密会はいつだって三分間

小高まあな

密会はいつだって三分間

 非常に由々しき問題である。

 古来よりいかなるスーパーヒーロー・ヒロインにもその無限とも思える力と引換に、多数の制約がついていた。例えば、正体がばれるとフライドチキンになっちゃうとか、二人一緒じゃないと変身出来ないとか。二人一緒の片割れは何故か途中で月に帰るけど、しかも自走で。

 そんな中でも時間制限というものが一番由々しき問題である。

 宇宙人だから環境の違う地球で戦うには時間制限が必要、というのはまだわかるにしても、地球人が地球で戦うのに何故、時間制限があるのか。シンデレラ的な何かなのか。

「おまちなさいっ!」

 声に化け物が顔をあげ、動きを止める。

 私たちは声を揃え、

「これ以上の悪さは、このラビットファーが許しません!」

 化け物に人差し指を突きつける。

「二兎追う者は一兎も得ずあたーっく」

 言いながらやることはキック。

「これでとどめよっ!」

「ラビットビビット」

「フェイクファー!」

 私たち二人の手からでた謎の光線が化け物を倒す。

 今回の記録、二分三十四秒。

「私たちラビットファーが居る限り」

「日本は兎も住める優しい国よ!」

 決め台詞を言う時間があるならば、早くこの場から立ち去りたい。

 そう、非常に由々しき問題なのだ。

 正体がばれると兎になっちゃうとか、二人一緒じゃないと変身出来ないとか、地球人なのに三分間しか変身姿を保てないとか。

 非常に由々しき問題なのだ。


 物語はいつだって、急に巻き込まれて始まる。

 それは、とある卯年の元日。

 ただただ、卯年生まれというだけで、私、黒川エリナと、親友の白石千穂は魔法少女ラビットファーなるものにさせられてしまった。なんか偉そうな、兎の長老に。

 干支の神様はその年を守らなければならないらしい。だけど兎の長老はアル中でそれどころじゃないので、私たちに頼んだらしい。なんだその、借り物っぽい設定は、聞いた事あるぞ?

 小学六年生にもなって魔法少女なんて痛い、いたすぎる。そんなのが許されるのは低学年までだろう。正体がばれると兎になってしまうから気をつけろ、と言われたが、兎にならなくても恥ずかしくて街を歩けなくなってしまうじゃないか。

 千穂と二人、お互いのペンダントをくっつけないと変身出来ない。そのうちどっちかが月に帰ることになるんだろう、兎だし。っていうか、最近の魔法少女は普通に一人で変身しているのに。

 で、最大の謎は三分間しか変身の姿を保てないということだ。理由の程は不明。確かに時間制約のあるヒーローもいるけど、あれって宇宙人だからじゃないのか?

 花も恥じらう十二歳の乙女の柔肌は切り傷だらけでうんざり。

 ボイコットも考えたけれども、兎の長老のおっさんが、「戦わないなら正体ばらすぞ」と謎の脅しをかけてくる。まったく意味がわからない。

 千穂はなんだか楽しそうにホワイトラビットファーとしての生活を楽しんでいる。私は何もかもが気に入らない。そもそも、黒川がブラックラビットファーで、白石がホワイトラビットファーという安直な設定もどうだろうか。

 気に入らない。そして、非常に由々しき問題なのだ。


「黒川、おはよー!」

 朝の教室で、後ろからかけられた声に、慌ててとびっきりの笑顔を作って振り返る。

「おはよう、中山」

 クラスメイトの中山紫苑がにこにこしながらノートを見せてくれる。少年野球で活躍している彼は日に焼けていて、その、カッコいい。

「見てくれよ! 兄貴に頼んでラビットファーの写真新しいのもらったんだ!」

 にこにこしながら差し出したノートには、ラビットファーの姿があった。

「ほんとだー!」

 すごーい、なんてはしゃぐ私に、彼は内緒だよと一枚くれる。ありがたくいただきながらも、ため息。自分のコスプレ写真なんていらない。


 そもそも、私と中山の年の離れた兄が中学時代からの友人で、その関係で中山とは昔からよく遊んでいた。両方の兄が異様に古い特撮ヒーローやらアニメやらが好きで、四人でよく見ていた。私が無駄に古い特撮ヒーローやアニメに詳しいのは、兄のせいだ。

 小学生も高学年になってくると、さすがに昔みたいに中山と話す機会がなくて、実は残念に思っていた。

 そこにあらわれたのは、古い時代の特撮ヒロインのようなラビットファー。昔のように盛り上がるのには十分だったし、申し分なかった。こうやって、秘密のやりとりだってできる。

 難点は、それが私自身なことだけど。


「難しいよねぇ、正体ばれちゃいけないしねぇ」

 千穂が言う。

 いや、ばらしてよくても、絶対にその秘密は守るが。恥ずかし過ぎる。

「なんていうか、とってもテンプレな展開よね。これって」

「テンプレ?」

「王道。お約束。怪盗の幼なじみが刑事の息子、とかそういうやつよ」

「ああ、黄門さまの印籠ね」

「んー、それってあってるのかな?」

 千穂は単純に正義の味方というものが好きな子だ。正義の味方、それも遠山の金さんとか水戸黄門とか。お互いにお互いの趣味が著しく偏っていることを理解しているので、何ら苦労なく過ごせている。こういうマイノリティな趣味の持ち主は、あまり大体的に主張すると得てして排除されるものだ。

 閑話休題。

 二人でしゃべりながらゆっくりと歩く帰り道。今日は塾が休みなので少しのんびりできるな、と思っていると。

「きゃー」

 悲鳴。それから、なんか雄叫びっぽいもの。

「……お約束ねー」

 化け物というのはそれなりに都合がいい時に現れてくれるものだ。

「エリナっ」

 のんびり呟くと千穂に腕を引かれた。頷く。

 人が居ないことを確認して、ペンダントをくっつける。

 変身。

 魔法少女にありがちな、半裸状態にはならないのであしからず。最近、その辺の規制って五月蝿いしね。


 化け物が襲っていたのは、下校中の小学生集団だった。

 半泣きの女の子。

「こっち来るな」

 それを背中にかばいながら、リコーダーを武器に構える男の子。

「……中山っ」

 必死の顔で背中の女の子を守る中山。学年一可愛いと評判の清水さんだ。胸が痛い。

「ブラック」

 千穂が顔を覗き込んでくる。一つ頷く。大丈夫。

 清水さんは中山に守ってもらえているけど、中山を守れるのは私たちだけだ。

「お待ちなさいっ!」

 二人で声を揃える。

「ラビットファーっ!!!」

 中山がもの凄く嬉しそうな顔をする。少しの優越感。

 それから真剣に思う。正体、バレませんように。

 長い耳と、もっこもこのしっぽ。微妙な露出度の服に、ニーハイ。高いヒール。こんなコスプレ姿、正体バレたらマジで泣ける。

「これ以上の悪さは、このラビットファーが許しません!」

 化け物に人差し指を突きつける。

「あらわれたな、ラビットファー! 今日こそは倒してやるっ」

 化け物の台詞。というか、こいつら確か個別に名前あった筈なんだけど、なんだったけなー。

「ブラック!」

 千穂の言葉に頷く。

 彼女が化け物と相対しているあいだ、中山達の方に向かう。

「はやく、安全なところにっ!」

「ありがとう、ブラックラビットファー!」

 中山の笑顔。

 微笑み返す。

 これも、一種のテンプレ展開だけど、こんなに顔見合わせているのによく正体ばれないわよねー。

 清水さんの腕をひいて、中山達が逃げ出す。清水さんが足をもつれさせた。慌ててそちらに向かう。

「ブラックっ!」

 千穂の言葉に、慌てて振り返る、

 化け物の攻撃。なんか変な波動的なものをくらって、地面に叩き付けられる。このっ、乙女の柔肌にまた傷つけやがって。痛いっ。

 泣きそうになる。

「ブラックラビットファー!」

 でも、泣かない。

 後ろの中山の声。

 正義の味方は、特撮ヒロインは、最後には悪役を倒すものなんだ。ピンチに追い込まれるのは最終回間際でいい。中山にはいいところを見て欲しい。がっかりして欲しくない。

「こんなもの。兎の毛で突いたほどもけがはせず!」

「ブラック」

 駆け寄って来た千穂。

「いくわよ、ホワイトっ」

「兎を見て犬を放つあたーっく」

 言いながらやることはパンチなんだけど。

「これで止めよっ!」

「ラビットビビット」

「フェイクファー!」

 私たち二人の手からでた謎の光線が化け物を倒す。

 今回の記録、二分四十二秒。

「私たちラビットファーが居る限り」

「日本は兎も住める優しい国よ!」

 決めポーズ。

 やばいやばい。三分経ってしまう。

「ラビットファー!」

 中山が駆け寄ってくる。

「ありがとっ!」

 頬を蒸気させて嬉しそうにいう。

 私も思わず微笑む。

「ブラックラビットファー大丈夫?」

「ええ、平気よありがとう」

 そっと千穂が私の袖をひく。分かっている。早く立ち去らなくちゃ。

「女の子守って、かっこよかったわね。でも、無理しないようにね」

 早口でそういうと、片手をふってその場から逃走する。

 三分たってしまうっ。いま、ちょっといい感じで見つめあっていたのにっ。

 まったく、だから由々しき問題なのよっ!


 物陰に隠れて変身解除。ギリギリだ。

 膝擦りむいているし、最悪。

「黒川ーっ!!」

 声に振り返ると、中山が走ってくる。

「聞いてくれよ、またラビットファーに助けられちゃったよ」

 うん、知っている。言えずにすごーいと手を叩く。

 そんな私を千穂が少しだけ呆れた様に見ていた。

 毎回毎回いい感じになるのに、どうしても制限時間は三分なのだ。悔しい。意味も無く変身したい。

 でも、彼が好きなのはラビットファーであって、黒川エリナじゃないんだけど。

「あれ、黒川、膝擦りむいている」

「えっ」

 思わず声が裏返る。めざとい。

「また転んだのかよー、おっちょこちょいだなー」

 言いながら、中山はランドセルから絆創膏を取り出して

「ほら、やるよ」

 少しだけそっぽを向きながら手渡してくれる。優しい。

「うん、ありがとう」

 微笑んでそれを膝にはった。

 とりあえず、今はこのままでもいい。

 いつか、ラビットファーに向ける感情を、黒川エリナに向けさせてあげるから、覚悟しなさいよ。

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