第9話

その後の小学校生活の記憶はほとんどない。

はっきりいじめられた覚えはないが、幸せだったという記憶はもっとない。

たくさんの行事もあったはずだけれど、全てぼんやりとしていて、なんの感情も、色彩も思い出せない。

きっと僕は空気になることを選択したのだと思う。

目立たず、静かにしていれば少なくとも明日も生きていられるから。

それ以上のことを望まなければ、失望することもないから。


今、僕は社会人になった。

小学校のころの自分なんて忘れてしまえばいいという人も多いけれど、僕は忘れていない。

忘れられない。


中学に入って世界が少し広がり、高校に行って世界が少し変わった。

大学では広くて新しい世界を見て、就職活動で大人の世界を知った。

だから、小学校時代の自分がいかに小さな世界にいたかも、自分が掴める幸せもわかるようになったけど、僕の犯した罪は消えないし、僕の受けた罰はいつまでも疼く。


環境が変わるたびに今度こそ逃げられると信じて、逃げられはしなかった。

人間関係は消えない、途切れない。


変わろうとすればするほど、柄にもないことをと滑稽に思われる。

一度ついた負のイメージは壊せない。


だから決めた。

もう逃げない。

僕はもうこの姿で生きていく。

影に埋もれて、目立たぬように。


でも、だからといって負け続けるつもりもないよ。


心のなかで隣に座る同期に話しかける。


どうしちゃったのかな。

僕のこともわからないなんて。

そんなに暗くなっちゃって。

いったい何があったんだい?


ねぇ、ダイキくん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ぼくは正義だった 松江 三世 @matsue_sayo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ