秋 ~失われた恋と壊れた日常~ ⑥

◇◇◇


 紀一郎さんからもらった本は、一週間かけてじっくりと読みふけった。今まで何度か読んだその源氏物語に新鮮はなかった。でも、一人きりの時間を過ごすのが怖くて、現実から逃げるために物語に没頭する。授業と課題と、バイトと読書。それだけで私の24時間は回っていた。少しでもその時間に隙間ができると、紀一郎さんの事を思い出してしまうからだ。



 その源氏物語第一集を読み終わった私は、すべての授業が終わった後図書館に向かっていた。慣れた日本古典の書棚で、同じシリーズの源氏物語を探す。背表紙をなぞっていると、すぐに見つかった。


 第二集を本棚から抜き取り、最初のページを開く。



「え……」



 目に飛び込んできたのは……薄い紫色の付箋、そしてそこに書かれたある和歌だった。



――瀬を早み 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ



 見覚えのある細い字。まぎれもなくこれは紀一郎さんが私に宛てて残していったものだ。



『岩にせき止められた川の流れがふたつに分かれても、いつかひとつになるように、わたし達の間も、今は誰かにせき止められているとしても、きっとまた、結ばれるものと思っています』


 目から一筋の涙が流れていく。しかし、それはすぐに止まった。

 胸に灯る光はあたたかく、冷え切った私の体をじんわりと包み込む。私は知っている、このあたたかさこそ『恋』だと。


 時に辛く、涙を流さなければならない時もある。それでもその先で、紀一郎さんが待っていてくれるのだと思えば……辛いことはない。


 たとえ今は、離れ離れでも……いつか必ず、再び巡り合い結ばれる日が来るように。私はそれを信じて歩き出していた。

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