星流夜

芝樹 享

星に願いを

 十一月の寒い夜だった。

 空には星屑ほしくずの海が広がっている。

 じゅんは、会社帰りの夜の道を歩いていた。

 思わず、潤は星空を仰ぐ。仕事から開放されるいっときの清涼感に思えたようだ。

 潤にはひとつ悩み事があった。

 できることなら、何もかも忘れ去りたい。そんな風におもった。

―――そういえば、今夜だったな……。

 今朝のテレビのニュースで、流星群がみられるという。

 潤は思い出した。流星群も流れ星のひとつだよな。願い事すればかなうのだろうかと。 今更、星に願ったことで……どうなるというんだ!


『そんなことないよ! きっと願い事をすれば……』


 十五年前、河原で知り合った見ず知らずの少女が、言っていた言葉だ。

 当時も空には満天の星が輝いていた。

 祖母のお葬式の日だった。悲しい日だった。潤はひとり河原で、夜空を見上げながらハーモニカを吹いていた。子供の頃から大事にしている物だった。物思いにふけるときはいつもハーモニカを吹く。祖母からもらった誕生日プレゼントだった。

 潤は夜空を仰ぎながら「When You Wish Upon A Star」という曲を吹いている。

 祖母が子守唄にして聴かせてくれた。なんどとなく聴いていたので、メロディが浮かんできた。

 最後までメロディを奏でたとき、背後から拍手が聴こえてくる。

「うまいね! ちゃんとしたメロディになってる」

 潤は振り向くと、ひとりの少女が立っている。暗がりではあったものの、ほのかな月の明かりに照らされている。

 なんで、こんな夜中に?

 少女はみるからに潤よりも五歳以上大人びている。河原から吹いてくる風に髪がなびいていた。白いワンピース姿だった。

 幼い潤に少女は語りかけてくる。

「ねぇ、もういちど吹いて聴かせてよ! 私、ラジオから流れてきたのを聴いただけなの。ガイコクの人が歌っている曲なんだよね?」

「うん、調べたら『星に願いを』って曲らしいよ」

「ステキ! 『星に願いを』か……、今、この瞬間にぴったりだね」

 少女は夜空を仰いだ。

「うん、君、名前はなんていうの?」

「ノゾミ」

 星屑の中に流星群がみえた。

「あ、流れ星。いっぱいみえるよ。願い事、叶うかな?」

「星にお願いして本当に叶うのかな?」

 ぼそりと呟いてしまう。潤にとっては『星に願いを』という曲は好きでも、歌詞の内容には興味がなかった。祖母が子守唄に歌っていたのは、英語で意味がわからなかったからだ。祖母にどういう意味かもたずねようともしなかった。

「そんなことないよ! きっと願い事をすれば……」

 遠くから父親の声が聴こえてくる。

「じゅーん! おーい、潤!」

「あ、お父さん!」

 潤は父親に駆け寄った。

「探したんだぞ。こんな遅くに出歩くなんて。おばあちゃんが死んで悲しいのはわかるが、心配させるなよ」

「夜空いっぱいの星をみてたんだ!」

 河原の方を振り返った潤は、少女がいないことに気づく。


―――きっと願い事すれば、か。


 結局のところ、潤は十五年あの時以外河原で少女をみかけることはなかった。

 あの日以来、少女にもう一度会おうと何度も『星に願いを』の曲を奏でるため、仕事のときも、鞄の中にハーモニカを忍ばせていた。

 ちょうど、河原に差し掛かった。十五年前と同じように、おだやかな風が吹いている。空には雲ひとつなく、月がきらめいている

 ハーモニカを手に『星に願いを』の曲を奏でる。潤は必死になって歌詞の意味を調べた。歌詞の意味を知ったことで、昔よりも上達している自信があった。上達した演奏ぶりを聴いてほしいと思った。心を込め少女に、ノゾミに会いたいと願った。

かなで終わると月明かりに照らされ、白いワンピースの少女が立っている。

 潤は振り返った。

 ノゾミだった。

「ノゾミ……さん?」

 潤の声にノゾミは、にこりとほほえむ。彼女は、十五年前と少しも変わっていなかった。

「また、会えたね!」

 満天の星空で流星群が輝いていた。

                              完

 

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星流夜 芝樹 享 @sibaki2017

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