ウィンダム編2・13章
【13】
「――どういう事だ、これは」
ライデンの呟きは呻きに近い。
第五部隊本部。
死体安置所に置かれているのは、生首がひとつ。
間抜けに開いた唇からまだ変色もしていない舌が伸びている。
死と言う色がその顔を彩っているが、先ほど見たばかりの顔だ。間違いない。
「飛刃を使った男だ」
自由騎士団本部に戻り、コウ国へ魔法への連絡、襲撃者の情報、上司への報告など慌しく行っている最中に、この生首は届けられた。
突然、自由騎士団本部の前に置かれていた。
本部の前には見張りも立っている。人通りもある。
だが、誰もその首がいつ置かれたの気付かなかった。
この生首発見の連絡が来たのはつい先ほど。
そして、同時にライデンたちへひとつの命令が下された。
この生首の主が関係した事件への調査停止の命令だ。
事件は解決した、と、そう上は言うのだ。
「――この事件はただのチンピラ同士の縄張り争い。ナーバルさんが巻き込まれたのは『偶然』。氷竜絡みの件も『関係なし』と処理する、との事です」
手元の書類を見ながら言うシーザーにライデンもナーバルも言葉は無い。
「騎士団長からの指示……いえ、命令です」
「……それで納得しろって言うのか?」
思わずナーバルが口を挟む。
死体安置所にはナーバル、ライデン、そしてシーザーのたった三人。
死臭が満ちる部屋。
吐き気がする。
シーザーは相変わらずの笑顔で笑った。
「さて、私は騎士団長からの指示をお伝えするのみ、です」
騎士団と名乗る以上、自由騎士団にも騎士団長が存在する。
ただし、自由騎士団の『騎士団長』は一人ではない。複数の人間が存在し、まるでひとつの部隊のようになっていた。
滅多に表に出てこない彼らを、ご隠居と陰口を叩く者もいる。
しかし、権力が絡む事件になると顔を出してくる。
例えば今回のように。
「何処が絡んでいる?」
「はて、ライデンさん、その質問の意味が分かりかねますが?」
「上が出てくる以上、何処かの権力が絡んだ筈だ。魔術師協会か? ……いや、盗賊ギルドか?」
シーザーはただ笑う。
笑い、言った。
「分かりかねます。私が知っているのはこの事件は複数の偶然が絡み合い、複雑なものになっただけ、と言う事です。根っこは簡単。チンピラ同士の縄張り争いで殺しあっただけ。首謀者の首を示し、事件解決を彼らも示したのでしょう。――そのような単純な事件にいつまでも自由騎士団が関わる事はありません」
「シーザー」
怒鳴るような調子で言われても、このエルフは表情を変えない。
笑み。
「では、お二人は報告書の提出を願います。ゴードンさんには話を通してあります。お二人もお疲れでしょうから、『多少の話の食い違い』も認めると言う事ですから」
真実を書いても歪めると言う意味だ。
「では、私はこれで」
一礼して立ち去りかけたシーザーが、「あぁ」と声を漏らした。
「証拠品として、半分に断ち切られたウィンダム金貨が見つかっています」
その、と生首を示す。「生首が口に咥えていました。証拠品ですが、既に上に届けられておりますので、現物をお見せする事は出来ませんが」
「……分かった」
「では」
シーザーが退室し、部屋は死体と二人だけ。
ナーバルは無言で壁を蹴った。
「俺が牢屋に突っ込まれたのも偶然かよ」
「『偶然』お前が恨みを買って、『偶然』お前に似た人物がチンピラにいた、と言う事になるだろうな」
「それでいいのか、ライデン」
「良い訳ないだろう」
腕を組む。
「納得出来るか」
「……当たるのか?」
「…………」
当たり前だ、の声は返ってこなかった。
「まずは氷竜の子供の件を解決する。下手に動いてこちらまで何も出来なくなれば困る」
「……あぁ」
仕方ない。
ナーバルはもう一度壁を蹴った。
「シーザーのヤツもヤツだ。あいつは誰の味方だよ、俺たち下っ端と同じくせに、なんだって――」
「ヒントは残してくれただろう」
「ヒント?」
「断ち切られたウィンダム金貨」
「それが何だって――」
「裏側で用いられる割符だ。つまり、背後は――」
「……裏世界の奴らか」
上を動かすほどの大きな権力になると厄介だ。
下っ端の自分たちでは何かするにも限度がある。
「このような中途半端で引き下がれと言われておとなしく引き下がるような男だと思われるのは癪だ」
ライデンの呟きに近い声。
「後悔させてやろう」
その呟きに被さるようにノックの音が響いた。
男二人の視線の先で扉が開く。
顔を覗かせたのはヴァイオラだ。
彼女はナーバルとライデンを認め、笑った。
「あぁ、此処にいた」
「どうした?」
「報告書は明日でいいから、ライデンとナーバルは帰宅するように、って指示が来てるよ」
「探しに来てくれたのか」
「うん」
ヴァイオラが笑った。
小柄な身体を扉の隙間に入れるように部屋の中に入ってくる。
「あと、今牢屋に入ってるケンって人? 氷竜の関係者なら男子寮のあいてる部屋で待機して貰えって言われてるけど。牢屋は可哀想だからって」
「牢屋でいい」
「そう?」
ライデンとの会話の後、ヴァイオラはナーバルを見た。
「ナーバル、良かったね」
「良かった?」
「無実だって分かったんでしょう? 良かったね」
「……あぁ」
言われてようやく理解した。
ポケットの中から小枝を取り出す。
それをヴァイオラに投げた。
「これ、捨てておいてくれ」
「何、これ? 枝なら地面に埋めなくていいの?」
「シーザーの片割れの枝だぜ?」
「……捨てておくね」
ヴァイオラは真剣な顔して頷いた。
「じゃあ、俺、行く」
「あぁ、ゆっくりと休め」
「……いや、ちょっと行く所があるんだ」
「また裏に遊びに行くのか」
「いや、その、まぁ」
曖昧に答え、笑う。
「じゃあ、また明日」
何か聞かれるより先に、ナーバルは動き出す。
最後には駆ける速度で安置所から出て行った。
残されたのは、ライデンとヴァイオラ。
「あの、ライデンは」
「報告書を仕上げてから帰る」
「……ずっと寝てないんじゃ?」
「仮眠はした」
「でも……」
「大丈夫だ」
ライデンが動き出す。
大股で歩く彼の後ろを、ヴァイオラは親の後を追う子のように付いていく。
歩くのに一生懸命で言葉が出ない。
第二に戻り、ライデンはヴァイオラなどいないかのように自分の席に座る。
すぐさま報告書の作成を始める。
「お茶でも、用意してくるね」
「あぁ」
こちらを見ようともしない。
でもヴァイオラは笑った。
お茶を用意して戻ってくると第二の中にはライデン以外誰もいなかった。
皆が出払っているようだ。
人員の少ない第二。たまにある状況。
ただ、自分たち二人、と言うのは――
正直、ヴァイオラは嬉しかった。
「どうぞ」
茶を、ライデンの机に置く。
礼の言葉は返ってこなかった。
「……?」
珍しい。
こういう所はちゃんとしているのがライデンなのに。
自分の机の椅子に座ったまま。
腕を組んだライデンは目を閉じていた。
横から覗き込んだヴァイオラは微かな音を聞く。
寝息。
思わず、吹き出す。
「やっぱり眠かったんじゃない」
起こさないように小さく呟いて、横のナーバルの席に座る。
初めて見る寝顔を覗き込む。
考え事の最中に眠ってしまったのだろう。腕を組んだまま、首を落とすように眠っている。
普段の険のある表情が抜けて、寝顔は少しだけ幼く見えた。
それが更に嬉しくてヴァイオラはますます笑顔になった。
「――……?」
ふとヴァイオラは足元に視線を向ける。
床の上。
植物の蔓がのたうっていた。
「…………」
蔓を辿る。
この前増えたばかりの植木から伸びている。
そう――ドリアードがいると言っていた、あの植木。
何だろう。
蔓が頭をもたげる蛇のように動いた。
首を傾げてそれを見るヴァイオラの頭より上に、蔓が伸びた。
ぺしん、と、蔓が頭を打った。
「痛いっ!」
蔓が頭を庇った腕に巻きつく。
椅子から引き摺り下ろそうとする。
直感。
この蔓は、ライデンから引き離そうとしている。
むっとして本体の植木鉢を睨み付けた。
腕に巻きついた蔓を握り締める。
小柄な身体とは言え、これでも腕力と体力自慢のドワーフの血を引くヴァイオラだ。
蔓程度に引きずり下ろされる彼女ではない。
椅子に座ったまま、綱引き状態。
無言で睨み合う。
――暫しの後。
目を覚ましたライデンは、自分の横の席で蔓に巻きつかれてもの凄い顔をしているヴァイオラと言うのを発見する事になる。
「……何をしている?」
「あ、あのぉ、これはね、ええと……」
蔓がしゅるしゅると植木鉢に戻って行った。
「た、体力作り?」
子供のような口調で首を傾げたヴァイオラに「そうか」とだけ答え、再び報告書作りに戻る。
机の上の茶に気付き、手に取った。
「有り難う」
「う、ううん」
茶はすっかり温くなっていた。
そしてナーバルは一件の家の前にいた。
ウィンダム郊外。
森のような木々。それに囲まれた、家。
思わず此処まで来てしまったが時刻は既に一人暮らしの女性の家を訪ねる時間を過ぎている。
灯りが漏れる窓を見て――やはり帰ろうと考える。
無罪になったと報告したかった。
誰よりも先に、彼女に。
「……帰ろう」
時間も時間だ。
家に背を向けて歩き出そうとした途端、名を呼ばれた気がした。
幻聴にしてはリアル。
それどころか、足音までする。
駆けて来る、足音。
「――ナーバルさん?」
家の方向からではなく、木々の茂る場所から走ってきた声。
勿論、立っていたのはクラリスだ。
手に、暗闇にぼんやり光る花を一抱え、持っていた。
驚いた表情。
その顔が花の灯りで照らされている。
ナーバルは曖昧な声を漏らし、笑った。
「無事にさ……無罪って事になったから、報告に」
悪いね、と、笑みのまま、謝罪を口にする。
「こんな夜にお邪魔して」
「いいえ、いいえ」
クラリスは何度も頭を左右に振った。
俯いた顔。
花の上に何かが落ちた。
涙?
「良かったです……良かったです……」
「…………」
手を伸ばす。
クラリスに触れようとした指先。
触れる寸前に彼女が顔を上げる。
ナーバルの指先は止まったまま。
代わりにクラリスの手が、彼の袖を捕らえた。
灯りの花が、地面に落ちる。
涙に濡れた目がナーバルを見上げた。
それでもクラリスは笑う。
優しい、笑顔。
「良かった……本当に……本当に」
抱き締めてもクラリスは抗わなかった。
額に口付けを落とす。
「――有り難う、クラリス」
腕の中で彼女は何度も首を左右に振る。
寄り添ってくる身体は暖かく、柔らかい。
その身体を離そうなど、今のナーバルには考えも出来なかった。
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