線路と地蔵
安良巻祐介
帰り道、柵の外から向こう側をぼうっと眺めていたら、夕陽の赤く落ちた線路の上を、黒いものが動いているのが目に入った。
よく見てみると、握りこぶしくらいの、猫のような、猿のような、寸足らずの動物だった。
焼けて黒くなった横木にひっ捕まるようにして、ゴソゴソと動いている。
からだには、元からある模様か、それとも汚れなのか、大小のだんだらがある。それから、ちょぼちょぼとした毛か、針のようなものが、まばらに生えている。
たびたび、苦しそうな鳴き声をしている。
いつからそこにいるのか、線路から離れたがっているようだが、磁石ででもあるかのように、半ば以上、離れられぬらしい。
顔の部分は陰になって居てよく見えなかったが、何となく人の顔をしているようである。
かわいそうだな、と思いながら、しばらくそれと並んで歩いた。
そうしていると、だんだんと、耳に聞こえるそれの声が、大きくなってきた。
さらにはそれが、何を言っているのかわかるように、思われ出して来た。
まずい、と思ったけれど、どうしようもない。
耳の中で、あぐあぐあぐあ、としか聞こえなかったそれの声が、まとまって、何やらぶつぶつ言う言葉として聞こえて来た。
わかってしまったら駄目だ、と思いながら、並び歩く足を止める事が出来なかった。
遠くで電車の来るらしい音がした。
中途半端な同情など、しなければよかったのに。
知らない間にぶつぶつ言いながら、右手で柵を掴む。もう一つの手を、柵に掛けて、たわんだ網の目に、足をかける。
電車が近付いて来る。
――しかし、その時、線路を見つめる目の端に、ちら、と赤いものが写った。
あっと声が出て、その瞬間、からだからどっと何かが抜けて、尻餅をついた。
きいいいいいっと鼓膜を掻くような鳴き声がして、線路の上のそれが、黒い塊になって、ぞろろろろっと線路わきの何かへ飛び込んで行った。
柵の外で、尻をついた格好のまま、ぽかんとした。
そっちを見ると、朽ちかけた地蔵堂だった。
戸は閉じられていたが、木の扉の割れたところから、お地蔵さんの赤い前かけが覗いている。
あ、さっきのはこれだ、と思った。
かぶせるように、ごおっと音を立てて、電車が通り過ぎて行った。
見れば、錆びたシグナルのある、踏切である。
立ち上がって、慌ててその場を離れた。
なんだかわからないが、地蔵堂に供えられた花が茶色く枯れていたのが、妙に目に残っていた。
別に助けられたわけではないらしい。
偶然、一緒にそちら側へ引っ張られただけだ。
誰が描いたのかわからない『飛び込み多発』の字の躍るベニヤ板を見ないようにしながら、背を向けて黙々と歩き続けた。
線路と地蔵 安良巻祐介 @aramaki88
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