悪神

「良い格好だな、藤沢」

 俺の名だ、何でこんな見たこともない爺が知っている?


「自分の犯した罪の重さで身動きがとれんか? 後悔もしておらんのだろう?」

 爺の手にはナイフか? 刃物を持っている、バケモノ共が俺の手を広げる。

「お前が苦しめ傷つけ殺した人々の辛さを返してあげよう」

 爪の中に、刃物が入りねじられる。


 叫びたくても、化け物の手が口にねじ込まれ叫び声も上げられない。

 爺は、ぶつぶつと低い声でしゃべりながら、俺の爪を剥いでいく。

「ワシの娘夫婦も孫も、お前が無謀な運転をしたせいで死んでいったんじゃ」

 ゆっくり慎重に痛みを与えながら、手の爪は剥がれていく。

「わからんと思ったか? そうじゃろう、警察もわからんかったからな」

 手の爪が終わったら、足の爪を一枚一枚剥いでいく。

「だがのぉ、『捨てる神あれば、拾う神あり』、ある方がなぁ、まさに神様にすがれる様にしてくださったんじゃ」


 ミチリと、やな音を立てて最後の爪が剥がれ落ちた。

 人のよさそうな笑みを浮かべて、爺がぶつぶつと言ってくる。

「こんな部屋を用意してくださったのも、連れ込めたのものお力じゃ」

 俺は激痛で、涙とションベンを垂れ流し、もがくことも叫ぶこともできない。


「お前が、最後までクズでよかったわい、知らない家に上がり込み、他人の着るものを奪い、他の者の食べ物を喰い、のうのうと寝込む、衣食住堪能できたじゃろ?」

 そんなものどうしろってんだ?! 俺は心の中で悪態をつく。

 俺が好きなように生きて何が悪い?! 他人なんて知ったこっちゃねぇ!


「お前に、酷いことをされた人たちの写真を見て、どう思ったんじゃ?」

 爺は、足の甲にナイフを立て切り裂いていく、激痛に身を捩りもがきたくても動けない。

 ニヤニヤと笑顔を張り付かせ、ミリミリと皮を生きながらに皮膚をめくられ剥がしていく。

「――――――っ!!!!」

「安心しろ、どれだけ出血しようが死にはしない、ここはそう言うところだ」

 切り込みを入れ、皮を剥いでいく。

「お前を、押さえつけている人たちの恨み、まだまだじゃよ」


 順番に順番に、少しずつ体の皮を剥がれていく、激痛で気が狂いそうなのに、意識がはっきりしている、やめてくれ! もう嫌だ! 勘弁してくれ! 俺が悪かった! 叫び声を上げたかったが、それは口の中にねじ込まれているバケモノ共の手で阻止されている。


「あのお方はなぁ、お前みたいな悪党が大好きなのだよ」

 俺の皮を剥ぎながら、爺は嬉しそうに言う。

「世の中の目を欺いて法をかいくぐって逃げてきたお前を見つけ、被害にあった人たちを探し当てられたのも、あのお方のおかげじゃ」


 肉がむき出しにされ、それだけでも気が狂いそうになる、体を返され背中の皮を剥がされ、また、表に返される。

 とうとう、顔にナイフを立てられ、少しづつ少しづつ、顔や頭の皮を剥がされていく。


 激痛で、気が狂えればどんなに楽か、出血で死ねればどんなに楽か。


「目も耳も鼻も残しておいてやろう、これから起こることを楽しんでもらわんとな」

 俺の体中の皮を剥ぎ取り、赤黒い血だまりに周囲をして、満足そうに笑っている。

 血と脂肪で汚れた手をタオルで拭き、懐から何かを取り出し俺に見せて来る。


 本のようなモノ。


「これが、もらったものじゃよ、”グラーキの黙示録 第XII巻”と言う」

 愛おしそうにその本を撫でている。


「苦労して読んだわい、おかげで素晴らしい思いも出来た、こうしてお前を痛めつけても喜びしか感じんのだからな」 

 まるで、恋人でも見るような目で、その本を見つめている爺を、俺はもう何も考えられなくなったうつろな目で見つめている。


「ワシの魂は、もはやあのお方の物じゃ、地中の夜の深淵を越えた先にある煉瓦の壁の向こう側で眠るあのお方の贄となる事を光栄に思え!」


 爺はおれに背を向けると、まるで何かを迎え入れるように両手を広げ、何かをつぶやきだした。

 何処か他の国の言葉なんだろうか、まるで意味の分からない。


 いぁ! いぁ! いごぅーろぅなく!!


 最後に何か叫んだ時、ソレは現れた。


 小山のような巨大な体、かろうじて人のような姿をしているソレは、銀灰色の肌をした肥満体に見えた、そのヌラヌラとしたゴム質の肌の体には、頭が、頭そのものが付いていない、子供が描いた落書きのような冗談のような、それでいて狂気じみた醜悪なその姿は、白熱しているように光っている。


 頭の無い巨人が俺の方に、その丸太のような太い腕を上げていく。

 胸のあたりまで上げられた腕を前に突き出し、握られている手をゆっくりと開けていく、開かれた大きな手のひらには、獣じみた歯を生やした口が付いている。


 頭の無い巨人は俺の方に近づいてくる、俺は体の痛みすら忘れる恐怖で逃げ出そうと体に力を入れた、が、バケモノ共に押さえつけられている体はピクリとも動かない、逃げ出せもせず、恐怖で狂えず、死ねず、俺はこの頭の無いバケモノに ――。


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白い部屋 -悪神- 大福がちゃ丸。 @gatyamaru

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