第5話 夏とワンピースと

 次の日、俺はメルと初めて会ったバス停で、白いワンピース姿の、小柄な少女を迎えた。

 名前を、三屋みつやりょうという。僕の故郷の高校に通う2年生だ。

 短く刈った髪が、いたずらっぽく輝く瞳によく似合う。でも、僕の記憶の中では、こんな可愛らしい女の子ではなかった。いつも半袖半ズボンで小学校の校庭を走りまわっていた、男みたいな小憎たらしいガキんちょだった。

「元気だった?」

「ああ……」

 僕はメルを前にしたときみたいに、言葉に詰まった。


 実をいうと、僕は夏休みをあと2日残した三屋を無理やり呼び出すにあたって、やるべきことをやっていない。10年も経つと、言うに言えないこともあるのだ。

「で、何の用?」

 三屋は子どものような目で、わくわくと僕を見上げる。当然だ。10年ぶりに会った男子が、わざわざ長距離バスでないと来られないような所に呼び出したのだから。

 でも、僕は心の奥に引っかかってることがどうしても言い出せなくて、つい、とんでもないことを口走ってしまった。

「いや、付き合ってほしいんだ」

「……は?」

 きょとんとして見上げる顔が、真っ赤になる。こっちも誤解されたって仕方のないことを言ったのに気がついて、みっともなくうろたえた。

「いや、撮影に」

 そう言うなり、僕はしゃがみ込んで、バス停のそばに立った青空の下の三屋を写写真に収める。

「帰る!」

 夏のアスファルトの道を、三屋はてくてく歩きだす。僕は慌ててその後を追った。

「待てよ、三屋! 三屋!」

 どこからか、メルの歌声が聞こえる。


 隠すことなんかない

 あなたの思い

 ほら、今!

 この時を逃したら、もう、ないんだから


「悪かった! 小2のとき、お前に待ちぼうけ食わせたこと!」

 引っ越しで町を出る日、僕は三屋に別れを告げようと、思い切って校庭に呼び出したのだった。

 だが、その当日は土砂降りの雨。僕は傘を2つ持って出かけようとしたけど、引っ越しのどたばたで忙しい親に止められたのと、何やら恥ずかしいのとで、とうとううやむやになってしまったのだった。

 風の噂で、三屋が雨の中で律儀に僕を待っていたというのを知った。謝りたいという思いは募ったものの、それを1日送りにしているうちに、いつの間にか10年の月日が過ぎていたのだった。

 それにしても、三屋の姿は、メル・アイヴィーには及ばない。

 後を追いかけながら、僕はつくづくそう感じていた。

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夏とワンピースをめぐる冒険 兵藤晴佳 @hyoudo

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