4.

 開けっ放しの城門を抜けて、僕らの浮遊ホバートラックは町の中に入った。

 城門から続く大通りを、トラックはゆっくりと進んだ。

 両側に立つ商店は古ぼけて貧相だった。

 なるほど、貧しい星なんだな、と、初めてここに来た誰もが思うような町の風景だった。

 ヘルメットの環境音マイクロフォンが通りに鳴り響く陽気な音楽を拾った。

「ジングル・ベールズ、ジングル・ベールズ……」

 僕の言語中枢に導入インポートされた古代地球イングランド語辞書が脳内で自動翻訳を開始した。

『ベルが鳴る、ベルが鳴る……』

 通りのあちこちに人が立っていた。

 みんな石像か何かのように固まって動かなかった。

 父は適当な場所でトラックを停め、僕に『ここで待っていろ』と言うなり運転席のドアを開けて歩道まで行った。

 僕も父も宇宙服のヘルメットのバイザーは閉じたままだった。

 何か分からないけど、この星には『何かある』と、二人とも思っていた。

 歩道には『歩いている途中』のまま時間が止まったような格好でピクリとも動かない町の住人たちが何人か居た。

 父は、トラックの一番近くに立っていた男の所まで行って、ヘルメットの通話スピーカーを使って話そうとしたり、そのうち体を小突いてみたりした。男は動かなかった。男を突く父の力がだんだん強くなっていき、それがある一定レベルを越えた瞬間、男は『歩いている途中』の格好のままバタンッと歩道に倒れてしまった。

 ヘルメットの通信機を通して、父の声が聞こえた。『立ったまま、死んでいる』

「筋肉が硬化しているってこと?」僕は聞き返した。

『そうだ。筋肉も皮膚も……全身が石のように変質してしまっている』

「この星の住人に何があったんだろう? まるで、町中の人間が一瞬で石化したみたいじゃないか」

『さあな……硬化したのは恐らく人間だけじゃない』言いながら、父は歩道の端を指さした。

 指の先には、一匹の痩せた猫が、やはり『歩いている途中』の格好で固まっていた。

「じゃあ、さっき検出された細菌やウイルスの死骸も……」

『……だろうな。人間のような高度な生物をはじめ、動物、植物、細菌やウイルスに至るまで、ある瞬間に全ての細胞が石化・硬化して死んでしまったんだろうな』

「それって、病気が原因じゃないよね? 病気なら、かかった人間は死んでも〈病原体〉は生きているはずだろ?」

『一瞬で惑星じゅうの生物が硬化することもないからな……惑星周囲のに何らかの異常現象が起きたのか……嫌な予感がする。引き揚げよう』

 父は小走りで浮遊ホバートラックの運転席に戻り、エンジンをかけ、Uターンさせ、町の外の揚陸艇まで真っ直ぐに飛ばした。

「ジングル・ベールズ、ジングル・ベールズ……」

 どこかで自動音楽再生装置が陽気な歌を繰り返し歌っていた。

神の誕生日クリスマスが永遠に続く星……か……」浮遊ホバートラックのハンドルを握りながら父が言った。「現実には、資源の乏しい貧しい惑星ほし。厳しい生活を強いられながら、ひたすら天国パラダイスの到来を信じ続ける住人……人間も猫も草もウイルスも、惑星まるごと生き物全部ひっくるめて、異次元てんごくにでも行ったのかな?」

 僕らは、揚陸艇で衛星軌道上の母船まで戻り、直後クリスマス星系を後にした。

 惑星ほしに居ようと宇宙そらに居ようと、人間は生き続ける限り息をして酸素を消費し、動いてエネルギーを消費し、腹が減って飯を食う。

 異次元てんごくならぬ宇宙げんせで生き続けるなら稼ぎが必要だ。

 父は、それからも〈惑星クズ取り屋〉稼業を続け、僕もそれを手伝った。

 でも十七歳になって父の身長を追い越し、頭の中身も少し生意気になると、なんだか『この稼業は違う』という思いが湧き上がり、そろそろ髪に白いものが混じり始めた父とたもとを分かち、大都会惑星〈バルメン4〉で地上に降りた。

 星系を去る宇宙船わがやを探そうと高層ビルディングの間から空を見上げたけど、そんなもの見つかるはずもなかった。

 父と別れてからも、いろいろ辛いことも悲しいことも楽しいこともあったけど、それはまた別の話だ。

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惑星クリスマス4のクズ取り屋 青葉台旭 @aobadai_akira

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