【幕間】スクート

スクート1 ─ 心の雫

 ──その名はマルガリータ。可愛らしい娘だった。


 我輩の尻尾にこっそりとリボンを結び、タテガミを嬉々として三つ編みにし、体によじ登って得意げに肩の上を陣取るそのさまは、じゃれる猫たちとよく似ていた。

 ──そんな娘も、月日が経ち少女となるにつれ、我輩を遠目に見つめはするものの、執拗に絡む事も少なくなり、大人しくなった。




 だが、グレードEの育成期間を満了してグレードDとなり、最下層の庭に入る権利を失ってからか。

 少女は我輩の『給餌』のタスクを利用し、頻繁に我輩の部屋小庭に顔を出すようになったのだ。



 何を思ってか、少女は割り当てられた餌を調理して持参する事が多かった。流石に、生きた兎や鶏は捌いたりせず、そのままであったが。

 餌がただの塊肉の場合は、他の材料を加え、味をつけ、切る、焼く、煮る、などされていた。我輩はその味は嫌いではなかったが……


「先生、これは“給餌”なんですから。私が食べさせてあげないとダメなんですよ。ほら、アーンしてください」

「む、そういうものなのかね?まぁよいが……」


 料理を食す際は、我輩は人化した姿で口を開けていることが求められた。非常に非効率であったが、匙を使って我輩の口にせっせと食物を運ぶ少女は、まるで親鳥のようで、不思議と愛おしかった。

 ……だが、添えられた野菜を拒絶する食べ残す度に、無理矢理口に捻じ込まれるのは勘弁願いたかった。今思えば、なんと理不尽なことか……



 我輩が食事を終えた後も、少女はすぐに帰らぬことが多かった。とりわけ午前に給餌があった日は、我輩の小庭に一本だけ植えられている木の陰で、人化した我輩と並んで昼寝をすることさえあった。


 ──すぅすぅと眠るその無防備な少女には。


 腹が満たされた我輩であっても、別腹デザートのように
















 その日少女は、身丈に不相応な大きな鍋を、魔導で浮かせて運んでいた。よいしょ、よいしょと鍋を運ぶ少女は、足元が見えていなかったのだろう。隆起していた根につまづき、鍋に頭から突っ込んでしまった。

 そのまま反動で鍋ごと倒れ、肉ばかりの具材が少女と共にドバァっと転がり出ると、あたりにクリーミーな香りが充満した。


 幸い、我輩猫舌の為にスープの温度は低かったのだろう。火傷はしなかったようだが……ベチャベチャの少女は『せっかくの、お祝いが……』と呟き呆然としていた。……何の祝いだったのかは、今となってはもはや分からぬ。


「……問題ない、このままいただこう」

 人化を解いた我輩は、スープの成れの果てを、芝ごとむしゃりと食した。土と草によって食感は最悪であったが、それもまた懐かしいものを想起させた。


 少女は立ち上がり、何事か言いかけたが、言葉を発すことなく──……正面からギュッと我輩に抱きつくと、とうとう、その言葉を囁いてしまったのだ。













「私ごと、食べちゃっても……いいんですよ」














 ──我輩は、何かが外れる音を聞いた。どれだけ試みようとも、為すことが出来なかったそれを、今なら為すことができる。そんな確信が、我輩の本能に訴えかけてきたのだ。

 我輩は、恥ずかしげに笑うその少女を凝視すると、その上半身を、大口を開けて咥え込んだ。クリーミーな味を舌で舐め取る我輩を、くすぐったがって笑う少女は、疑わない。──ここまでは可能なのだ。……我輩は、ついに次へと駒を進めた。

 少女の股の間に舌を入れて持ち上げ、喉の奥へといざなう。少女が上げた甘い声は、おそらく羞恥によるものであろう。

 我輩は牙でその柔肌を傷つけぬよう気を配りながら、グッと天を仰いだ。天地が反転し、舌に押され、重力によって下へ下へと、頭から落ちていく少女は、異常事態に気がついたのか、ようやく抵抗を始めたが、それは既に遅かった。喉の蠕動が加わり、奥へ奥へと引き込まれていった少女は、ついにそこへと到着した。


 ──少女を丸ごと収め、パンパンに膨らんだ腹を、我輩は宝物のように大切に撫でた。中では、膝を抱えて座るような姿勢の少女が、何事か喚いて、もぞもぞと暴れていたようだが、我輩の耳には届かなかった。

 抵抗が無意味であることを悟ったのか、しばらくすると少女は大人しくなった。我輩は心地よい満腹感と、得も言われぬ達成感を感じながら、木陰で一人、昼寝をし始めたのだった。























 我輩の口からは涎が溢れ、タテガミを伝ってポタリ、ポタリと雫を落としていた。からの腹が、ぐぎゅるるる、と大きく鳴った。


「先生、泣いてるの……?」


 腹の下から掛けられた声に、ハッとわれを取り戻すと、飛び退いて口を拭った。


 少年といくつかの会話を終えた後。このたぎる食欲の行き場を求め、少年の頭を咥える。


 ……やはり、為せぬようだ。未練がましく甘噛みをすると、少年と別れながら、我輩は首元の鳴らぬ鈴を爪で弾いて、給餌のタスクをオーダーした。



 ……先刻、ちょうど食い出のありそうな人兎を見かけた覚えがあるな。あれを食らうのも悪くはない。

 誓約の庇護下にあるのは“ヒト”のみ、なのだからな。

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