あなたはクローズドVR[犯行中]に参加するようです

山彦八里

ログインが完了しました。

 

 ――ようこそ、参加型クローズドVR[犯行中]へ。

   このゲームは制限時間内に「犯人ポイント」を最も取得したプレイヤーが犯人になります。


 ――ダイブの完了を確認、マッチングを開始します。


 ――今回のフィールドは「洋館」。参加人数は「8人」です。

   制限時間は1時間です。

   ルール「初期アイテム有り」「ランダムドロップ:1個」が適用されています。

   ルール「直接攻撃による殺害判定なし」が適用されています。


 ――ランダムドロップ判定……完了。

   あなたが持ち込んだアイテムは「時限爆弾」です。

   アイテムは使用すると消滅します。ご注意ください。


 ――マッチング完了。あなたは「犯人役」です。

    ポイントを溜めて見事犯人になりましょう。


 ――30秒後にゲームを開始します。そのままの状態でお待ちください。







 ◇◇◇



 プレイヤー:あなた、は洋館の一室にいる。

 謎の招待状を受けて、この孤島の洋館を訪れた……という設定だ。

 これよりは犯人としてふさわしい行動をとり、いつもひとつしかない真実を射止めねばならない。


 あなたは部屋を見回した。

 暖房用のダクトがアクセントになっている高級感あふれる部屋だ。

 二重窓からの景色は少し高い位置に感じる。おそらく二階だろう。

 そして、柔らかなベッドの上にはひどく場違いな「時限爆弾」がひとつ。

 無骨な銀色の物体を確認すると、視界の端に犯人ポイントを取得したログが流れた。


 >Log:「破滅的な人物(+2)」を取得。


 それで済ませていいのだろうか。

 あなたは当然の疑問に首を捻りながら、ひとまず招待状を開いて参加プレイヤーを確認する。

 人数は8人。この中にひとり「被害者役」がいるが、現時点ではわからない。


 このゲームを何度かプレイし、攻略サイトも熟読しているあなたは手早く今後の方針を立てた。

 最優先は、犯人らしい行動をとることで犯人ポイントを溜めること。

 可能ならば、被害者役が誰かを確定させること。

 最後に、他プレイヤーの犯人ムーブを妨害すること、だ。


 あなたはまず、部屋の扉に「Please do not disturb.《起こさないでください》」のプレートを掛けた。

 これで最初のイベント、食堂に招待客の集まる自己紹介チュートリアルをスキップできる。


 >Log:「謎の招待客(+1)」を取得。


 微々たるものだが犯人ポイントも取得した。

 熟練者でも自己紹介に出席するかは判断のわかれる場面だ。顔と名前を確認できるメリットは大きい。

 今回、あなたはアイテムバレを防ぐことを優先した。時限爆弾はバレたときのデメリットが大きいからだ。

 加えて、爆弾は設置してから起爆タイムリミットまで最短10分を必要とする。悠長に自己紹介している時間もない。


 あなたは時限爆弾片手に部屋を出た。

 途端、ギュギュイーンと甲高いエンジン音が廊下に響き渡る。

 探すまでもなく、廊下の奥でチェーンソーを持ったプレイヤーが壁を解体しているのが見える。

 初期アイテム「チェーンソー」はアタリの部類に入る。

 持ち込むだけで「猟奇的な人物(+2)」がつく上、使用することで「破壊の痕跡(+1)」を取得したり、他プレイヤーに「視覚的恐怖(-2)」を与えることができる。

 短時間で効果を発揮する、初心者から上級者までおすすめの逸品だ。

 直接殺害ありのルールならさらなる活躍が見込めただろう。


 というわけで。

 あなたは足音を忍ばせ、縦横無尽にチェーンソーを振るうプレイヤーの背後に回り込んだ。

 まだVR初心者なのだろう。一人称視点に慣れていない。周囲への警戒もおざなりだ。

 その上、チェーンソーは音がうるさく、他プレイヤーの足音を消して余りある。


 数秒後、どうにか壁を一画くり抜き、額の汗を拭うプレイヤーの背中をあなたはそっと押した。

 相手プレイヤーはくり抜かれた壁の向こうへと落下した。


 >Log:「妨害(+1)」を取得。


 自分はすでに犯人ではないだろうか。あなたは訝しんだ。

 もっとも、殺害判定はないルールなので相手プレイヤーが死ぬことはない。

 せいぜい「負傷(-1)」か「骨折(-2)」がつくくらいだろう。ご愁傷さまである。


 なお、このゲームに痛覚はない。

 多少動きは遅くなるが、折れた足でも普通に動ける。

 [犯行中]は非常に平和的なゲームなのだ。



 ◇



 あなたは階段で他プレイヤーと遭遇しないよう気をつけながら一階へ下りた。

 先ほどみたように、他プレイヤーからの妨害には常に気をつけなければならないのだ!!

 なお、このゲームは殴る蹴るなどではダメージの入らない非常に平和志向なものだが、一定時間拘束する手段はある。

 冷蔵庫などはおすすめの監禁場所だ。


 あなたは周囲を警戒しつつ各部屋を探索し、「被害者役」の部屋をみつけた。

 扉が血で真っ赤に染まっているのが目印だ。かなり猟奇的だが、見慣れるとこれはこれで味わい深い。

 ひとまず部屋の中の指紋を拭き取っておいて、あなたは先を目指した。


 洋館は広く、部屋数も無駄に多い。

 とはいえ、玄関ホール、食堂、大黒柱メインシャフト等々、絶対に配置される部屋があるので、ランダム生成のパターンはそれほど多くない。

 長い廊下を走りながら、あなたは時限爆弾の使い方を考える。


 今さらだが、「時限爆弾」の解説をしておこう。

 時限爆弾は初期アイテムの中でもハイリスク・ハイリターンなものだ。

 大黒柱に設置して起爆に成功すれば、「倒壊(+10)」と「やはりあなたか(+8)」を取得、他の枢要部なら「火災(+7)」を取得できる。

 さらに、他プレイヤーに対して「重傷(-3)」「むしろあなたが被害者(-5)」などを付与できる可能性が高いため、相対的なポイント差が開きやすい。

 決まれば高確率で勝利できるアイテムと言える。


 だが同時に、デメリットも大きい。

 設置時に無防備になること、時限爆弾であるために最低でも10分以上の起爆するまでの時間を設定しなければならないこと。小さなデメリットとは言えない。10分というタイムリミットは制限時間の実に6分の1に該当する。

 次に、他プレイヤーによる解除の可能性があること。解除は一瞬で済む上、熟練プレイヤーなら残り10分を切った時点で必ず大黒柱を確認する。

 時限爆弾を持っているところを見られれば、他プレイヤーから執拗な追跡を受けることもあるだろう。

 あなたが他プレイヤーでもそうする。ついでに階段から突き落として「妨害(+1)」の多重取得も狙うだろうか。


 以上より、あなたは大黒柱以外への設置を目指すことにした。


 直接殺害ありなら「被害者役」が部屋にいない間にベッド下あたりに設置するのが定石だが、このルールではそうもいかない。せいぜいが「明らかな故意(+3)」がつく程度でうま味が少ないからだ。

 あなたとしては、できるだけ人の来そうにない場所で、かつ、建物に効果的なダメージを入れられる場所を見繕っておきたいところだ。

 ……ここまでくると犯人どころの話ではない気がする。

 というか、首尾よく洋館を爆破してもポイントで負けていると犯人ではないのだ。

 理不尽にもほどがあるが、そういうゲームだ。あなたは気にしないことにした。


 さて、あなたがいくつめかの扉を開くと、そこは食堂だった。

 そして突然、テーブルの向こうから銃弾が飛んできた。

 待ち伏せアンブッシュだ!!

 あなたは扉を盾にしてギリギリのところでダメージを回避した。


 >Log:「襲われた(-1)」を取得。


 おそらくは初期アイテムの「麻酔銃」だとあなたはアタリをつけた。

 1発でも当たると「昏睡(-3)」を取得し、10秒間キャラがその場に固定される状態異常になる。

 直接殺害ありなら死亡と同義なので、黄金銃とも呼ばれる強力なアイテムだ。

 これ以上の犯人ポイントの減少は避けたい。あなたは咄嗟に窓を蹴破って外へと飛び出した。



 ◇



 窓を蹴破ったあなたは、見事なVR受け身をとって「負傷(-1)」を回避した。

 顔を上げれば、あたりはきらめくような一面の銀世界だ。

 遠くには海も見えるが、そこまではマップの範囲に含まれていない。

 高確率で追跡されているため、ジャンプ移動で積雪による移動力の低下を抑えつつ、あなたは洋館の裏手に逃げ込んだ。


 この段になって、あなたは今回のマップが北欧・カナダあたりをモデルにした洋館だと気付いた。

 直接は目にしたことがないものの、二重窓や壁を走る暖房用のダクトがその証拠だ。

 であれば、おのずと時限爆弾を設置すべき場所も見当がつく。

 あなたは追跡を撒きながら目的の場所を探した。



 ――10分後。


 首尾よく時限爆弾を設置したあなたは一階に戻ってきた。

 初期アイテムを消費したこれからが本当の[犯行中]だ。

 設置した爆弾はみつからないことを祈るしかない。

 もっと言えば、みつかってもいいようにポイントをたくさん稼ぐのだ!!


 あなたは再び食堂を目指した。麻酔銃持ちのプレイヤーが目的だ。

 食堂での待ち伏せは麻酔銃プレイでは定石だが、消極的なためポイントを稼ぎにくい。

 だが、1人だけそれがデメリットにならないプレイヤーがいる。


 ――「被害者役」だ。


 被害者役は、他プレイヤー全員の犯人ポイントが規定値以下の場合に特殊勝利となる。

 一見してこの条件は厳しくみえるが、他プレイヤー同士が足を引っ張りまくると意外と達成される。

 実際、現時点のあなたのポイントだと被害者役が勝利する。


 被害者役のプレイヤーはやりこんでいる人だろう、とあなたは推測した。

 今回のマップは被害者役の部屋と食堂が近い。

 入り口が複数あって追われても逃げやすい食堂に陣取り、危険な事態になれば自室に逃げ込むという戦術が採れる。

 あとは、できるだけ犯人役たちが鉢合わせするように状況をコントロールすれば互いに足を引っ張り合って自ずと犯人ポイントの取得量は減り、被害者役が勝利する。

 定石に則った合理的な戦術だろう。


 食堂へ向かう途中、あなたは遠目に大黒柱をみつけた。大きくて黒いので一発でわかる。

 だが、そこへ通じるルートの死角には大斧を持った鎧が鎮座していた。

 初期アイテムのひとつ「鎧人形」だ。設置した場所を通ると襲いかかってくる。

 動きは鈍重だが「重傷(-1)」「不吉(-3)」等を押しつけてくるため捕捉されると面倒だ。


 あなたは初期アイテム「花びん」を持って右往左往していた哀れなプレイヤーを誘導して鎧人形の餌食にすると、意気揚々と食堂へ向かった。


 >Log:「策士(+1)」を取得。



「この泥棒猫!!」


 食堂に戻ると修羅場が展開されていた。

 包丁を構えたプレイヤーが迫真のロールで麻酔銃のプレイヤーを糾弾している。

 やはり麻酔銃持ちが被害者役だったか。自身の推理にあなたは満足げに頷いた。


 初期アイテム「包丁」は近接戦闘能力もさることながら、被害者役に向けることで「因縁(+1)」、「みんなのうらみ(+5)」等を多重取得できる瞬発力の高いアイテムだ。

 なお、男女関係なしに効果は発揮されるし、そもそもロールもいらない。[犯行中]は会話が苦手な方でも安心してプレイできるゲームである。


 包丁のプレイヤーは直後に麻酔銃で撃たれた。

 その顔はどことなく達成感に溢れていた。


「過去はどこまでも追いかけてくるものだ。逃げたつもりでもな」


 せっかくなので、あなたは訳知り顔で因縁ロールに乗っかることにした。

 被害者役が迷惑そうな顔で振り向いた。


「……人違いだ」

「今回の招待客の共通点、アンタはまだ気付いてないのか?」


 >Log:「因縁(+1)」を取得。


 因縁をふっかける方は楽である。言ったもん勝ちなのだから。

 直後に麻酔銃を向けられたので、あなたは慌てて逃げ出した。



 ◇



 そんなこんなで残り時間はあと10分。

 だいたいのプレイヤーがアイテムを使い尽くしたここからがこのゲームの山場だ。


 一定時間他プレイヤーに発見されない「アリバイ不在(+2)」。

 逆に、地下室や屋根裏へと移動する瞬間を目撃される「不審な行動(+2)」。

 しきりに時間を気にする「心配性(+1)」。

 被害者役の部屋に指紋や遺留物を残す「状況証拠(+3)」。

 ありとあらゆる手段と状況を駆使し、犯人と疑われることを目指すのだ。


 あなたは目についた窓ガラスを叩き割って「猟奇的な人物(+2)」の取得を目指しながら館内を練り歩いている。

 被害者役は麻酔銃の弾が切れると「こんなところにいられるか、俺は部屋に戻る!」と伝家の捨てセリフを残して部屋に戻ってしまった。

 麻酔銃をぶっ放していた人物が言うのは納得がいかないが、そこはゲームだ諦めよう。


 なお、被害者役の部屋は残り時間1分になると強制的に鍵が開き、犯人役が先着一名入れるようになる。

 犯人役たちは「これでふたりきりだね(+7)」の取得を目指して争うことになる。


 >Log:「アリバイ不在(+2)」を取得。

 >Log:「破壊の痕跡(+1)」を取得。

 >Log:「猟奇的な人物(+2)」を取得。


 数十枚の窓ガラスを割って目標を達したので、あなたは一足早く被害者役の部屋に向かった。


 相変わらず悪趣味な血だらけの扉の前にはまだ誰もいなかった。

 残り時間は3分。

 着くのが少し早かった。あなたはせっかくだから赤の扉を叩くことにした。

 乱暴にノックすると、手にべったりと赤色が付着した。


「おい、生きてるか!? クソっ、中から鍵がかかってる!!」

「入ってます!!」

「返事がない(強弁)!! そこのアンタ、扉を蹴破るから手伝ってくれ!!」


 >Log:「不審な行動(+2)」を取得。


 あなたは幸薄そうな花びんのプレイヤーを捕まえると、走って来る他プレイヤーへの遮蔽にした。


「なんだこの扉は!? 血、なのか?」

「ここにいないのはあの人だけ……。おい、返事をしてくれ!!」

「入ってます!!!!」

「だめだ。死んでる!!」


 犯人たちはノリノリである。

 迫真のロールでポイントを稼ぎながら、お互いを押しのけて一番に滑りこむ瞬間を狙っている。


 そして、残り1分。


 最初に良いポジションを確保していたあなたはイの一番に被害者役の部屋に飛び込んだ。

 ガチャリ、と背後で自動的に扉と鍵が閉まる。

 あなたは立ち上がり、負けを予感して渋い顔をしている被害者に向けて壮絶な表情を形作った。


「この瞬間を待っていた……。そうだ。10年前のあの日からずっと……!!」


 >Log:「これでふたりきりだね(+7)」を取得。

 >Log:「因縁(+1)」を取得。


 残り20秒。


「し、知らなかったんだ!! 本当だ。俺は無実だ!!」


 まったくである。

 ここにきて諦めの境地に達した被害者役のロールに感謝しながら、あなたは決めセリフを口にした。


 残り10秒。


「だとしても、俺の復讐は止まらない……!!」


 きれいに決まってご満悦のあなたは被害者役と固く握手を交わした。


 残り5秒。

 こんなもんだろう、と満足感を覚えたあなたは窓を蹴破って飛びだした。

 え、と被害者役が驚くのを余所に、速やかに洋館から離れていく。


 直後、地下の石油ボイラーに設置された「時限爆弾」が起動し、洋館を火の海に変えた。


 >Log:「火災(+7)」を取得。

 >Log:「End:ただひとりの生存者(+3)」を取得。



 ◇◇◇



 ――制限時間になりました。ゲームを終了します。


 ――ポイント集計……完了。


 ――おめでとうございます、[犯人はあなたです]。

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