魔王を倒した勇者に祝福を
桜草 野和
短編小説
暇だ。暇すぎる。
魔王を倒して三年。
褒美も地位も名誉ももらった。
だが、満たされたと思ったのは一瞬だけだった。
故郷『ラルロッド王国』の一等地に建てられた邸宅を与えられた。
専用の乗馬コースもついているが、結局使ったことは一度もない。
魔王を倒さなければ良かったと後悔している自分がいる。
新たな魔王が誕生してほしいと願っている自分がいる。
魔王は倒せたのに、そんな自分を消去することはできない。
外出することもほとんどなくなった。
今では俺の顔を見て、すぐに勇者だと気付く者は少ない。
世界はすっかり平和になった。
買い物などをして、『あっ、あなたはそういえば勇者様!』と思い出したような顔をされるのが、たまらなく辛い。
俺は過去の人間なのだと思い知らされる。
いっそのこと、思い出さないでくれたほうが何倍もマシだ。
庭の芝生で寝そべり、ぼんやりと空を見ていた。
すると、雲の形が、エリーナの顔に変わる。
魔王討伐の際にパーティを組んだ魔法使いだ。
「リック! またそんなところでゴロゴロして。今日はピーターとローザの結婚式だって知っているでしょ! 早く正装に着替えなさいよ」
ピーターは剣士で、ローザは召喚士。この2人もパーティを組んでいた仲間だった。
俺はエリーナを無視して、邸宅の中に避難する。空間移動の魔法を使えば、ピーターとローザが暮らす『キャローム』まですぐに行けるが、はっきり言って面倒だ。結婚式に出席したら、大勢の人に会わないといけない。何より、今の俺は、ピーターとローザを素直に祝福できる自信がない。エリーナとも会いたい気分ではない。
エリーナは魔法グッズショップを手広く展開していて、今では世界有数の大富豪の一人になっていた。
ピーターは剣術道場を開き、後進の育成に力を入れている。ローザはそんなピーターを支えている。
俺だけだ。
魔王がいなくなった世界に順応できていないのは……。
「リック、久しぶりだな!」
「ダメって返事がなかったから、ここを使わせてもらうわね」
邸宅に入ると、大広間にタキシードを着たピーターと、ウエディングドレスを着たローザが立っていた。
「ごめん、ごめん。新店舗の開店式典が長引いちゃって」
魔法で窓をすり抜けて、エリーナもやって来る。
「どうしてここに? って顔しているわね。リック、あなたやっぱりピーターとローザの招待状ちゃんと見ていないでしょ」
エリーナの言う通り、ろくに読まないですぐに捨てた。
「あのね、リック。招待状に、会場はリックの邸宅と書いていたのよ。ちょっとズルイとは思ったのよ」
「でもさ、そうしないと、リックに俺たちの結婚式に参列してもらえないだろ」
新郎新婦の2人が教えてくれる。
「ちょっと待て! ここに今から大勢の人が来るのか?」
「他には誰も招待していないわ」
ローザがそう言って、安心してと笑みを浮かべる。
「何を言っているんだ。一生に一度の結婚式だぞ。親や友達を呼ばなくていいのかよ。キャロームで式を挙げればよかったじゃないか!」
「何を言っているんだ。一生に一度の結婚式だから、命がけで戦ったパーティのリックにどうしても一緒にいてほしかったんだよ」
ピーターが少し怒ったような口調で言った。
「……出て行ってくれ。やっぱり、今の俺は、心から祝福できない」
「嫌だね。俺とローザはここで挙式する」
「ここは俺の家だぞ。勝手なこと言うな。さっさと出て行って、キャロームで挙式しろ!」
「勇者の家で結婚式できるなんて、パーティを組んだ仲間の特権だ。招待状をちゃんと読まなかったリックが悪い」
「ピーター、力づくでも出て行ってもらうぞ」
「やれるものならやってみろよ。エリーナ! 魔法で俺の竜王の剣をくれ。あと、リックには勇者の剣を」
「ピーター、さすがにそれは……」
ローザが止めようとするが、ピーターは聞く耳を持たない。
「早く!」
「わかったわよ。ただし、私に魔法を使わせたお代はあとでちゃんといただくからね。テレラループ」
エリーナが魔法を使い、ピーターの前に竜王の剣を、俺の前に勇者の剣を出した。
ピーターの竜王の剣はピカピカだが、どこにしまったかも忘れていた俺の勇者の剣は埃まみれだった。
ピーターは竜王の剣を手に取ると、
「ウォリャーーー!」
と本気で俺に斬りかかって来る。
カキーン!
俺はとっさに勇者の剣を手に取り、竜王の剣の刃を受け止めた。
その衝撃で、頑丈に作られた邸宅が崩壊する。さすがは魔王の腕を切り落とした太刀筋だ。
「我が友よ、今こそお力をお貸しください」
ローザは水の精霊、ウンディーネを召喚すると、水流で瓦礫を弾き飛ばす。
「エブサリード!」
エリーナは風の魔法を使って瓦礫を吹き飛ばす。
ピーターと俺は瓦礫を片っ端から斬り砕く。
「ピーター! やりすぎですよっ!」
ローザがピーターを叱る。
「これで、ここの風通しも良くなっただろ」
ピーターはまったく気にしていない。
「風通しも何も、家がなくなっちゃったけどね」
エリーナが冷静に指摘する。
ヒュー。
確かに、心地よい風が吹いている。
ここに俺を閉じ込めていたのは誰だ?
俺か。
「ピーター、ローザ、好きなだけここで結婚式していいよ。俺は用事ができたから、ちょっと出かけて来る」
勇者の冒険は、魔王を倒したら終わりだと思っていた。
でも、それは間違っていた。
勇者の本当の冒険は、魔王を倒してから始まるのだ。
使命を持たず、自由な冒険に出よう。
「ピーター、ローザ、結婚おめでとう!」
「やっと目が覚めたようだな」
「リック、ありがとう」
「それから、エリーナ。とっくに30過ぎているんだお前も早く結婚しろよ! じゃ、またな!」
「ロドランテ!」
エリーナが雷の魔法で俺を殺そうとする。
俺は間一髪のところで避けることができた。魔王と戦ったときより、魔法の威力が強かった気がする。
今思えば、魔王討伐のときは、世界をゆっくり見て回れなかった。
今度は、のんびりとグルメを堪能したり、出会った人たちと酒を飲み交わしたりしよう。
ああ、ワクワクする〜〜‼︎
魔王を倒した勇者に祝福を 桜草 野和 @sakurasounowa
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