2.

「そろそろ、陽子ようし計算器から結果が出力される頃だろう。俺は操縦室ブリッヂに戻る。お前も、この惑星ほしの言語を導入インポートしたら操縦室に来い」

「わかった」

 父が部屋を出て行ってすぐ、僕は極小分子パンチテープの再生装置にコードをつなげて、反対側の端子を左耳に差し込んだ。

 古代地球イングランド語の辞書データが、耳の奥に仕込んである小さな金属板を通して、脳の左半球にある言語野に流れ込んできた。

「まったく、何で言語中枢にしか機械をつなげらんないんだろうな」僕は思わずつぶやいていた。

「数学に、化学に、物理学に、建築学に、歴史に、地理に、楽器の演奏、絵の描き方……何でも簡単に脳に記憶できれば、俺だって地上で暮らしてる奴らに負けないのに」

 生まれてずっと星から星への暮らしだった。『学校』なんて洒落たシロモノには足を踏み入れたことさえなかった。

「機械を使って覚えられるのが言葉だけなんて……おっと、いけねぇ」

 僕はパンチテープ再生器を一旦停止させ、それから巻き戻しボタンを押した。

 言語データの導入インポート中は、脳内の言語野に雑念ノイズを発生させてはいけない。つまり声を出しては駄目だめなんだ。

 テープが終わるまでおよそ一時間。一言でもしゃべったら、また最初からやり直さなくてはいけなかった。


 * * *


 一時間と少々かかって言語データの脳への読み込みを完了した僕は操縦室ブリッヂへ行った。

 中に入ると、父の他にステイン3という名の中古ロボットも居た。

 船とおなじで相当の年季の入ったオンボロだった。僕ら親子には、程度の良い中古品を買う金さえ無かった。

 いつだったか、父さんは「掘り出し物だった」と言った。「ステイン3は二束三文で買った割には良く動く」と。

 見た目はびの鉄の塊と言った感じで人間らしさの欠片かけらもないけど、いちおう直立二足歩行の人間型で、頭部から発せられる機械音声は(錆びた鉄をり合わせるようなにごった音であったにせよ)中年の女性の声を模していた。

 幼い頃に母と別れ狭い船内で育った僕にとって、ステイン3は乳母のような存在でもあった。

「ステインも一緒に連れて行くのかい?」

 僕は父さんに尋ねた。

「……いや、いつも通りステインは船に残る」

 今までは父一人で幽霊惑星ゴースト・プラネットに降下していた。

 亜空間航行用の動力は大気圏内では使えない。

 僕らの船は、亜空間エンジン・主操縦室メイン・ブリッヂなどが組み込まれた主船殻から格納庫カーゴ・エリアだけを分離して揚陸艇として機能させるように設計されていた。

 格納庫カーゴ兼用の揚陸艇が地上に降りている間、主船殻メイン・シップは、自動運行装置によって衛星軌道上を周回し続けるから、本来なら無人でも良いのだけれど、不測の事態が起きたときのために、宇宙船操縦機能を持つステイン3を船に残しておくべき……というのが父の考えだった。

 もちろん、僕なんかが地上に降りたとしても役立たずの足手まといにしかならない。

 今回、その役立たずの足手まといの僕と一緒に惑星へ降りようと、父が決心したということは、これから徐々に仕事を覚えさせ、ゆくゆくは父の助手に……そしてこの仕事の後継ぎにしようという考えなのかもしれなかった。


 * * *


 三十分後、父と僕を乗せた揚陸艇カーゴは、主船殻メイン・シップから切り離され、大気圏に突入した。

 赤い大地に着陸してぐに、父は「細菌検査装置のスイッチを入れろ」と僕に言った。

 僕は言われた通り細菌検査装置を起動させ、船外の大気と土壌を調査した。

「空気にも土にも細菌・ウイルスのたぐいは見当たらない」検査装置の目盛りを読んで、僕は父に言った。

「無い? ゼロってことか?」父が首をかしげた。

「そう。0だよ」と僕。「死んだ細菌類の死骸らしきものは検出したんだけど、活動している細菌……は、ゼロだ。細菌もウィルスも」

「おかしいな……何があったにせよ、細菌のような原始的な生物まで死滅するなんて尋常じゃない。そんな話、聞いたこと無いぞ」

 そして父は「念のため、宇宙服を着て船外に出よう」と言った。

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