3.
船外へ出ると、西の方に町が見えた。
それ以外の方角は、見渡す限りの草原だった。草は全て枯れてしまっていたが。
大地を埋め尽くす枯れ草は、真っ赤だった。
「この惑星の植物は葉緑素ではなく、赤い色素を利用して光合成を行う」と父が言った。「しかし空気中の炭素を固定する効率は、葉緑素には遥かに及ばない」
「つまり、植物の成長が遅いってこと?」
「ああ。そうだ……だから、作物がなかなか育たない。麦、米、芋……果樹、木材、家畜の飼料としての草……この惑星に移住した人々は古代地球人の末裔から分かれた小集団だったらしいが……さぞかし生きるのに苦労しただろうよ」
「なんで、そんな惑星にわざわざ移住しようと思ったんだろう?」
「地球に起源を持つ宗教の一派だったらしい。この星を『永遠にクリスマスが続く星』として、ある種の楽園と同一視していたんだそうだ」
「楽園ねぇ……」僕は赤い荒野をもう一度見渡した。「クリスマスってのは何だい? この星系の名前の語源なんだろうけど……」
父が「神の誕生日」と言った。
「本来は古代地球歴で十二月二十五日を指すらしい。古代地球の北半球では『冬至』の三日後だ」
「冬至って?」僕は、その時まで『冬至』の意味を知らなかった。生まれてからずっと宇宙船の中で暮らしていたからだ。
父は宇宙服と一体化したヘルメットのバイザー越しに僕を見た。「昼が最も短く、夜が最も長い日のことだ。銀河系の多くの惑星は、程度の差こそあれ公転軸と自転軸との間に角度が付いている。それが原因で周期的に昼と夜の長さが変わる」
「夜が一番長い日の三日後に神様が生まれたのかい?」
「まあ三日後というのは、冬至の日を正確に割り出せなかったために生じた誤差だろうな。冬至の日に生まれたって事にした方が、都合が良かった
「なんか父さんの言い方だと、『人間が勝手に神様の誕生日を決めて良い』って聞こえるよ」
「みんな古代の人々の作り話。伝説だよ。でも作り話には作り話なりに一定のルールというか原理がある……夜が一番長いという事は、その翌日からは徐々に日が伸びていくという事だ……それまで徐々に力を弱めていた太陽が、再び徐々に力を取り戻す境目の日、それが冬至だ……昔の人々は、そこに太陽神の復活・再生を感じ取った」
「それで神様の誕生日か」
「この星の自転軸と公転軸の間には角度が無い。ピッタリ寸分の狂いも無く平行だ。これが何を意味するか分かるか?」
「さぁ? 分からないよ」
「昼と夜の時間の増減が無いって事さ。毎日毎日、太陽は同じ時間に昇り同じ時間に沈む。冬至も無ければ夏至も無い。春分も無ければ秋分も無い……それは、考えようによっては『永遠に冬至が続く』とも『永遠に夏至が続く』とも、あるいは『春分や秋分が毎日繰り返される』とも解釈できる」
夏至というのは一年で一番昼の時間が長い日で、春分と秋分は昼と夜の長さが同じ日のことだ。(世の中にそんな言葉があるなんて、僕はそれまで知らなかった)
「永遠に冬至の続く星……なるほど、つまり永遠に
僕の
「そうだ……この星に移住した信者たちは、この地こそ楽園へ通じる場所だと信じた。たとえ惑星の自然環境が厳しく、現実には貧しい生活を強いられようとも、この星のどこかに天国へ通じる
「そうまでして天国へ……神様の所へ行きたいものなのかな? 僕なら腹一杯ご飯を食べられる方が良い。それが可能な豊かな星での、現実の人生を選ぶけどな」
「何に生きる目的を見出すかは、人それぞれだろうさ」
「でも結局、この星に住む人たちは全滅しちゃったんだろ? いったい何があったんだい?」
「分からん。
「お宝、ねぇ……」
「さあ、歴史の授業はここまでだ。日が暮れる前にひと仕事やっておきたい。手始めに、西に見えるあの町へ行こう」
そう言って、父は
僕が助手席に乗ると、父は西の町へ向けてスロットルを開けた。
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