【幕間】マジマ

マジマ1 ─ 問責

 入室の許可が下りたことを、左手首につけたタグ階級章が知らせる。

 ──気が重い。いっそ、このまま無視してすっぽかしてしまおうか。


 ……なんて考えていると、足元にゲートが開き、オレはスポッと強制入室させられた。


 学長室。ぐしゃっとケツで着地すると、そこには机に向かって何かを書く学長と、他にもう1人先客が居た。


「ちゃんと自分で入りなよ、もぅー」

 呆れたようにそう言ったコイツはレイラ。もうずいぶんと人数の減った、オレの貴重な同期のうちの1人だ。

 コイツは、悪いやつではないんだが、いつもトラブルを起こす。いわゆるトラブルメーカーってやつだ。……今回は新入生の招致で色々やらかしちまって、その件に関するお叱りの場釈明の機会が設けられたって訳だ。ペアだったオレは巻き込まれ損だ。


「いや、今マジで心が辛くってさ。そもそもお前が……」

 オレはケツを払いながら立ち上がり、愚痴をこぼす。

 そこに 学長がオホン、と咳払で割り込むと、

「まぁ座れ」

と促した。





 オレ達は、来客用であろうフカフカな2人掛けソファーに座る。

 室内だというのに、クソでかい帽子ツバの広い黒とんがり帽を深く被ったままの学長は、書き終えた書類を横にどけると、淡々と話し始めた。


「レイラ」

 呼ばれたレイラは、ハイッ、と返事をして針金のように真っ直ぐ立ち上がった。……ガッチガチじゃねぇか。大丈夫か?


「親と契約を結ばずに、無断で子どもを転送した理由を聞こうか」

「はい!あの子、お父さんに虐待されてたみたいで!体もアザだらけで、左腕と両足も、骨が折れてて……すっごい危ない状態だったんです!」

「……なるほど」






 学長はペンの頭で机をコッ、コッ、コッ、コッと鳴らして……ハァ……とため息をつくと、質問を変えた。



包巻ほうかん転送の特徴を言ってみろ」

「えっ、あ、はいっ!対象物を転送面を包み、密着させることによって、低コストで対象物だけをピンポイントに転送できます!」


「……他には?」

 そう言われると、レイラはあたふたと手を動かライブラリを起動して、宙を眺めリファレンスを読みながら回答する。

「えぇーとどこだ……あっ、はい!えー、転送軸が不揃いになるため、対象物には強いねじれがかかる。あ、かかります!従って、鉱物や金属塊といった結合の強いもの、及びねじれの影響を受けない流体の転送には適するが、……」

 

 読み進めるレイラの口から言葉が途切れ、みるみる顔が青ざめる。マジか。もしかしてコイツ、どれだけヤバい賭けをした危ない橋を渡っていたのか分かってなかったのか……?




「どうした?続きを言ってみろ」


 促され、ぽつ、ぽつと読み進める。

「……ビンに入った、ポーション、や、生物の転送、には、適さない。……特に、“絶対”に、人の転送に、使用、しては……ならない。肉体の欠損、魂器の損傷、マナの発散、など、……重篤なダメージ、を負う、危険性がある……あります」

「そういうことだ」

 学長は立ち上がり、カツ、カツと足音を鳴らしながら、俯いてぷるぷる震えるレイラの前まで来ると、見おろすように向かい合った。


「大方、レタフライが損傷したことで正確な状況が掴めなかったのだろう?」

「……はい」

のなら、手足がねじ切れていたとしても何ら不思議ではない。言っている意味が分かるか?」

「……はい」

 ポロポロと、雫が床に落ちる。オレはギッと歯を噛み締め、黙ったまま、2人を横から見ていた。



「とはいえ」

 学長はポンとレイラの両肩に手を置くと、下ろすようにソファに座らせた。そしてクルッと踵を返すと、カツ、カツと歩きながら話を続ける。


 ……白い膝に置かれた震えるその手に、オレは手を重ねてそっと握った。


息があった即死を免れたのは不幸中の幸いだ。その後の正確で迅速な治療も、グレードBでは頭一つ抜けている。甲斐あって、最悪の事態は免れたと言っていいだろう」

 学長は机に戻ると、ギィッと椅子に座り──クソでかい帽子のツバを持って、後ろへ傾けた。








 ──透き通るような、青い瞳だった。レイラも何かを感じたのか、俯いていた頭をパッと上げ、ぐじゃぐじゃになったその顔を学長に向ける。

 学長は、その瞳でこちらを真っ直ぐに見据えながら、諭すように話を続けた。


「よく聞け。お前達はもう、魔導師の卵でも雛でもない。立派な若鳥だ。その身に宿している力は、お前達が思っている以上に、大きい。……大きな力は、容易に他人ひとを傷つける。その鋭い爪で大切なモノを切り裂かぬよう、よく学び、精進することだ」


 そう話し終えると、学長は帽子を再び深く被った。


 ──レイラはゴシゴシと腕で顔を拭うと、キュッと立ち上がって学長に会釈をし、逃げるように走って学長室を出ていった。

 やれやれと思い、オレも退出しようと立ち上がった。


「マジマ」

 学長に呼び止められた。

「お前の話はまだ終わっていない」

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