ウィンダム編2・14章(終)


【14】




 コウ国との連絡は数日で取れた。

 ケンの身元が確認取れ次第、すぐさますべてが動き出す。

 ライデンの知り合いらしい、その運搬と護衛を主にする人たちとの連絡も取れた。

 船の手配も付いたらしい。


 その他、雑多な事件が幾つもあった。


 二週間ぐらい、相変わらず忙しい日々が続く。



 クラリスの家にはあれから三回ほど泊まった。

 恋人、と言って間違いない。

 『彼女』以外で初めて離したくないと思った女。

 ……ナーバルがそう言っても、ライデンはきっとクラリスとの関係を反対するだろう。

 だから、言わない。

 言えない。





「――ナーバル」


 ヴァイオラの声で呼び止められる。

 両腕に書類の束を抱えた彼女は、子供のように首を傾げた。


「ライデン、見なかった?」

「いや、午後から見てないな」


 自由騎士団本部。

 幾ら同じ部署とは言え、別の事件を担当していると会わない日も出てくる。

 

 もぅ、とヴァイオラは頬を膨らませる。


「報告書、ひとつ出てないの。見かけたらヴァイオラが探してたって伝えてくれる?」

「了解」

「お願い」


 ヴァイオラが笑って立ち去る。

 その後姿を見送り、ナーバルも歩き出した。



 ふと、中庭に面した窓から外を覗き、それを発見する。

 見覚えの無い風竜が翼を休めていた。

 距離があるからよく分からないが随分と大きな風竜だ。背に鞍が付いている所を見ると誰かの片割れなのは間違いないが。


 その風竜は良い。

 風竜の横。誰かと並び、話し込んでいるのは黒髪の男に見えた。


 自由騎士団に黒髪の男など一人しかいない。

 ライデン。


 此処から声を出しても届かない。

 中庭まで行くか? 少し距離があるが――

 考えるナーバルの前で、二人は歩き出す。

 別の場所へ移動するつもりらしい。

 相手は背の高い女だった。


「……行くか」


 面倒だが仕方ない。


 ライデン(だと思われる男)が向かった方向を覚え、ナーバルは動き出した。






 中庭から少しの距離。

 建物の間の狭い空間で二人は話し込んでいるらしい。


「――分かった分かった」


 女がハスキーな声で笑った。


「コウ国までしっかりと氷竜のガキを届けてあげるよ。何、護衛の方も手配する。あんたの所の雷竜には負けるけど、知り合いにそこそこの雷竜がいるんだよ」


 その会話でこの女が運搬や護衛担当の人間だと分かった。

 そうか、その件か。

 ならば踏み込んでも問題は無い。

 いまだに氷竜の子供はアリスが面倒を見ているのだし。


 踏み出そうとしたナーバルは新たな言葉に足を止める。



「――王様は元気?」


 王様。

 すっかり忘れていた。

 霧を払った風。

 王様と、ライデンは言っていた。

 女の言葉を聞くまで、本当にすっかりとその件を忘れていた。


「眠ってばかりいる」

「それが元気だって事でしょ」


 女が笑った。


「いつかお会いしたいものだけど――会わせて貰えるかね?」

「私の意志など関係は無い」

「そうは言うけど」


 女は少しだけ声を潜めた。

 笑みを含み――それでも真剣な声。


「王様の唯一の騎士であるあんたが会わせないって言ったら、誰だって無理だよ」


 唯一の騎士?

 なんだ、それは?


 ナーバルは動けず、言葉だけを聞く。


 ライデンは女の言葉を否定もしなければ肯定もしない。

 表情は分からなかった。

 顔を確認する為に覗き込めば、二人にナーバルの存在は気付かれてしまう。


「…………」


 思わず空を見上げた。

 出るに出れない。

 動くのさえも、難しい。

 盗み聞きになってしまうが、立ち去る音でさえ気付かれそうな気がしていた。


 それに好奇心があった。


 言葉を、聞く。


「そんな難しい顔をしないでおくれよ。悪気は無い。――私たちとしても王様には長生きして貰いたいからね」


 女が少し笑う。


「――で。話は変わるけど、考えて、くれた?」

「興味は無い、と前に答えた筈だが」

「私もそう“同志”たちに伝えたんだけどねぇ……古竜を片割れにしているような竜騎士は逃がしたくないみたいで、何としてでも了承させろって五月蝿いんだよねぇ」

「ならば力ずくで来るか?」


 ライデンの声は初めて笑みを滲ませた。


「私もシグマも喜んで相手をする」

「遠慮する。――うちらであんたらに敵うクラスの竜騎士はいない」



 ナーバルは考える。

 勧誘?

 いまだにライデンとシグマに他国の竜騎士団から誘いが来るのは分かっている。

 



「悪くない話だと思うんだけどねぇ……」

「何がだ」


 嫌そうなライデンの声。


「訳の分からない組織に協力しろと言われて頷けるか」

「うちは大きいよ。味方につけておけば役に立つ」

「要らん」

「冷たいねぇ」


 女のため息。


「……不老の秘薬を目の前に差し出されたら、何を犠牲にしても欲しがる輩もいるって言うのに」

「もうその話は止めてくれ。聞いているだけで嫌になる」


 ため息にため息で答え、ライデンが何かを続けた。

 

 それを聞きとめる事はナーバルには不可能だった。


 つん、と背中が突かれたのだから。



「がっ?!」



 不明瞭な悲鳴で振り返る。

 背後には中庭にいた巨大な風竜。背中を鼻先で突かれたらしい。


「――ベネッタ」


 風竜が人語で話し出した。


「お客様がいらっしゃってます」

「――あれ」


 女――ベネッタとライデンが出てくる。

 ライデンは不思議そうな顔をしていた。


「どうした?」

「そ、その――あぁ、ヴァイオラが探してたぞ。報告書が出てないとか」

「……忘れていた」

「急いだ方がいいんじゃないか?」

「そうだな。助かった」


 ベネッタを見る。


「後は任せる」

「後はって……え?」


 ライデンは言うなり動き出した。

 話は片付いたと言わんばかりにナーバルたちを置き去りに歩き出す。



 風竜がくすくすと笑った。



「相変わらずお忙しい方のようです」

「それに相変わらずの頑固者」


 風竜と女の組み合わせを見る。


 ベネッタが笑った。


「明日、仔竜を引き取りに来るよ。――安心おし、ちゃーんとケンとやらとセットでコウ国の故郷まで届けるから」

「……」

「信頼しておくれよ。私たち、信用が一番大切な商売してんだ。人様を裏切った事なんて一度も無いよ」

「ライデンが大丈夫と言う人たちなら、俺も信じますよ」

「有り難う」


 その、とナーバルは言いかける。

 盗み聞きしていたのはバレているだろうが、自分から聞きにくかった。

 沈黙。


 ベネッタと風竜が顔を見合わせる。

 やがて、どうやら竜騎士とその片割れらしい一対は、明るく笑った。


 明るい笑みはナーバルにも向けられる。


「ええとねぇ、私、ちょっとした組織に参加してるんだよ。それに入らないかってライデンとシグマを勧誘してるんだけど、もう十年以上フラレぱなし、ってそういう訳」

「……組織?」

「そんな変な顔しないでおくれよ。竜騎士集めて、互いに情報交換と助け合い、切磋琢磨して強くなろうってのが目的なだけだから」


 そんな組織、聞いた事が無い。

 ベネッタが笑った。

 やはり明るい笑い声だ。


「他の事はライデンにお聞き。王様の事は彼の方が詳しいから」

「もしも王様に会う事があれば、ティキ=ティカがもう一度お目に掛かりたいと申していたとお伝え下さい」


 風竜が優雅とも取れる声で言った。

 ナーバルは何の意識もせずに頷く。

 それをさせる迫力が、この風竜にはあった。



 ベネッタが動く。

 ナーバルの肩をぽんとひとつ叩いた。


「じゃあ、明日ね。あんたの片割れにもよろしく。――良いメス火竜だ」

「あ、有り難う」

「んふふ」


 にやりと言う表情で笑い、ベネッタは動く。

 風竜が翼を広げた。

 飛ぶには不自由な広さ。

 翼がぶつかる……と思ったのだが、予想よりも風竜は遠くにいた。

 ベネッタがその背に乗る。

 風竜は空へ飛び立つ。


 その背でベネッタが手を振っているのが見えた。



 それもすぐさま見えなくなったが。




「……いつ、アリスに会ったんだ?」



 一対の姿が見えなくなった頃、ナーバルはぽつりと呟いた。







 第二に戻れば、難しい顔でライデンが机に向かっていた。

 報告書を仕上げているようだ。



 椅子ではなく、ナーバルは自分の机に腰掛けた。



「なぁ」

「何だ?」

「王様って何だよ」

「話してなかったか?」

「聞くの忘れてた」

「そうか」


 ペンを走らせる音。

 第二には他の人間たちもいる。

 会話が聞こえていた。


 それが遠く聞こえるほど、何故か緊張して、ナーバルは口を開いた。


「会わせてくれるか、その王様とやらに」

「最近、寝てばかりいる。――目が覚めたら会えるように手配しよう」

「……誰なんだよ、その王様って」

「…………」


 ライデンはペンを止めた。

 暫く紙面を眺める。


「会うのが一番分かり易い」

「そう」


 分かった、とだけ答えた。

 机から降りる。


「じゃ、報告書頑張れよ」

「あぁ」


 さて、と呟いて。

 ナーバルは自分の仕事に戻る事にした。



 廊下を歩く。

 窓から空が見える。

 青空。

 気持ちよい風が吹いているだろう。


 仔竜が明日いなくなれば、アリスは寂しがるに違いない。

 明日も晴れているのなら時間を見つけ、遠乗りするのもいいだろう。


 何もかもはっきりしない終わり方を迎えた今回の件。

 いつか、何処かで、違う形ではっきりとした結末を迎える。

 ナーバルはそう思いたかった。


 だが、今は。


 青空を見上げ、明日の予定の事を組む方を優先しようと思った。



「――……」



 ふと下げた視線の先。

 ピンクの花が咲く樹の下で、ブリッジ姿で高速移動する禿頭のエルフの姿が見えた気がした。



「………………」



 何も見てない事にした。



               終






 終わり、ではなく。



「――で」


 ナーバルは半眼でそいつを睨み付けた。

 にやにや笑いで、自由騎士団の食堂で頬杖を付いている男。

 ケン・キサラギに。


「何でお前は国に帰ってないんだよ」

「大陸で調査してた同僚がいたんで、そいつに引継ぎして俺様は残った。あぁ、何か文句あるのか、オイ」

「色々ある。何で残ってんだよ。何で此処にいんだよ。しかも何で一番イイ定食喰ってんだよ」


 椅子を引いてケンの正面に腰掛ける。

 机の上に置いたのは、ケンが食べているものよりずっと安い日替わり定食だったりした。


「残った理由は、まだ事件は解決してねぇ。飛刃使いの男の身元は分かったが、あいつに竜が盗める訳がねぇんだよ。当時、コウ国内にいなかったから間違いない。――誰か、あの男を手下に使ったヤツがいる」


 で、と、ケンは手に持っているものを軽く振るった。

 棒二本。それを器用に使って食事している。


「此処にいる理由は、うちの上司とあんたん所の上司に話が付いた。一時期、俺は此処の所属だ」

「……うわぁ」

「いやそうな顔するな。役立つって」


 にやり、と笑う。


「最後。好きなものぐらい食わせろ」

「……安月給でそんなもの毎日喰ってたら破産するぞ」

「俺様はコウ国から給料出てんだよ」

「……月給幾ら?」


 ケンが片方の眉を上げて、一瞬だけ迷って答えた金額は、とりあえずナーバルがテーブルに突っ伏すだけの金額だった。


「なんだ? 大陸の竜騎士ならこれぐらい貰ってるだろ? こっちは危険手当と出張費込みでこれだっての」

「……そりゃあなぁ、ゴルティアとかクラップ辺りならそれぐらい貰ってるだろうけどさ……」


 突っ伏したままぶつぶつ答える。


「金持ちの国なんて嫌いだ」

「奇遇だな、俺もだ」

「黙れ、金持ち国から来た男」


 ケンが爆笑した。

 

 やがて爆笑を終え、ぽつん、とケンは呟いた。


「まぁ色々と動く予定だから、宜しく頼むわ、ナーバル」

「……あぁ。コキ使ってやる」

「おぉ、言ってくれるじゃねぇか。言ったからには俺を使いこなしてみろよ?」


 嬉しそうに言われた。

 

 それにしても――コウ国の密偵が、一時期とは言え自由騎士団に加入、か。

 

 大陸随一の人材の濃さを誇るこの国の騎士団が、更に凄い事になってるなぁ、と、ナーバルは食事を開始つつ、考えた。



           終(本当に)

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竜と猫・外伝 やんばるくいな日向 @yanba

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