普通と異質

瑚ノ葉

普通と異質

見た者


白い服を着た男が、白い部屋で椅子に座り、黒いコーヒーを飲んでいた。

目の前には白い原稿、隣にはペン。白い男は作家だった。しかし、白い男の作品は世間では酷評だった。

白い男は顔をしかめながらコーヒーを飲んだ。 そして、コーヒーの入ったマグを置き、窓の外を眺めた。

窓の外は真っ暗だった。

唐突に白い男は椅子から立ち上がり、窓にかかるカーテンを荒々しく閉めた。

黒いコーヒーの入ったマグを床に叩きつけた。 そして、どこからか白い刀を取り出した。

見えないなにかを切るように、ヒュッ、と刀を振り下ろした。

白い男は素振りを続けた。

しばらくして、白い男は刀を置き、原稿に向かった。

ガチャ。

玄関の扉が開く音が聞こえた。

白い男が振り返った。

玄関には黒い服を着た男が、黒い銃を白い男に向けていた。

「危険な思想を持つ狂人作家はお前か。悪いがお前がいると平和な世界が崩れる。消えてもらう」

銃声が響いた。

銃弾は、真っ直ぐ白い男の胸に飛び込み、赤く花を咲かせた。


黒い男はその場で携帯電話を取り出し、どこかに電話をかけた。

暫くすると黒い服を着た大勢の人が来た。

まず白い男に黒い布を被せて部屋から運び出した。そして黒い男が指示をとって、部屋の改装をしだした。赤い花の残骸を綺麗に片付けた後、黒い絨毯を轢き、壁紙も黒いものへと変えた。カーテンも家具も、次々と黒くしていった。

白い刀は折られた。

全てを黒く変えた後、人々は帰っていった。

黒い男は人々に礼をいって見送った。

一人になった後、黒い男はコーヒーをいれなおし、椅子に座って、それを美味しそうに飲んだ。 そして、机の上にあった、運よく捨てられなかった原稿を読み、顔をしかめた。白い男の遺稿はゴミ箱に捨てられた。

ふと、黒い男は上を見上げた。



真っ直ぐこちらと目が合った。



まずい。見つかった。見られていたのに気づかれた。逃げ―――――――


衝撃が体を貫いた。

トン、とマグを机に置く音が、最後に聞こえた。


―――――


白い男


俺はコーヒーを飲んでいた。

目の前には全く進まない白い原稿。

俺は作家として小説を出していた。しかし世間からはものすごい批判を受けた。

共感できない。理解できない。えげつない。ひどい。最低だ。

けれども俺は、自分の感覚を信じていた。書いたものは真実だと疑わなかった。

確かに自分の感覚と世間の感覚はずれているようだった。昔から変だと言われていた。それは自分なりに理解もしていた。

例えば、国語の時間。

自分が思った登場人物の気持ちは、いつも先生に三角をもらった。

確かにそういうことを思ったのかもしれないけど、今ここで言いたいのはそちらではなくてこうだ、と、模範的な解答を聞かされる。俺はそれが嫌で堪らなかった。感じ方は人それぞれで間違った回答はないとしつつも、テストの時には間違いとされて斜線を引かれるのだ。

俺は常にそういったずれを意識していた。そしてその感覚のずれは、世間の数多ある矛盾を暴き出した。

普通、人間は人間を傷つけたいとは思わないのだ。本当は憎くて憎くて仕方がないのに。

普通、人間は世界平和を望むのだ。犯罪者が不幸になっても気にしないのに。

普通、人間は理解できないものを排除するものだ。世間は声高に個性の重要性を叫んでいるのに。

そんな矛盾を俺は書きたかった。

そんな矛盾に飲まれた話を。

しかし、世間の人はこれを非難した。

人は人を傷つけるべきではなく

犯罪者は不幸でなければならず

異質なものは排除すべきものだ、と。


俺は窓の外を見た。真っ暗だった。

白い部屋とは真逆の光景だ。

なるほど、俺のところは白くて、世間は黒い。 黒い方が当たり前だから、白は異質なものなんだ。図らずも随分と皮肉な描写だな。

俺はカーテンを閉めた。

そして、飲んでいた黒いコーヒーを投げた。

何故だ。

何故黒くなくてはならない?

何故受け入れない?俺は本当のことを書いているのに。

異質なのはお前らだ。心が白い振りをして、本当は真っ黒の癖に。気取りやがって。

俺は白い刀を取り出した。

気持ちが猛った時、素振りをして心を落ち着かせるのが、俺の発散方法だった。

ヒュッ、と空気を切り裂く刀に、神経が一つになる。もう一度。もう一度。

俺はしばらく素振りをした。


だんだん気持ちが落ち着いてきて、ふとアイデアが浮かんだ。忘れないうちに書かなくてはな。 俺は白い刀を置いて原稿に向かった。


ガチャ。

なんだ?

振り向くと、黒い男が立っていた。

黒い銃を手にしている。

何の反応も示せないまま、黒い男に銃を向けられた。

「危険な思想を持つ狂人作家はお前か。悪いがお前がいると平和な世界が崩れる。消えてもらう」

胸に衝撃を受けた。赤く鮮血がほとばしった。


やっぱり。

やっぱり。

この世界は、矛盾だらけだ。

最後に見たのは、黒い男の満足気な笑みだった。


―――――


黒い男


俺はこれから、狂人だと呼ばれる男を殺しにいく。

調査では、その男は大量殺人した犯罪者を擁護するような作品や、結婚式に招かれた、新婦に恨みをもつ客が式場で暴れる作品を書いていた。

常人には理解できないその作品は、世間からものすごい批判をくらった。

俺も気になってその作品を読んでみたが、思わず人間性を疑ってしまうものばかりだった。

作家というのは、己の信念に基づいた作品を書くという。

こんな作品を書くような人は、いつか本当に人を殺すのではないか。

そんな危険な人物を放ってはおけない。

俺も作家と同じだ。自分の信念に基づいて、仕事をする。職は治安官。危険人物や犯罪者を排除するのが主な仕事だ。血生臭い仕事で、世間からは嫌な目で見られることもあるが、感謝されることもある。

例えば強盗から老婦人を救った時。誘拐犯から女子高生を救った時。毎日刀を振り回し、時折叫び出す狂人を殺した時。その時は近隣の住人に感謝状をもらったりもした。

俺のこの仕事は、確かに人を殺す。だから自分が悪くないとは思わない。理由が何であれ、命を奪うのはいけないことだ。

しかし、その信念があるからこそ、俺は殺人を助長するような作品を書く奴を許してはおけない。放っておけば、俺がそいつを殺すより多くの命が消えるかもしれないのだ。

消える命は少ない方がいい。

そして、世界が平和になればいい。

俺は狂人だと呼ばれる男の部屋に着いた。こじんまりしたアパートの一室だ。

ガチャ。

扉を開く音が響き、ターゲットはこちらを振り向いた。白い服を着ていた。部屋も真っ白だった。 世間では黒い色が正義を司る色だと認識されている。白は悪の色だった。

禍々しいその色に、俺は黒い銃を向けた。

「危険な思想を持つ狂人作家はお前か。悪いがお前がいると平和な世界が崩れる。消えてもらう」

安全装置を外し、引き金を引いた。

白い男は赤く染まった。

さて、片づけをしないとな。

俺は携帯電話を取り出し、本部に電話をかけた。 暫くすると、大勢の人がきて、白い男の死体を運んだ。

そして、人々に手伝ってもらいながら、黒い壁紙や黒い絨毯を持ち込んで部屋を黒く改装した。改装が済むと、俺は礼を言って手伝ってくれた人を見送った。

そして部屋に戻ってコーヒーをいれなおし、椅子に座った。

俺はコーヒーを味わって飲んだ。

ふと、机に残った原稿が目に入った。

どうやら運よく捨てられなかったらしい。

これが遺稿か。

俺は原稿を読んだ。書きかけだった。

一人の男が、大勢から迫害される話だった。

えげつない描写だった。

やっぱり、共感できない。

俺は原稿をゴミ箱に捨てた。

ふと視線を感じて上を見上げた。

上にまだ人がいたのか。

俺は銃を向け、発砲した。

依頼は、この狂人の男を排除すること。狂人の男の家を片付けることだ。仲間が残っていては依頼達成とは言えない。

ちなみにこの事故物件はこの後俺が住むことになっている。どうせ誰も住まないから割安でいいから住んでくれないか、という大家からの申し出だった。丁度引っ越しを考えていたのでありがたく申し出を受け入れた。


また死体を片付けなきゃな。

俺はコーヒーを飲み干した。

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