夏 ~いとしい我が家~ ⑧
すっかり、夜も更けていった。桐子さんと二人で過ごしていると、時間の進みが早い。
カーテンの隙間から月の明かりが差し込んでくる。
その光を桐子さんの髪に当たり、キラキラと反射している。月の光を撫でるように、桐子さんの髪に手を滑らせた。桐子さんは僕の腕の中で、笑みを作っている。
ベッドに転がる僕の腕に頭を置いている桐子さんの背骨を、一つ一つ確かめるように触れた。
薄いシャツ越しと柔らかな皮膚越しに伝わってくる、まるい硬さに安心していると、桐子さんは少し身じろいだ。
「くすぐったい?」
「……はい」
僕の指は少しずつ下がっていき、腰のくぼみに掌を置く。そのまま力を入れて桐子さんを引き寄せると、桐子さんの柔らかな脚は僕の筋張った太ももの間に入った。
寝室にはクーラーをきかせているが、今の僕たちの体温はいつもより少し高く、二人とも少し汗ばんでいる。
「暑くないですか?」
「……大丈夫です」
「それなら、もう少しくっついてもいいですか?」
「これ以上?」
「ええ」
桐子さんの息が漏れるような笑い声が聞こえてきた。呆れているのか、それとも僕の様に楽しんでいるのか。肩にかかる呼吸だけでは、分からない。
「ねぇ、桐子さん」
「はい」
「……桐子さん」
「はいはい、何ですか?」
「桐子さん」
何度も名前を呼び続けるうちに、桐子さんの片腕が僕の背中に回る。
「桐子さん、バイトのシフトは?」
「明日はシフト入ってます。平日だから、そんなに忙しくならないと思いますけど」
「それなら、ここから行きましょうよ……バイト」
「え? でも……」
「『でも』、なあに?」
桐子さんの腰に回している手を、尾てい骨より更に下、柔らかな内太もものあたりに滑らせていく。
それに何かを感じるものがあったのか、桐子さんは見上げるように僕を見た。
僕も、桐子さんを見つめる。
「しばらく、ここに泊まって行ってください。たまにはいいでしょう? 桐子さん学校休みなんだし」
「でも」
「『でも』?」
「れ、冷蔵庫の中身とか、そろそろ心配な物ありますし。洗濯もしたいですし」
「僕が家に帰ってくるまでに戻っているなら、ちょっとくらい帰ってもいいですけど」
「……紀一郎さん、離れている間に、ずいぶんわがままになりましたね」
「だめ? 桐子さんが実家に帰っている間、結構寂しかったんですけど」
「そんな事言われても」
「だから、それと同じくらいの間、僕と一緒に暮らしてくれたっていいんじゃないですか?」
前髪をあげて、桐子さんの額にキスをすると、桐子さんは困惑を内包する潤んだ瞳で僕を見た。
「……寂しかったから?」
「そう、寂しかったから。桐子さんは、寂しくなかった? それとも、僕だけですか?」
「それは……」
桐子さんは、紡ぎだす言葉を考えあぐねているようだった。彼女の枕になっていた腕を引き抜いて、僕は桐子さんに覆いかぶさる。
そして、桐子さんが話を切り出すよりも前にその唇を塞いだ。まるで、甘さをはらんで上気する桐子さんの呼吸も何もかも全て飲みこむように。
柔らかな舌先に僕の物が触れると、桐子さんの背筋がピクンと震える。暗闇の中耳を澄ますと、互いの唾液が混ざり合う水音が聞こえてきた。
頃合を見計らってから、押し付けていた唇を桐子さんから離した。桐子さんが喉を上下させているのが見えた。
桐子さんが着ているシャツの中に手を滑り込ませる、背筋を軽く反らせながら桐子さんの丸い瞳が僕を睨んだ。
「ちょっと待ってください……!」
「だめ? ……いいですよね、桐子さん?」
彼女の答えを聞くよりも先に、僕は桐子さんの唇を塞ぐ。
僕に言葉の全てを奪われた桐子さんは、腕を伸ばして僕の首元に絡みついてきた。それを『yes』と受け取った僕は、また桐子さんの潤んだ唇に自身のそれを重ねた。口づけを交わしながら、桐子さんが着ていたシャツとスウェットを剥いでいく。それをベッドの下に落として、僕は起き上がる。二人の上に覆いかぶさっていた掛布団がずり落ちていった。
桐子さんの白い肌が、暗闇の中に浮かんだ。太ももをゆっくり撫で、そこから手のひら全体を使って這い上がっていく。触れるたびに、桐子さんは小さく震える。
「くすぐったい?」
桐子さんは、何度も頷いた。その瞳が……もどかしい柔らかな刺激ではなく、強いソレを求め始めているのを僕に訴えかける。
◆◆◆
目覚まし時計はけたたましく朝を告げる。ベッドサイドまで手を伸ばし、スイッチを押すとピッタリと鳴くのをやめた。隣で眠っていた桐子さんも、その目覚ましの音で僕とともに目を覚ましたようだった。
「朝……?」
「おはようございます、桐子さん」
「……今、何時ですか?」
僕が鳴った時計の代わりに時間を告げると、桐子さんはゆっくりと起き上がった。
「朝ごはん、起きる時間言ってくれたら用意したのに」
「いいですよ、パンも買ってありますし……。桐子さんも疲れてるでしょうからね」
「それくらいはできますって」
ベッドの縁に座り、伸びをし終えた桐子さんの背中を見た。規則正しく骨が並んでいるその背中に手を伸ばし、腕を掴んで、僕の胸まで引き寄せる。
「桐子さん、おはようございます」
「え?」
「桐子さん、まだ挨拶してないですよ」
「……おはよう、ございます」
昨日よりも少し乾いた声で、桐子さんはそう言った。
まだ夢が体に残っているのか、いつもよりも幼い口調だった。僕は少しだけ彼女から離れて、少し汗ばむ頬にキスをする。桐子さんはくすぐったそうに首をすくめた。
「それじゃあ、帰るときに連絡しますね。夕方までには……桐子さんがバイトに行くまでには必ず帰ってきます」
靴ベラをかかとに差し込み、ぐっと足を靴の中に押し込む。
結局、桐子さんはパパッと目玉焼きとスープを作ってくれた。それと、買っていたパン。久しぶりに立派な朝食を食べたと漏らすと、桐子さんは呆れるように笑った。
玄関に立つ桐子さんは僕が手に持っていた靴ベラを受け取った、僕はそんな彼女の髪を撫でる。そして、まっすぐ目を見据えて彼女にこう伝えるのだ。
「桐子さんも、どこかに出かけるとしてもそれまでには帰ってきてくださいね」
「はいはい」
「はい、あと一つ」
髪を撫でていた手を、桐子さんの後頭部に回す。そのまま引き寄せて、勢いよく唇を合わせた。桐子さんはよろけて、一歩だけ僕に歩み寄る。
「……行ってきますのキス、忘れるところでした」
「……もう、遅れますよ」
「はい、それじゃあ行ってきます」
「いってらっしゃい、紀一郎さん」
桐子さんは軽く手を振った、ドアが閉まりきるまでの短い間、僕はその姿を網膜に焼き付けるようにじっと見ていた。
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