第5話 捕食者

 ──風を切る感触に目を覚ますと、ボクはお姉さんに抱えられて空を飛んでいた。向かう先に見えるのは、天までそびえ立つ大きな樹。飛んでいる僕たちよりもまだまだ高く、まるで星まで届きそうだった。

 ふと自分の変化に気がつき、自分の顔と体をペタペタと触る。ボクは小さな緑色のローブを着せられ、髪もサッパリと切られていた。頭も体も軽くなった気分だ。


 不意に、さらなる浮遊感に襲われる。お姉さんが下降を始めたみたいだ。どうやら行き先はあの大樹ではなく、その手前にある雲の小島らしい。


 ビュウウと勢いよく降下しながらも、雲スレスレでキュッと曲がり、足で綿雲をモモモモッ!と散らしてブレーキしながら止まった。


「それじゃ、私の役目はここまで。機会があったらまた会えるといいね」

 お姉さんはボクの頭をポンポンと叩くと、バイバイ、と手を振り、元来た方へフワリと飛んで行ってしまった。








 降り立った小島と、樹のある大きな浮島の間には、真っ白な橋がかけられていた。橋の前には小さなイスがぽつんと置かれ、そこにはメガネをかけた気の強そうな女の人が座って本を読んでいる。


 一人残されたボクは、どうしていいか分からなかった……ので、とりあえず、女の人に近寄って挨拶してみることにした。


「こ、こんにちは……」

 すると女の人はパンッと本を閉じてガッと立ち上がる。ボクは気圧されて一歩引いた。

 女の人は、無表情な顔を正面に向けたまま、メガネの隙間からボクをジロリと見下すと、ギュンとしゃがんで目線を合わせ、サッと手を差し出してきた。

「はじめまして。わたくしは生徒管理のシミラです。新入生さん、あなたのお名前は?」

 なんだか、動きにがありすぎてビックリしたけど、怒っているわけではないみたいだ。よかった。


「あ、あの、はじめまして。ボクはスーラです」

 差し出された手を握り返して答えると、シミラさんのメガネがキラリと光った。





 ──それだけだった。


「登録はこれで完了です。良い学園生活を」

 シミラさんはそう告げると、キュッとイスに戻って、既に本を読み始めていた。


 展開の早さについていけずオロオロするボクは、それ以上、どうしていいのか分からなかった……ので、とりあえずシミラさんにペコリと会釈して、橋に向かった。



 ──橋の下には雲はなかった。

 欄干の隙間から下を覗くと、真っ暗な世界の中、チラホラと群れて光る点がみえた。落ちたらどうなるんだろう……なんて考えていると、びゅうっと風がふいてボクを揺さぶった。……ちょっとチビりかけた。

 橋の真ん中に戻ると、ボクは下を見ないよう、真っ直ぐに前を見据え、心を無にしてトットコと橋を渡った。








 ──なんとか橋を渡りきったボクは、何故か止めてしまっていた息を吐きだす。ハァ、ハァ……と上がった息を整えながら、大樹に近づいてみた。その表面は思ったより滑らかで、扉のような模様がたくさんあった。開くのかな?と思い、ペチペチと叩いてみたけど、どれも微動だにしなかった。





 「コンバンハ、ボウヤ」

 突然上から掛けられた声に、ビクッとして振り返る。見上げると、幹から生えた枝の中ごろに、大きな鳥が止まっていた。

 ピンと立った眉のような耳羽に、湾曲して尖った嘴。そして、ボクのことをじっと捉えて離さない、爛々と光る鋭い目。その瞳と目が合った瞬間、ボクは全身の毛がざわっと逆立つのを感じた。


 ──見つめ合った目線が外せない。

「コンナ 夜更ケニ ヨク来タ。疲レタカ?」

 途端に、どっと疲れが吹き出した気がした。ボクは目を合わせたまま、へにゃりと座り込む。


「今日ハ モウ オヤスミ」

 ボクは突然襲ってきた眠気に押し流され、モフッと横に倒れた。ドクンドクンドクンと、早回しな心臓の音が聞こえる。こんなに胸の鼓動が激しいのに、まぶたが重い。──じわりと、嫌な汗が滲む。でも、ボクにはどうすることもできず、そのまま深い眠りへと落ちていった。










 


 が動かなくなったのを見届けると、鳥は大きく翼を広げ、その場で音もなく羽ばたく──と同時に、ひらりとヒトのような姿に変わった。

 金色の鋭い目付きの悪い瞳。大きな鉤爪を備えた鳥の脚。腕と一体化した大きな翼。羽毛の生えていない胴回りは引き締まっており、無駄がない。そこに居たのは、紛うことなき空のハンター捕食者の姿だった。


 ──彼女はペロッと舌なめずりすると、スッと枝を蹴って飛び立つ。速度を増しながら滑空したそれは、すれ違いざまに獲物を爪で捕らえる。そして音もなく羽ばたきながら、大樹の周りを回るように、上空へと姿を消していった。

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