ場を潰してから合流!」

「りょーかい!」

「……まぁ、はい」


 威勢良く反応したヒメコがパリヤッソに向けて躍りかかる。パリヤッソは明らかに気怠げにそれに反応して拳を振り抜くが、ヒメコはその動きを読んでいた。ヒメコはその場で飛び上がると踵落としでパリヤッソの左肩を破壊しにかかる。パリヤッソは左手を上げてその攻撃を受け止めて義務的に右腕で反撃の拳を振り抜く。


「どーしたの! そんなんじゃ……」


 パリヤッソの攻撃。それを身を捩って避けるとヒメコは左手で受け止められた脚に力を籠める。そしてそのまま蹴り抜いた。


「止まんないよ!」


 宣言通り着地と共にラッシュを入れるヒメコ。パリヤッソは苦い顔をしてその攻撃を受けたり流したりしながら周囲を探る。だがしかし、その見晴らしの良さからすぐにここが何もない孤島であることが分かる。限られた遮蔽物もロザリアの破壊行為で地を舐めさせられている。


「余所見するなんて余裕だね!」

「……そっちこそ無駄口叩いてる余裕があんのか?」


 状況把握を終えて目の前の戦闘に集中力を戻したパリヤッソによる反撃が始まる。苛烈な攻めだった。防戦一方に回るヒメコ。しかし、日の光は確実に彼の力を弱めている。ヒメコは防戦しながらも静かに魔力コントロールを行い、少し離れた海の水に魔力を馴染ませる。


「オラオラどォした! さっきまで勝ち誇ってたじゃねぇか!」

「べっ、つに! 勝ち誇って、なんか……ない、けどぉ?」

「後ろだオラァッ!」

「かはっ……」


 背後から奇襲を仕掛けようとしていたロザリアがパリヤッソの攻撃を腹部に受けて息を詰まらせる。パリヤッソがそのままロザリアに止めを刺しにかかる寸前、ヒメコの海水の槍がその場を飲み込んだ。


「チィッ!」


 海水の槍の目標はその場を離脱。ロザリアをも貫こうとしていた海水の槍はその場で一度、無数の水滴へと形を変貌させてロザリアをずぶぬれにする。しかし、そこで攻撃は終わらない。


「まだまだぁっ!」


 水滴を操り、無数の針にしてパリヤッソを追いかけさせる。目にも止まらぬ鮮やかな早業だった。しかし、パリヤッソはそれを避けた。背後にリティールが放つ蒼炎があるのを見越して余裕を持った状態で、だ。


「終いか?」


 美少女たち三人を睥睨するパリヤッソ。不意に陽の光の強さが少しだけ弱まった。それに気付いたパリヤッソが跳ねるように空を見上げた時、そこには巨大な海水の塊があった。ヒメコが術名を告げる。


踊る海原の槍ダンシングシーランス


 スコールのような勢いで膨大な数の水の槍が地上に降り注ぐ。それは地上に降りたかと思えばまた天へと駆け上り、パリヤッソがいる空間を往復する。


「く……」

「お……効いてんじゃん」


 天と地から発される槍にずたずたにされていくパリヤッソを見ながら呑気にヒメコはそう呟く。しかし、彼女の方も息が上がっていた。飄々として見せてはいるが魔力の減少も著しい。この辺りで決めなければならないところだろう。


(でも、後一手……後一手が足りないわ。このまま時間経過で陽の光を浴びせ続けてパリヤッソの魔力を消耗させるのが簡単だけど……)


 それまで自分たちの魔力が持つかどうか。リティールも大魔術の連発でいい加減に魔力の底と疲労が見えて来た。ヒメコも限界が近い。残るロザリアはまだ多少余裕があるようだが、彼女は魔力があるだけで一気に発現するのは不得意そうだ。


(パリヤッソと相性のいい、火の魔術系統使いの子がヒメコ並みに戦えれば……)


 ロザリアの方をちらりと見てリティールは思案する。彼女は自身のタスクを終えてヒメコの戦いを見てサポートするのに徹している。


(……あの子が前に立って戦ってくれたら楽なのにね)


 水の大魔術を使用中にパリヤッソに効果的な火の魔術は使えない。だからと言ってパリヤッソに大して効かない別系統の魔術を使うのも効率が良くない。リティールはポーションでの回復に勤しむことにした。


 リティールとロザリアが補給しながら観戦することで、水の槍から逃れようとするパリヤッソと逃すまいとするヒメコの二人によるしばしの膠着が生まれる。


 それを吹き飛ばしたのはパリヤッソだった。


「いい加減鬱陶しいんだよ! 【魔破壊陣】!」


 パリヤッソの咆哮と共に彼がいる場所の空を覆っていた水の塊が吹き飛んだ。間髪入れずに地面と周囲の水で攻撃しようとするヒメコだが、近くの地面が灼熱と化している。リティールがそれを視認した時、パリヤッソは既に次の手に移っていた。


「死ね」

「カッ、は……」


 海水の次に吹き飛ばされたのはヒメコだった。しかも、彼女が吹き飛んだのを確認する前にパリヤッソはロザリアに接近している。リティールの判断は早かった。


「く、【蒼炎弾ソ・ラギュラ・ゴウジャ】!」

「チィッ、そう上手くは行かねぇか!」


 蒼炎を前に攻撃を中断し、身を翻して灼熱の地上に降り立つパリヤッソ。その右手は血に濡れている。その血の量からして、ヒメコは相当な深手を負ったことだろう。ロザリアは無言でパリヤッソを睨む。パリヤッソは嗤っていた。


「やっと鬱陶しいのが消えた。後は雑魚とリティールだけだ……」

「ヒメコ、さん……」

「ぼーっとしてる暇はないわよ。ヒメコが居なくなったんだからその分、あんたにも頑張ってもらわないと……」


 パリヤッソから目を離さずにリティールがどこか呆けた声を出しているロザリアに注意する。その目の前でパリヤッソは手に付いた血を舐めた。


「ふぅ……そこそこの味だな。何か色々混ざってるみてぇな雑な味だが……まぁどうでもいい。さっさと終わらせてこの忌々しい地からおさらばと行こうじゃねぇか」

「……るな」

「ん? 雑魚が何か言いやがったか?」

「お前なんかがヒメコさんを語るな!」


 パリヤッソに飛び掛かるロザリア。隙だらけだ。パリヤッソは崩れた連携に歪んだ笑みを隠し切れなかった。


「おいおい、何キレてんだよ。虎娘が雑種だったのが図星で気に入らねぇのか?」

「あぁぁああぁァァッ!」


 ロザリアの飛び蹴り。尋常ではない威力だが、パリヤッソからすれば大したものではない。受け止めて確殺し、眷属とする……

 パリヤッソがそう決めたその時。彼女の身体に黒い炎がまとわりついたことを彼は確認し、その場を退避した。


 直後、ロザリアの蹴りを受けた地面が融解する。


「おいおい……んな土壇場で面倒臭ぇ……」


 その光景を呆れたように見るパリヤッソ。その視線の先でロザリアは幽鬼のようにゆらりと立ち上がった。


「もう許さない……その身を以て罪を償うがいい!」



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